第36話 アンボルタンファミリー

 そこは暗く、広い洞窟の中。

 まるで迷宮のような複雑な造りとなっており、最奥へ到達するのにも困難な場所。

 その洞窟の一番奥に備えられた大きな椅子に一人の男が鎮座していた。


 頭のてっぺんは禿げているが、肩まで伸ばした白髪。

 たくましい髭を蓄えており、肉体もまたたくましい。

 人間としては大きすぎるほどの巨体の持ち主。

 彼はグレズリー・アンボルタン。

 アンボルタンファミリーの頭目である。


 グレズリーは目の前にいる男を前にニヤリと笑っていた。


「俺はなぁ、ゆーっくりゆーっくり人が死んでいくのが好きなんだ。そう、毒が回っていくかのように、ゆっくりだ」


「ひっ!」


 男は後ろ手で縄をくくられており、怯える目でグレズリーを見ている。

 後ろには数えきれないほどの手下と、その中で色濃く存在感を放つ人物が二人いた。


 一人はクローズ・アンボルタン。

 黒い髪を乱雑に伸ばしており、右の瞳は切り傷により閉じている。

 身体の線は細いのだが、よく鍛え上げられた筋肉質。

 残忍な瞳に常に笑みを浮かべており、見るだけで恐怖心をかき立てられる男。


 もう一人はリズベット・アンボルタン。

 クローズと同じ黒い髪はお尻の辺りまで伸びており、真っ赤ない紅を引いており、妖艶な美しさの持ち主。

 スタイルはとんでもなくよく、男の目を引き付けてならない。

 挑発的な表情に、自身に満ちた様子。

 

 二人はグレズリーの子供であり、三兄弟いるうちの二人である。


 捉えられている男は逃げ道が無かった。

 前方には頭目のグレズリー。

 後方にはクローズとリズベット。

 そして周囲を取り囲む部下の数々。


 ただ臆するしかなかった。

 怯え、震え、絶望するのみ。


「た、助けてくれ……お願いだ」


「お前のお願いを聞いて、俺にどんなメリットがある?」


「か、金ならいくらでも用意する……だから助けて」


「金は奪えばいくらでも手に入んだよ。ドアホ」


 背後でそう怒鳴るクローズ。

 男はその声に体をビクッと震わせる。


「解放してあげてもいいけど……条件があるわ」


「おいリズベット。勝手に話を進めるんじゃない」


「いいじゃない、パパ。面白い提案なんだから」


「ほお?」


「そ、それで……条件とは?」


 リズベットは目を細め、そして優しい声で彼に言う。


「あなたの代わりに人質を二人用意しなさい。そうすればあなたを助けてあげる」


「そ、そんな……自分の身代わりだんて……」


「中々面白いじゃないか……おい、もう一人男を連れて来い」


 グレズリーがそう命じると、部下は急ぎ足で別の人質の男性を連れて来る。

 その男も怯えた様子で、グレズリーを見ていた。

 グレズリーはそんな男たちをニヤニヤ笑いながら話す。


「お前、助かりたいか?」


「そ、それは当然ですけど……」


「だったらお前の身代わりを三人以上用意しろ。それなら助けてやる」


「み、身代わりを三人……?」


 グレズリーの案に、クローズとリズベットは笑いを堪える。


「パパ、本当に酷い人。だから大好き」


「だな。で、どうすんだてめえら。どっちが助かりたい・・・・・・・・?」


「どっちとは……どういうことだ?」


「てめえは本当にドアホだな、ドアホ。より多くの身代わりを用意できる方を助けてやるって言ってんだよ、親父は」


「より多くだなんて……そんなバカな話が!」


「そんなバカな話があるんだよ。俺がそう言ってるんだからな」


 グレズリーは笑っているが、その目は冗談ではないと物語っている。

 そしてこれを断れば、間違いなく殺されるだろう。

 男二人はお互いの顔を見合いながら、戸惑っていた。


 同じ町の住人を見殺しにするのか……自分が助かるために目の前の知り合いが死んでもいいのか?

 自問自答する二人。

 だが、先にいた男が口を開く。


「わ、分かった! 俺は身代わりを四人連れて来る! だから俺を助けてくれ!」


「お前……何を言って!」


 男が叫ぶ。

 グレズリーは最後に、もう一度だけ聞く。


「お前は四人以上の身代わりを連れてくるつもりはないのか?」


「あ、あるわけないだろ! 何があっても、他の人を売ることなんてできない!」


「そうか」


 グレズリーは結論が出たと判断し、もう一人の男の手首に切り傷を付ける。


「う……」


「ゆっくりゆっくり死ね。俺を楽しませて死ね。楽に死ぬんじゃないぞぉ」


 徐々に血を失われていく男。

 彼の背中に死神がのそのそと近づいてくる。

 男はそのまま死の覚悟をし、自分の身のために町の住人を売ろうとしている男を睨みつけた。


「お前もすぐに地獄に落ちることになる……同郷を売ったことを後悔するんだな……」


「うう……」


 男は目を閉じる。

 もうすぐ自分に終わりが訪れるのだ。

 意外なことに、死ぬことは怖くなかった。

 仲間を売るぐらいなら、こうして潔く死んだ方がマシだ。

 そう想えたからである。


 しかし。


「!?」


 彼の傷が癒されていく。

 リズベットが癒しの魔術を施したからだ。


「ど、どういうつもりだ……?」


「だからパパが言ったでしょ。楽に死ぬなって。言っとくけど、これからあんたは地獄のような苦しみを何度も何度も味わってから死んでいくのよ。それが私たちアンボルタンファミリーに従わなかった者の末路よ」


「ま、待ってくれ……頼むから殺してくれ……」


「ダメに決まってるだろ、ドアホ。素直に身代わりを用意すりゃ、両方とも死なずに済んだかもしれねえってのによ。てめえが死ぬのはてめえの責任だ」


「ガハハハハッ。ほぉら。ドンドン行くぞぉ。次はニ十本ある指を全部引き千切ってやる。安心しろ。リズベットが回復魔術を使ってくれるから死にはしないからな」


「止めてくれ……止めてくれ!!」


 男の悲鳴は朝まで続く。

 しかしそれでも彼に死は訪れることはない。

 これから三日三晩、グレズリーが彼が疲弊していくのを楽しむ予定となっている。

 地獄の宴はまだこれからであった。

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