第35話 ヴァイアント

「ん? 何かあったのか? 馬車がボロボロじゃないか」


「何かあったかも分からいほど眠っていられるセリスには感動すら覚えるよ」


「?」


 ミューズの爆発に飲み込まれた馬車。

 荷台の周りは何も無くなり見通しが良くなっており、車輪もガタガタになっていて一定間隔で気分の悪い振動が響く。


「そろそろ到着するぞ……」


 御者の方が低い声で俺たちにそう伝える。

 モンスターを退治したが、彼はやはり馬車を壊されたことにご立腹らしく機嫌が悪い。

 文句ならミューズに言ってください。

 お願いします。


 馬車の先を視認すると、そこにはそこそこ大きな町が見える。

 それは森に囲まれており、聞いていたとおり自然溢れるいい場所のようだった。


「あれがヴァイアントですか! 素敵な場所ですね」


「素敵だからってもう興奮するなよ」


「あはは。そんないつもいつも興奮してるみたいな言い方やめてくださいよぉ!」


「興奮してるだろ」


 逆に興奮していない時の方が少ないまである。

 とにかく、また暴走されたら大変だ。

 また逃げなきゃいけなくなるのはご勘弁。


「…………」


 少しはしゃぐミューズの隣で、静かに町を眺めるセリス。

 彼女から怒りの感情が見え隠れしている。

 親の仇が近くにいるのではないか。

 そう考え気持ちが高ぶっているのだろう。


「お前には感謝してるよ」


「どうしたんだよ、突然」


「お前がいなかったら私はここにいなかっただろうし、こんな早く仇を取りにも来れなかったと思う。全部お前のおかげだ、フェイト」


 セリスが口元を緩め、感謝の言葉を伝える。

 伝えたかと思うとまた真剣な表情に戻り、町の方を眺めた。


 馬車を下り、俺たちは町の中へと足を運んだ。

 商店も食事屋もそれなりに並んでおり、歩く人の数も多い。

 自然が溢れているからか、他の町よりも空気が美味しく感じる。

 木造の建物が立ち並んでいる横に大きな川が町の中を流れていた。


「良いところですね……ここで永住するのも悪くないかも」


「だな。セリスの件が終わったら、ここを拠点にするのもいいかもな」


「でも……セリスさんの敵の人がいるような雰囲気じゃありませんよね。皆さん、穏やかで争いごととは無縁みたいな顔してますし」


「確かにな」


 足りない物は何も無い。

 町の人々は不満一つないような顔をしている。

 自然に囲まれていたら、心まで豊かになるのかな?

 本気で俺もここで生活しようかな。

 

 なんて考えていると、大きな通りから外れたところで、暗い顔をしている数人の人を見つける俺たち。

 周囲の明るい顔とは真逆の、真っ暗な顔。

 何かあったのだろうかと、俺たちはその人たちに近づくことにした。


「何かあったのか?」


「え、あいや……なんでもないよ」


「何でもないような顔には見えんぞ。私たちは冒険者だ。簡単な問題ぐらいなら解決してやろう」


「冒険者……そうですか」


 セリスが話しかけた男性……歳は三十を過ぎたぐらいだろうか。

 彼は少し焦った様子で話し出す。


「実は町の北に野盗が住みついてまして……その連中に俺の娘が誘拐されたんですよ」


「誘拐? 小さな女の子を? それは許せないな……」


 俺は瞬間で怒りを沸騰させる。

 誘拐された女の子は今頃、恐怖に震えているだろう。

 考えれば考えるほど腹の中で感情が暴れる。


「誘拐した連中はどんな奴らだ?」


「……一年ほど前から悪さばかりしている連中でね。この町に足を踏み入れるようなことはしないんですけど、でも森に入る者には容赦なく襲い掛かる外道な連中ですよ」


「そいつらの名前は?」


「……アンボルタンファミリーと言います」


「……そうか」


 ビンゴ。

 まさかこんな早くに仇に繋がる人たちと遭遇できるとは思ってもみなかったけれど……

 でも、奴らの居場所はこれで掴むことができた。

 セリスは感情を抑えきれないようで、全身から怒りの炎のような物が見える気がした。


 そのセリスに怯える町の人たち。 

 俺は彼女の背中に触れ、深呼吸するように促す。


「セリス。敵はまだいない。一旦落ち着こう」


「……すまない。奴らが近くにいると思うだけで、怒り狂いそうなんだ」


「ああ。気持ちは分る。でも、町の人たちの気持ちも考えてやらないと」


 セリスはそこで、町の人たちの恐怖に満ちた表情に気づいたらしく、大きく息を吐き出し踵を返す。


「怖がらせてすまなかった。アンボルタンファミリーのことは私に任せておけ。私がこの命に代えても、やつらを地獄に送りつけてやろう」


「あ、ありがとうございます! 後、その娘のことなんですが……」


「分かっている。敵を倒し、お前の娘も助ける。それで問題はないだろ」


「それはそうなんですが……誘拐されたのは娘だけではないのです?」


「他にも誘拐された人がいるのか?」


 俺がそう聞くと、町の人たちは俯きながら小さく頷く。


「全員で三十人ほど誘拐されました……誘拐された者を探しに出た者も誘拐されましてね」


「三十人……結構な数ですね」


「ああ。でも、出来る限り救ってやろう。誘拐された人たちには罪はないんだからな」


「当然だ。絶対に許さんぞ、アンボルタンファミリー……家族と村の人たちの恨み、ここで全て晴らさせてもらう」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る