第20話 町の西側

「お、おい本当に町の西に行くつもりか? あそこは危険だからやめておけ」


「危険だ危険だって騒ぐから余計に皆が怯えるんだよ。こういうのは堂々としてた方が町の皆も怖がらなくて済むってもんだ」


「恐怖が恐怖を生み出す。お前たちが怖がり続ける限り、その脅威は消えないぞ。これからもずっとそうして生きていくつもりか?」


 俺とセリスが言い放った言葉に町の住人たちが俯き、唇を噛む。


「まぁ町の事情は知らないけれど、実害がないんならこのままでいいんじゃない?」


「いや……迷惑をかけられてるよ。金品を奪うのは当たり前。暴力に怯え、そして奴らのやることには見て見ぬふりだ」


「なら、立ち上がらないと。相手がどれほどの者かは知らないけど、増長させるだけだぜ。このままじゃ」


「…………」


「行くか」


 町の人たちは何も言わなくなってしまった。

 悔しさや憎しみ……色んな感情が読み取れる。

 だけど自分たちは戦う力が無いし、なされるがままに生きるしかない。

 皆そんな顔をしている。


「町の西側ってことは、町の一部ってことだよな」


「まぁ、そうなるだろうな」


「だったら、数では勝ってるんだから抵抗すればいいのにな」


「それができないのが人間なのだろう。権力を手に入れ、多くの弱者と少ない強者が生まれるように、強い者が弱者の上に立つようになっているのさ」


 確かにセリスの言う通りかもしれない。

 世界を支配しているのも、数で言えばごく少数。 

 多くの人間は支配される側だ。

 実際支配されているような感覚は無かったとしても、世界の構造はそうなっている。


 支配するかされる。

 勝つか負けるか。

 弱者か強者……か。


「でも、多くの人間が力を合わせた方が強いはずなんだけどな。きっと皆で立ち上がれば、強大な敵でも勝てると俺は思ってる」


「結局のところ、自分次第だな。この町はずいぶん平和に見えるが、裏ではそんな事情がある。それを打破する気があるにしてもないにしても、私たちは深いところまで関与することはできない」


「だな。ま、俺たちは俺たちのやるべきことをやろう」


「ああ。この子の金を取り戻す」


「後はついでに、悪党のボスがいるなら顔を拝んでおいてやろう。ムカつく奴ならぶっ飛ばしてやる」


 荒れた場所ならそこを仕切っている者がいるはずだ。

 そいつを叩いておけば、少しは大人しくなるだろう。

 なんて希望的観測にもほどがあるけど。


「あ、あの……私、凄く怖くなってきちゃったんですけど……本当に大丈夫ですか?」


「ああ。問題はないと思うぞ。怖いならミューズは来なくてもいいんだし、どうする?」


「い、いえ! 私も行きます! だって私のために悪の巣へ向かおうとしているんですから……無関係ではいられません!」


「悪の巣って……俺たちから見れば大袈裟なような気もするけど」


「同感だ。まず負けることは無いと思うな」


 だって俺たちは二人でドラゴンを倒したんだから。

 あれに比べれば、町の小悪党ぐらい朝飯前。

 それにあれから俺たちは新たなる力を手に入れたんだ。

 セリスは【神器】を。

 俺は新しい武器を。

 まぁ【神器】と比べれば悲しくなるから比べるのはやめておくとしよう。

 とにかく俺たちは新しい力を手に入れたのだ。


「な、なあ!」


「ん?」


 先ほどの人たちが背後から声をかけてきた。

 俺たちは彼らの方に振り向き、耳を傾ける。


「君たちは怖くないのか? 強い相手と戦うのが……自分よりも強い相手と対峙するのが?」


「そりゃ、強い相手と戦うのは怖いさ。でも」


 俺は迷いの無い瞳でハッキリと伝える。


「逃げてばかりじゃ欲しい物は手に入らない。そして欲しい物は逃げやしない。逃げるのは自分。欲しい物はいつだってそこにあるのさ」


「そこにあっても届かない物だろ……欲しい物は」


「だったら諦めて生きて行くかい? それがいいならそうすればいいよ」


「…………」


「やはり、自分次第だな。何事も」


 彼らの様子を見て、セリスが言葉を漏らす。

 俺はセリスに頷き、そして西側に向かって再び歩き出した。


 ◇◇◇◇◇◇◇


 町の西側はまるで別世界にでも来たような雰囲気であった。

 あちこちで喧嘩をする男。

 酔っ払いを複数人で殴る蹴るの暴行を働く子供たち。

 女性は虚ろな瞳をしながら、通りかかる男に媚を打っているようだった。

 これ、本当に同じ町?

 あまりの違いに俺は唖然とする。


「想像以上だな……」


「ああ。クソの掃きだめみたいな場所だな」


 セリスは不快感を露わにして周囲を見渡している。

 ミューズはここに来たばかりでだが、早速後悔しているようだ。

 だから来なくてもいいって言ったのに。


「よし。じゃあ片っ端からぶっ飛ばしていくか」


「な、何言ってるんですか、フェイトさん!? そんな話でしたっけ!? 違いますよね、私のお金を取り戻してくれるって話でしたよね!」


「そうだっけ?」


「そうですよ!」


「じゃあ大人しく金を盗んだ奴だけ探すか……」


「なあフェイト。もし向こうから手を出してきた場合はどうしたらいい?」


「そりゃ……やり返してもいいんじゃないか?」


「だったら、こいつらはぶっ飛ばしても問題ないってことだな」


 複数人の男たちが、俺らを見て近づいて来る。

 こちらをなめるように、ニヤニヤ笑いながら。

 こういう連中はぶっ飛ばしても問題ないだろう。

 と言うか、ぶっ飛ばしてくださいお願いします。

 ちょっと見てるだけで腹が立ってくるから。


 それほどまでに、男たちは挑発的な顔をこちらに向けていた。

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