ヤンキー女騎士を倒したら舎弟メイドになった話

稲荷竜

一章 ヤンキー女騎士、メイドになる

1章 第1話 ヤンキー女騎士、舎弟になる

「終わりだ……エインズワース家は俺が末代……」


 生意気な新米騎士をボコボコにするの超気持ちよかった。


 でも待ってほしい。これにはしょうがない理由がある。


 まず一つにはエインズワース家が代々『教育者』の家系であることが原因だった。

 しかも、『やりすぎ』教育者。


 この教育者の血を宿す俺の前に、ちょっと周囲の同年代より強いという程度でイキって教官おれの言うことさえきかないやつをお出ししたもんだから、『わからせ』が発生するのはやむなしだった。


 家に伝わる教育術は時代にそぐわないっていうか、そぐう時代がないような超々厳しいものらしい。

 だが、幼いころからその教育を施されてきた俺には世間の感覚がわからない。


 世間!


 そう、俺を末代にしようとしているものもまた、貴族社会という名の世間なのだった。

 この社会の複雑怪奇な権力構造について悩まされない日など一日たりともなかった。

 この中で生き抜くために、俺がどれだけ『世間』というものを学び、ここで『普通』とされる基準を身に付けるために苦心してきたか!


 そのかいあって『厳しすぎてありえない』とされ貴族社会から忌避されていたエインズワース家は持ち直したと言ってもよかった。


 だけれど、その努力も、無駄になってしまった。


「教えてくれよ…………誰か…………まさか━━あのクソ生意気な不良ヤンキー騎士が大公の御息女だとは思わないじゃん!」


 使用人たちを巻き込まないように暇を出したせいで、屋敷の中はがらんとして寒々しかった。

 執務室で一人、頭を抱えてささやく声さえ、空っぽになった屋敷全体にそら寒く響くような心地がある。


「……ごめん、妹よ。兄はおそらく、近々死にます。大公のお怒りをかってしまったのです。お前が巻き込まれないことを祈ります。お前が巻き込まれそうなら大公家に突撃して皆殺しにしてくるけど……」


 まさか御息女が運動場の隅でうんこ座りして、教官である俺が声をかけても「あ“あ”?」とか言いながらにらみつけてくるとは思わないじゃん。


 エインズワース家教育法第一条一項には『教育は第一印象がすべて。逆らう者には実力を示し見せしめとせよ』というものがある。

 つまりわかりやすくちょうどいい生贄いけにえだった。あと五歳以上も歳下のやつになめられるのめちゃくちゃムカついた。


「だから俺は教育者向いてないんだよォォォ!」


 人間が、小さいから。


 力を持たせてはいけない人間ランキングを作るなら上位三位以内に食い込む自信がある。

 なめられるの嫌いだし、馬鹿にされたら全力で反撃するし、侮られたらぶっ殺すし、悪口には悪口を、意地悪には意地悪を、殺意には殺意を返すタイプだ。

 教育者に向いていないにもほどがある。でも就職先が騎士団の教官しかなかった。職と身分がほしかったんだよ。妹の幸せな将来のために。


 妹の将来。


 俺の人生はいつのまにかこれに縛り付けられ、すべてのエネルギーがこれに向けられるようになっていた。

 そのためならなんでもできると思っていた。なんでもやったつもりだった。でもちょっとやりすぎた。ボコボコにした新米騎士が大公令嬢だと気付いてももう遅い。


 変わりたい。

 成長したい━━人間的に。


 けれど俺の将来は閉ざされてしまったのでした。


 成長見込みゼロ。エインズワース家はおしまいです。俺の忍耐力すぐ死ぬ。


 遺書をしたためているうちに、絶望と後悔がだんだん殺意に変わり始めているのを察した。

 もう大公家に爆裂魔法撃ちこもうかな。屋敷のガラス全部割ってやろうか……そういう想いが腹の底から湧き上がってくる。楽しそう。いや、これを楽しそうと思うから俺はダメなんだと思う。


 そんなふうにダークサイドに染まりかけていると、



「たのもおおおおおおお!」



 とかいう声が響いた。


 うるせぇな。俺は今、遺書を書いてんだよ。ぶっ殺すぞ!

 家令━━は、暇を出した。メイドもいない。ドアノッカーをゴンゴン叩かれても対応する人材がこの屋敷には俺しかいないのだった。



「おおおおおおおい! エインズワース先生はいるかああああ! レイチェルが来たぞおおおお!」


 大公家のメスガキじゃん。


 窓から顔を出して姿を確認する。


 そこにはたしかにクソ生意気な金髪のガキがいた。俺の人生をかつてなく終わらせたメスガキさん、レイチェル・ローゼンバーグ大公令嬢である。


 大公令嬢のなにが半端ないって、パパが王国全体の六分の一もの面積を持つ領地の主人っていうあたりだ。

 権力が半端ない。金銭力も半端ない。王様さえも顔色をうかがう超々貴族がローゼンバーグ家なのである。


 零落寸前の我がエインズワース伯爵家とは大違いなのだった。爵位を抵当に入れて金借りてるので伯爵家(仮)状態だしな!


 もういいじゃんかよ、エインズワース程度の小物放っておいてくれよ。力ある者にはそれに見合った寛大さが必要なんだよ。ぶっ殺すぞ。



「あっ! おい、先生、わざわざ来てやってんのに迎えが来ねぇんだけど、どうなってんだ!?」



 窓から顔出してたら見つかった。


 どうしようかな。

 礼儀を考えるなら今からダッシュでお出迎えに上がって平身低頭誠心誠意謝罪をするところなんだけれど、あのメスガキに頭下げるぐらいなら死んだ方がマシとかいう気持ちになりつつある。人のうつわ指先サイズなんで。


 しかし妹……妹のため、か……


 よし、謝ろう。

 ダメそうなら手始めにあいつを殺そう。


 決意する。重い腰を上げる。窓の外のレイチェル様に「今お出迎えに上がります」と言う。


 そしたら門の前から姿が消えてる。


「は? なめてんの?」


 怒りというものが液体であるならば、それを収める俺の器は雨粒一つ程度の容量しかないのだろう。


 瞬間的に襲い来たブチギレさんは『もうやっちゃおうぜ』と魅力的な提案をなさっている。

 俺の中の善性と悪性が顔の左右に翼の生えた小人めいた姿で出現し、「やっちゃいますか」「やっちゃいましょうよ」と同意する。善性とは。


 ブチギレさんの到来が俺の行動を完全に停止させてるあいだに屋敷内では気配が動いている感覚があった。


 消えたメスガキが俺の部屋にカチコミかけに来てるのだろう。


 上等だオラァ! パパの権力はたった一人でのこのこ乗り込んできたテメェを救わないんだって教えてやる!


 魔力をチャージして部屋のドアが開くのを待ち構える。


 ほどなくして慌ただしい足音とともに人の気配がドア前に立ち止まり、しばらくしてからドアが開かれた。


 そして、入ってきた人物は━━


 床に両手をついて、頭をこすりつけた。


「先生! マジ強いな! マジで痺れた! どうかあたしを舎弟にしてください! なんでもするッス!」


「━━は?」

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