第14話 聖騎士と疑惑と

 ライカに服を血で汚されたので、近くにあった河原で服を洗う紅雄。ライカは自分が汚したから自分でやると申し出たが、丁重に断った。初めて会う女性、それも恐らくかなり偉いであろう守護十傑聖騎士ガーディアンパラディン様に衣服を洗ってもらうなど、流石の紅雄も恐れ多くてできなかった。


「いや~、私が通りかかって良かったね。君たち見る限り武器も持っていないけど、森の中を武器も持たずに歩くのは危ないよ。パラディウス領内って言っても、魔王軍の侵攻が激しくなった今、ここら辺に魔物が出てもおかしくないんだから、あ、飴食べる? さっき立ち寄った街で買ったんだ」


 ライカはそう言って、飴をミントに差し出すが、ミントは恐縮してぶんぶん首を振って受け取らなかった。

 残念そうにライカは差し出した飴を自分で食べる。


「ところで君たちどこから来たの? 服装を見る限り田舎の村出身っぽいけど。もしかして、街に帰る行商人とか? そうだったらごめんね。あまりにみすぼらしい恰好。ごめん、これも失言だった。え~っと……つつましやかな格好。そう、素朴でつつましやかな格好をしていたからてっきり田舎の農民だと思ったんだよ」

「…………」


 ライカは出会ってこの方、ずっと喋り倒していた。最初こそ相槌を打っていた紅雄だったが、途中から洗濯に集中し、ライカの声を完全に無視していたが、それでもライカはしゃべり続けていた。


「さっき立ち寄った街。何て言ったかなぁ……そう、商業が盛んでいろんな香辛料とか売られてて、たくさんの商人が立ち寄る……」

「ファラオスの街?」

「そう! そこ! もしかして君たちそこの出身? あそこはいい街だよね。いろんなものがあるから、目移りしちゃって、あそこのホリデーサンドイッチはぜっぴ……そういえば君たちの名前まだ聞いてないや。こっちが名乗ったのに不公平だよね?」

「は、はいっ! 申し訳ございませんライカ様!」


 びくっと肩を震わせてペコペコと頭を下げるミント。


「いや、謝罪はいいから名前」


 ミントがビシッと背筋を伸ばして名乗る。


「ミント! ミント・ライトと言います。メイデン村からやってきました。|

雷光姫ライトニングプリンセス、ライカ様に会えるなんて、感激です!」


 何が謝罪はいいからだ。自分がずっと話しっぱなしで名乗らせてくれなかったんだろうが。


 ライカの性格に辟易しながらも、紅雄は自己紹介を始める。


「俺の名前は姫田べに」

「ライト⁉ どこかで聞い、ああ! メイデン村! 確かそこの村長の名前だ! そう、メイデン村だ。私はそこを目指していたんだった」

「お~い、俺名乗ってたじゃ……メイデン村を目指してた? ライカ様が? どうして?」

「あ~、まずライカ様っていうのはやめてくれないか? 私、むずがゆいの嫌いなんだよ。人と壁を作るのも苦手だしね」


 苦笑するライカ。紅雄の質問を完全に無視している。


「ラ・イ・カ・様! こっちの質問に答えてください。どうして、パラディオス王国でかなり強いと言われている守護十傑聖騎士ガーディアンパラディンがメイデン村を目指していたんですか?」


 無視されたので「様」を皮肉気に強調する。

 紅雄の迫力に若干ライカは押され、苦笑を浮かべた。

 だが、紅雄には聞きたいことがあった。このタイミングで、数万のゴブリンの大群を倒すことができる守護十傑聖騎士が来るということは……、


「もしかして、村に迫るゴブリンの軍勢を倒すために?」

「うん」


 あっさりと、ライカは頷いた。


「倒すよ。私一人で。ゴブリンしかいないのなら楽勝でしょう。百万だっけ? 数は」

「一万です」

「じゃあ、楽勝だ。一時間もあったら終わるんじゃない?」

 軽く答えるライカ。でも、だったらどうしてという疑問が浮かぶ。

「来るなら、来るならそう言ってくださいよ! メイデン村は救援要請を王都に出していたのに、どうして、今まで返事がなかったんですか⁉」


 村を包む悲壮感を肌で感じた紅雄は当然、怒った。

 ライカは紅雄の怒りを鎮めるように両の手の平を向けた。


「ごめんごめん。王都でもギリギリまで決めあぐねてたんだよ。メイデン村を助けるかどうか。メイデン村はちょっと黒い噂があって、色々怪しんでたし。平和そうな村だけど、クーデターをたくらんでるんじゃないかって。でも、もしも魔王軍が接触して、戦力が増強するようなことがあったら、本末転倒じゃ」

「ちょ、ちょ、ちょ、ストップストップ、ちょっと待って!」


 早口でまくし立てるライカに待ったをかける。


「クーデターをたくらんでる? メイデン村が?」

「うん、その可能性があるって」


 どうしてそんな噂が……と、考えた時に、要塞化している谷間の道を思いだした。そこで村の男衆は毎日訓練をしている。それが疑われたのか。


「ライカさん、確かに村の男衆は槍を構えて毎日訓練して、草原から村へ続く谷を要塞化していますが、それはあんたが来るのが遅いから、みんな自分の身を自分で守ろうとしたからで!」


 全部、国の対応が遅いせいじゃないかと紅雄は憤った。そっちがすぐに軍を派遣してくれれば、あの人たちは槍を持つことも、毎日男は訓練して、その分女が畑仕事をして、負担が増えることもなかったのに。そんな怒りをライカにぶつけたが、ライカは首を傾げた。


「いや、それはあんまり関係ない。それよりももっと重要なことがあってね。姫田紅雄って知ってる?」

「え⁉」


 自分の名前がライカの口から出てきて、ドキッとする。まだ、確か名乗っていないはずだが。

 紅雄の動揺も感じることなく、ライカは腕を伸ばして体をほぐす。


「ぶっちゃけて言うと、ゴブリンの軍勢を倒すのはついででね~」

「ついで?」



「本当の任務は『異能騎士団』の仲間の可能性がある姫田紅雄の抹殺なんだ」



 へ? 俺を? この人は何て言った。


「え、姫田紅雄……の抹殺ですか?」

「そう、君知ってる? 知ってるよねぇ。メイデン村の人だもんね。姫田紅雄はまだ村にいる? もしかして、本当にクーデターをたくらんでるの? 超常の力を操り、魔王軍幹部である彼らの仲間をかくまっているんだから、クーデターを疑われても仕方がないけど」

「か、かくまっているんなんて誤解です! あの人たちは優しいから面倒を見てやっただけで!」


 思わず反論してしまう紅雄。


「そうか、じゃあまだメイデン村にいるのか、紅雄は」


 いや、ここにいますよ?


「いや、それは……」

「まぁ、いい、今から行けばわかる。そういえば、君たちもメイデン村に帰るんだろう? 一緒に行く?」

「あ、え?」


 平然と紅雄たちに手を伸ばす。

 どうもこのライカとかいう女騎士はマイペースすぎて調子が狂う。

 ミントと顔を見合わせ、頷いた。


「行きます……けど」

「そう、じゃあ手を取って」


 紅雄とミントへ向けて手を伸ばすライカ。二人共戸惑いながらライカの手を取る。


「私の固有魔法、『疾風迅雷グローム・アクーラ』は知ってるでしょ? じゃあ、今から何するかわかるよね。覚悟してね。初めての人は酔ったりするから気を付けてね」

「いや、『疾風迅雷グローム・アクーラ』は知っていますけど、何をするかは」


 バチィッと閃光が走る。


 言葉の途中で、紅雄の体は猛烈なGに襲われた。腰が砕けんばかりに引っ張られ、全身に電気が走っているような痺れを感じる。

 その感覚は非常に気持ち悪かった。

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