第13話 襲撃と聖騎士と

「逃げる?」


 そして、紅雄の手を取り立ち上がらせる。


「グルルルルルル………」


 状況が呑み込めていない紅雄の耳に、獣のうなり声が聞こえた。


「黒い、犬……?」


 漆黒の毛に覆われた一匹の犬だった。口を開き、鋭い牙を見せつけ、こちらを睨みつけている。

 そして、黒い犬の目は爛々と赤く輝いていた。


「ヘルハウンドです! 魔王と契約した魔犬です!」


 ミントが手を引いて走り、つられて紅雄も逃げる。


「あれが、魔族……」


 こちらを睨みつけながら動かないヘルハウンドの方には禍々しい蝙蝠の刻印が施されていた。


「逃げ切れるの⁉」

「…………!」


 ミントからの返事はない。恐らく無理なのだろう、この逃走も気休めだ。ヘルハウンドが動こうとしないのは、その気になれば一瞬で追いついてこちらを食い殺せるからだろう。

 余裕なのだ。狩りで獲物が逃げ回っているのを楽しんで眺めているのだ。


「ミント。何か武器になるものは?」

「戦う気ですか⁉」

「どちらにしろやられるよ!」


 紅雄は立ち止まり、武器になりそうなものを探した。武器は全く持たずに村を出てしまったが、あいにく森の中なのでこん棒がわりのものはいくらでも落ちている。丁度いい長さと太さの棒きれを拾い、構える紅雄。


「来い! ホームランにしてやるぜ」


 バッターボックスに立つ野球選手のような構えでヘルハウンドを待ち構える。


「グルルルル……バウッ!」


 ヘルハウンドが吠え、駆け出した。


「逃げてください! ベニオ!」


 悲痛に叫ぶミントだが、もう遅い。ヘルハウンドは速く、一瞬で紅雄の前まで迫っていた。


「フッ! れっ⁉」


 気合を入れた一閃いっせん。だが、あっさりとヘルハウンドはかわし、足の爪が肩に突き刺さる。

 痛みを感じつつ、ヘルハウンドに押し倒される。


「ガウッ!」


 そのまま、ヘルハウンドは一切の躊躇ちゅうちょなく牙を紅雄の喉元へと突き立てようとした。


「———ィィッッ!」

「ベニオ!」


 ミントが手を伸ばすが届かない。すべてがスローモーションに感じながら、紅雄は首筋迫る牙を見ていた。


 もう、ダメだ――――。


「目を閉じろ!」


 凛とした女の声が聞こえた。

 彼女の声に従うまま、目の前のヘルハウンドの恐怖から逃げるため、紅雄は必死に目を閉じた。


 閃光が、走った。


「―――――ッ!」


 目を閉じていても、視界が真白に染まった。それほど強烈な閃光が紅雄たちを包んでいた。


雷斬ライトニング・スラッシュッッ!」


 続く女の声、ヒュンヒュンと鋭く風を切り裂く音が聞こえ、その後、ボタボタと地面に何かが落ちる。

 目を開く。


「君、大丈夫?」


 美しい小金色の手袋をはめたしなやかな手が紅緒に向けて伸ばされていた。


「あ、は、はい」 


 紅雄はわけもわからずその手を取り、立ち上がる。


「おっとぉ……血でびしょ濡れ。ごめんね、とっさのことで君に返り血がかかるのを気遣うことができなかった。洗濯は私がするから許してよ」


 紅雄の体はヘルハウンドの黒い返り血に染まっていた。先ほどのまでの脅威であったヘルハウンドは破片となって紅雄の周囲に散らばっている。

 そして、ヘルハウンドをバラバラにしたのは目の前にいる金色のドレスを着た女性。


「私の名前はライカ・Gギャレック・ストレリチア。一応、守護十傑聖騎士ガーディアンパラディンの一人なんだけど、知ってる?」


 血で濡れた剣を横に薙ぎ、血を飛ばして、優雅に鞘にしまう。

 稲妻のような黄色のドレス、そして黄金の川のような髪に、見た人すべて振り向くほどの美貌。

 雷の姫を名乗るだけはある。


雷光姫ライトニングプリンセス……ライカ……ストレリチア……」

「やっぱり知ってる? そう、私は雷光姫ライトニングプリンセス。イノセンティア最速の女だ」


 ライカは気さくに笑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る