第3話 超能力と馬鹿と

 森の中の崖の上に二年一組は着地した。

 相当の衝撃が自分たちを襲うかと覚悟をしていたが、神が何かをしてくれたらしく、地面の直前で体がふわっと浮き、安全に全員地面に降り立った。


「ここが……」「異世界……」「イノセンティア……」


 崖の上から、二年一組は世界を見渡した。

 先ほど見た浮遊大陸と竜に加えて、三十メートルはあろうかという巨大なキノコでできた森、羽の生えた小さな妖精が見える。足元に流れる川には虹色の魚が泳ぎ、双頭の巨大魚に捕食されていた。


「本当にゲームの世界みたいだ」


 実際に自分の目で見てみると、少し恐怖を感じ、紅雄はたじろいだ。


「なぁ、あの竜が魔物ってことだよな。あれを俺たちは倒さなきゃいけないのか?」


 将が僕の肩を叩き尋ねる。

 空を飛んでいる竜は大きく、鋭い牙が口の端から出ていた。それが檻にも囲われずに空を悠々自適に飛んでいた。気が向けば僕たちは一瞬で食い殺されてしまうだろう。


「そう、言ってたな。あの神は。だけど……」


 チート能力を与えると言っていた。そして、その説明は頭に突然よぎると……、


「お、おお!」「頭に、頭に何か!」「文字が文字が浮かぶ!」


 クラスメイト達が頭を押さえ始める。


「う、うう……」

「将⁉」


 それは将にも同様に訪れていた。彼は頭を抱えて蹲る。


「頭に……文字が浮かんだ」

「文字?」

「たぶん、これは、おれの、のうりょくのことだ」


 淡々と独り言を喋る将。

 そんな彼の様子におののいていると、クラスメイト達はやがて手を頭から離し始める。


「おお、これが俺の能力か!」


 クラスメイトの一人、運動好きのサッカー部の少年が崖に向かって走り出した。


「え」


 誰も止める間もなく、彼は崖から飛び降りた。


「おい!」「菊池ィ!」「何やってん……!」


 気が付いた時にはすでに遅く、崖下に落ちたドサッという音が聞こえた。

 唐突な奇行、そして悲劇に二年一組の面々は茫然とするしかなかった。

 だが、がけ下から少年の声が聞こえてきた。


「お~い、生きてるよ~……!」

「菊池⁉」


 飛び降りたはずの彼の声だった。クラスメイト達は皆がけ下を覗いた。


「お~い、皆‼ 俺の能力は死返リバース。死んでも蘇る不死身の能力だ~!」


 サッカー部の彼はピンピンしていた。自分が元気なことを見せつけるようにぴょんぴょん跳ねていた。ただ、蘇って間もないせいか全身血まみれだった。


「それでも飛び降りるかね」「あいつ、やっぱりあほだな」「次は私の力ね!」


 ウェーブをかけたほかの女子よりも少し大人びたギャルが崖の手前に立つ。友人の女子の「危ないよ」という声を無視して、ギャルは全身に力を込め、空を飛んでいる竜を睨みつけた。


「『使役テイム』‼」


 ギャルが能力名を唱えた瞬間だった。

 竜が頭をもたげ、翼を傾け、二年一組へ向けて下降してきた。


「うわわっ!」「こっち来た!」「どうしていきなり……逃げろ!」


 慌てふためく二年一組の面々。半分ぐらいは逃げようとしていたが、もう半分は竜を見据えて前進した。自分の能力で迎撃しようとでもいうのだろうか。その立ち向かう中に将はいて、逃げた中に紅雄は含まれていた。


「みんな落ち着いて、大丈夫。この子は安全よ」


 竜がギャルの手前で降り立つ。そして、彼女は竜に手を伸ばし、竜は目を閉じてその手に頭を乗せた。


「これが私の能力、『『使役テイム』』。どんな魔物も操ることのできる能力よ」 


 ギャルが喉を撫で、竜は気持ちよさそうに目を細めた。まるで飼い犬のような竜の姿を見て、二年一組のみんなは安心し、やがて、彼女に触発されて皆それぞれに与えられた能力を発動させていった。


「よし、俺も!」「私も!」「試してみよう!」


 ある男子は触った石を砂に変え、ある女子は全身を紙きれに変えて宙を舞い、ある女子隣にいた男子と人格を入れ替えた。

 そんな彼らを紅雄は羨ましそうに見つめていた。


「おい、紅雄。お前の能力は何だよ?」


 将が紅雄の肩を叩く。


「いや、わからん。まだ啓示けいじが来ないんだ……」


 クラスのみんながチート能力に目覚めていく中、自分だけはいまだに目覚めていないことに焦りを感じる。


「どうして……」

「個人差があるみたいだな。お前だけじゃなくて、まだ目覚めていない人はいるっぽいぞ?」


 クラスメイト達をよくよく見てみれば、チート能力に目覚めてはしゃいでいる人だけじゃなく、紅雄と同じように彼らを羨ましそうに見つめる人たちも何人かいた。


「焦ることはないさ」

「将、そういえば、みんなすごい力が使えてるけど。お前はどんな力に目覚めたんだ?」


 気になって将に尋ねたが、将は気まずそうに頬を掻いた。


「あ~……どう見せればいいのか。お前が見ることができない能力だから説明しづらいわ。まぁ、でも、滅茶苦茶強いよ。世界の仕組みすら・・・・・変えられる」


 将は自信満々に微笑む。その笑みを見ていたら、焦ることはないと言われたばかりだが、早くチート能力に目覚めたくてたまらなくなる。


「将、どうやった? どうやったら能力に目覚める? 俺に教えてくれ! もしかしたら俺だけ能力がないとか、神様のミスでそんな感じになる気がしてきた」


 将は顎に手を当て考え込む。


「そんなことはないと思うが……啓示っていうのはひらめきみたいなものだからな。紅雄、お前は考えすぎる。物事を深く考えすぎてドツボにはまるタイプだ。もっと馬鹿になれ、単純に考えろ。そして………頭に強い衝撃でも与えれば、ひらめきって来るんじゃないか?」


 将がにこやかにウィンクする。


「なんてな」

「わかった!」

「え」


 紅雄は将のアドバイスを聞くなり、駆け出した。

 近くの木に向かって、頭を前に突き出し、全力で駆けていく。


「ああああああああああ!」

「待て……紅雄!」


 将は、確か恐竜で頭が岩のように固く、頭突きで突撃するやついたな……名前は確かパキケファロなんとかだったかな……よく覚えていないな……それに似てるなと、木に向かって駆けだす紅雄を見てそんなどうでもいいことを考えていた。


 ドンッ!


 森に響く衝撃音。揺れる木と飛び立つ鳥。そして、深々と木の幹に刺さった紅雄の頭。


「お、おい……」


 将が手を伸ばし、声をかけるが、紅雄はピクリとも動かずに崩れ落ちた。


 ———そして、三ヵ月の時が経過した。

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