第2話 異世界と超能力と

「……ハッ」


 突然、体に意識が戻った。


「ここは?」


 いや、そういう風に錯覚しただけだった。眼を開いて周りを見渡すと、そこはバスが事故を起こした高速道路下の森の中ではなかった。

 真っ白な四角い部屋だった。真ん中に白い椅子が置いてある以外には何もない無機質な部屋。


「お前、紅雄か?」


 部屋の中にいたのは紅雄一人だけではなかった。彼を茫然と見ていたのは、短髪の堀の深い顔立ちをした少年。彼はクラスメイトの一人、小田巻将おだまきしょうだった。


「おい、ここはどこだよ⁉」「バスが事故ったんじゃ⁉」「私たち、死んだんじゃないの⁉」


 彼だけではない。部屋の中には紅雄のクラスメイトがみんないた。

 彼らは歪んだバスの中で丸焦げになったはずだが、傷一つない五体満足で白い部屋の中で戸惑っていた。


「将……だよな。俺たちは死んだんじゃなかったのか? ここは天国か? それともまだ死んでなくて夢でも見てるのか?」


 将は自分の頬を抓ってみる。


「夢ならこんなにリアルに痛むか?」


 ならば天国なのか。天国とは案外味気ないところなのだなと紅雄が感想を抱いた瞬間だった。


「は~い、皆さんご注目!」


 部屋の中央の椅子に少年が座っていた。


「痛かったねぇ、辛かったねぇ、残念だったねぇ、井関高校二年一組の皆さん。お気の毒ですが、貴方方は死んでしまいました」


 演技っぽく少年は言った。

 少年の髪は白髪で、日本人離れした赤い瞳をしていた。


「死んだのなら、ここはどこだ?」「そうよ、死んだのなら天国に行くはずじゃない」「そもそもお前は誰だよ?」


 クラスメイト達が口々に銀髪の少年に疑問をぶつける。

 彼は静まるように手でクラスメイト達を制すると、口を開いた。


「僕は神です。君たちの世界やほかの世界を管理している。そして、ここは天国じゃない。死後の世界ではあるけれども長くいることのできる場所じゃなくて、まぁ、中継地点のような場所かな。天国と現世の狭間ってところ」


 神を名乗る彼の答えを聞いて、みんな黙った。

 戸惑い、互いを見つめるクラスメイト達に神は続けた。


「君たちに僕はやって欲しいことがある」

「やって欲しいこと?」

「そう。それを達成できたら、バスの事故をなかったことにしてもいい」


 神の言葉を聞いた瞬間、クラスメイト達は沸いた。皆笑顔を浮かべて、手を叩き、神を仰ぎ見る。


「それって、生き返れるってこと⁉」「死んだのをなかったことにできるの⁉」「やったぜ、家に帰れる!」


 喜ぶクラスメイト達を、神はニヤニヤと笑ってみていた。


「で、やって欲しい事ってなんだよ?」


 紅雄はそれが気になって喜ぶに喜べなかった。これだけの人を呼んでやって欲しいことがあると頼むのが解せなかった。人員を確保するということはそれだけ人が必要だということだ。それだけ大変な任務を彼は科そうとしてるのではないかと警戒した。


「そんなに難しい事じゃない。ある世界を救ってほしいんだ」

「……難しい事じゃないか」

「いや、イージー、イージー。ベリーイージー。それに多分楽しいと思うよ。救う舞台は、君たちの大好きな剣と魔法の異世界、イノセンティアだ」


 神がパンと手を鳴らすと、真白の部屋全体に映像が映し出された。


「おぉ……」


 皆が感嘆の声を上げた。

 壁や床に映し出されたのは木々が広がる大地。そこに巨人が闊歩し、空は竜が飛び、空には滝が地面に向けて流れる浮遊大陸がある。ゲームや小説で描かれているファンタジー世界そのものだった。


 が、だ……。


「いや、だったら更に難しいよね。俺たちは普通の学生だよ。世界を救うなんて無理だ」

「普通じゃなくするって言ったら?」


 神が紅雄に向けて挑発的に微笑む。そして、足元に映し出されたイノセンティアの映像を指さす。


「実はね。この世界は魔王に支配されている。それも強力な魔王だ。彼らが使う魔法や、魔人たちに人類はなすすべもなく侵略されている。どんどん人の住む場所はなくなり、人口も減少している。僕はそんな世界を見ていられなくてね。彼らの嘆き悲しむ声を聞き入れて、救世主を送ろうと思った」

「それが、俺たち?」

「あ~……複雑な話でね。初めて送ろうと思った救世主は君たちじゃないんだ」


 気まずそうに頭を掻く神。


「君たちの前に何人か魔王討伐のためにこの世界に送っている現実世界の人間はいるんだよ。何でも斬れる剣とか、この世界の魔法全てを使える元素使いエレメントマスターの能力とかを与えたんだけど、今まで送った人間は悉く失敗しててさ」

「ほら、やっぱり」


 イージーじゃないじゃないか。早速嘘が露呈している。


「だから、今回は手加減なしでいこうと思って、君たちに白羽の矢を立てたってわけさ」


 頭を掻く手をこちらに向ける。


「今までは一人を送ってたから魔王に負けたんだ。だ・か・ら、三十人」


 ざわっと、部屋中の人間がどよめき顔を見合わせた。


「君たちに魔王を討伐してもらいたい。そうしたら、君たちを現実世界に戻そう。悪い話じゃないだろう?」

「悪い話だよ。だから、ただの学生……」


 紅雄を黙らせるように人差し指を立てて、彼に向けた。


「今、言ったよね。今まで送った人間に能力を与えていたって。そして、手加減なしって。君たちに与えるのは今までとは比べ物にならない超強力な能力。君たちの世界の言葉でいうとチート能力を与えよう」


 神の言葉を聞いて、クラスメイト達は更にどよめいた。


「チート能力を俺たちにって」「チートって何?」「つまり超強い超能力を俺たちにくれるってことか?」「全員に?」


 神は頷く。


「全員に、だ。その力を使えば、一人でも魔王を討伐できるほどの、世界を支配できるほどの超・能力。それを今から君たちに与えよう」


 仰ぐように手を広げると、神の手から光る風が吹いた。

 風は二年一組のクラスメイトを包み、それぞれの体にしみ込んだ。


「はい、与えました」


 クラスメイト達は手をにぎにぎしたり、軽くジャンプしたりして、体の変化を確認した。が、


「何も起きてない」

「そりゃ力を使おうと思ってないからね。だけど、君たちに特殊能力はもう与えたよ。使い方は後から君たちの頭の中それぞれに啓示として送るから、その時に確認してね」


 神はバイバイと手を振り始めた。


「いや、後でって今ここで説明してくれよ」

「ここで使い始めたら、僕が危ないでしょ。この部屋狭いんだから。だから、もっと広い場所で試し打ちをしてね。それじゃあ」


 フッと紅雄を浮遊感が襲った。


「うわっ」「床が消えた!」「落ちてる‼」


 浮遊感が襲ったのは紅雄だけではない。二年一組全員、部屋の中にいるはずなのに落下していた。


 足元の床が突然消えたのだ。そのまま、映像のはずのイノセンティアの大地へと落ちていく。


「ちょっと待……!」

「行ってらっしゃ~い。早く世界を救ってね~! 待ってるから~!」


 空の上でこちらを見下ろす神はニコニコと笑い続けていた。


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