さざれ石を固めて作った巌で苔を育てて天皇制を終わらせる

かじさぞ

こけのむすまで

君が代は

千代に八千代に

さざれ石の

いわおとなりて

こけのむすまで

『君が代』

作詞 古歌

作曲 林廣守


「本日未明、全国各地の寺社にある”さざれ石”が忽然と姿を消していることが相次いで報告され、話題となっています」

 そんなニュースが世を賑わせて数年。誰が何の目的でさざれ石を盗んだのか誰にもわからないまま、事件は迷宮入りしたかに思えた。


 ここは某国立大学 熊猫パンダ野寮。その地下、鉄の扉の奥に反天皇制を掲げる政治団体がある。

「書記長、今日は君に見せたいものがある」

「どうしたんですか委員長。今日は撤去された立て看板を奪還するんじゃないんですか」

「それどころじゃない。我々が数年、いや創設以来尽力してきたことが結実しつつあるんだ」

 委員長が震える手で壁に掲げられた赤い旗をめくると、そこには奥へと続く扉があった。委員長と書記長が階段を下っていくと、開けた空間に出た。


 そこには数十トンはゆうにある巨大な岩の塊が鎮座していた。

「これは……」

「”さざれ石”だ。数年前、先輩たちが全国のさざれ石を全て集め、ここに保管した」

 岩の塊に見えたものは、よく見ると大小様々な石が接着剤によって固められている。

「あのニュースは覚えています。ここにあったとは……」

「我々はあの後、膨大な量の接着剤と時間を費やし、さざれ石を一つの岩にしようと取り組んできた」

「でも、一体なんのために?」

「……我々の数代前の委員長が記した手帳によれば、専制君主制とブルジョワが結合した最悪のファシズム政体である天皇制を崩す手がかりを、彼らの思想の象徴とも言える国歌に見出したんだ」

「というと……?」

「君が代は天皇の支配の永続を願う歌であることは知っていると思う。小さな石が大きな岩となり苔が生えるまでのあいだ、天皇の世は続くというものだ」

「私、国歌斉唱で起立しないようにしていました」

「僕も国歌斉唱のたびに、日帝支配を受けた地域に向かって土下座していたよ。しかし、この歌詞を逆に捉えるなら、いわおに苔が生えたとき天皇制は終わるということだ」

「……!」

「天皇制打倒のため数十年戦ってきた我々は、その可能性に賭けることにした。千代も八千代も、誰から数えてなのか明示されていない。僕らは祖先を遡れば誰でも1000代目だし8000代目だ。いつでも天皇の時代は終わる準備が整っている。いわおに苔さえ生えれば……」

「……だから先輩方はさざれ石を集めていわおを作り出したんですね」

「そうだ。そして今朝最後のさざれ石を組み込み、残すところ、このいわおに苔を植えるだけだ。シンナー中毒で退学になった先輩たちのためにも、僕らが最後までやらないといけないんだ」

「……ぜひ、私にも手伝わせてください」

「助かるよ」


 その日から、委員長と書記長による植苔作業が始まった。有機溶剤に毒された岩の上で苔を生育するのは大きな困難が伴ったが、徐々に努力が実を結び、苔が毒に耐性を付け、緑が広がっていった。そして、苔がもう少しでいわおの全面を覆い尽くそうとしている時のこと。

「毒物及び劇物取締法違反容疑で捜索差押令状が出ているぞ!」

 ガスマスクを装備した機動隊が熊猫野寮の前に集まっていた。

「くそ、来たか!一体どこでこの情報を……」

「……接着剤の臭いがすごいですからね」

 地下室に立て籠もっていると、機動隊が寮内に侵入し、騒々しい音を立てて鉄の扉を切断しようとする。

いわおだけでも死守するぞ!」

「はい!」

 凶器準備集合罪に当たらないよう名目上は旗として保管され、申し訳ばかりに布が巻かれた角材を握りしめ、二人は地下へと駆け下りる。

「くそ!もうすぐいわおに苔が生し終わって、天皇制に終止符を打てるというのに……!」


「ふはは、そんなことを信じているのか!」

「き、貴様は!」

 早くも階段から現れたのは神道武力連盟(神武連)の会長、國體護こくたい まもるだ。

「さざれ石がいわおになるというのは、接着剤で固めた状態のことを言うのではない。日本中の小石が融けて固まり、巨大な岩となるのだ!」

「まさか……」

「天皇陛下の下で核武装した日本軍は劣等民族の巣食う近隣国家を焼き尽くすのだ……!たとえ核ミサイルの報復で日本列島もろとも融けようとも!」

「く、狂ってる!」

「ふははは!諦めて主権を天皇陛下に返すがいい。一億総僭主時代は終わりだ!」

「私たちはそんな運命認めない!日本国民も革命で君主を打倒し、真の平和民主主義国家になれます!」

 その瞬間、いわおが光を放った。

「なんだ…?」

 偶然か必然か、苔と岩と有機溶剤の奇跡的な相互作用によって、ある種の神経回路のようなものを形成した。ただの苔むした大岩が、人類に民主主義を啓蒙する存在としての意識を持ちつつあった。

「私達の民主主義を求める心に呼応して、目覚めようとしているんだ!」

「まさか、そんなはずはない。古事記にもないぞ!」


 國體こくたいが叫ぶのをよそに、いわおは苔を複雑に絡ませ、紐で束ねられた冊子を編み出そうとしている。

「ネオ・日本国憲法だ……!」

「ネオ・日本国憲法?」

「憲法から天皇の章を削除した、真の民主主義国家の憲法だ。すばらしい……」

「これでやっと、日本も民主主義国家になるんですね……」

「このようなことになるとは……。仕方ない、手段は選んでおれん。おい、最終兵器を出せ!」

 國體こくたいが携帯端末で連絡をとると、地下室が揺れ、天井が崩れた。土煙が舞う中、巨大な影が空を覆う。


「これが神武連の実力、大政砲艦だ!」

 そこには旧日本帝国海軍の戦艦によく似た大きな艦船が、重力に反して空中に浮かんでいた。

 國體こくたいは降りてきた小型ドローンの脚に捕まり、飛行する軍艦の上へと飛び去った。

「奴らは天皇制を守るためだけにあんなものを作っていたのか……」

 大政砲艦は艦首の巨砲を委員長と書記長に向ける。

「フハハ!王政復古ビーム!」


 しかし、それが直撃することはなかった。いわおが委員長達の前に立ちふさがったのだ。いわおはみるみる黒ずんでいく。

「私たちを守っているの……?」

「もういい!僕たちに構わず、天皇制を打ち倒してくれよ!」

 接着剤を泡立たせながら、いわおが微笑んだように見えた。

「しぶといな……!だがこれで最大出力だ!」

 國體こくたいの号令で王政復古ビームの出力が高まり、いわおは砕け散った。だが、それと同時にビームは止む。

「大政砲艦と私はここまでのようだ……しかし、民主主義の芽を絶やすという目的は果たした。王政復古の時は近いぞ!」

 王政復古ビームの過負荷に耐えきれなかった大政砲艦は空中で分解し、落下する鉄くずと化した。

「助かったんですね……」

「でも、いわおが……」

 大政砲艦の王政復古ビームで粉々になったいわおは、風に乗って日本全土へと飛散した。


「某大学敷地内での突発的噴火により火山灰が噴出しました。多くの航空便に欠航が出ている他、周辺地域では余震や火山活動の活発化に十分注意するよう呼びかけられており……」

 委員長と書記長は崩れ去った熊猫パンダ野寮の瓦礫の上で立ち尽くしていた。

「これでいわおに苔がむすのは限りなく不可能になってしまった……。先輩方に顔向けできないよ」

「……いや、そうとも限りませんよ」

 書記長は空を見上げ、風と共に流れていくさざれ石の雲を見つめた。

「さざれ石は、私たちの心の中にあるんです。ひとつひとつは小さな信念でも、国民全員の心がひとつになったとき、大きな岩になります。そうすれば……」

 民主主義を求める心が一つになって日本の礎となるそのときまで、彼らは闘う。


君が代は

千代に八千代に

さざれ石の

いわおとなりて

こけのむすまで







「また熊猫パンダ野寮で2人倒れたらしいぞ」

「あそこシンナー臭やばいからな……」


 終

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さざれ石を固めて作った巌で苔を育てて天皇制を終わらせる かじさぞ @kajisazo

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