第5章 脱出せよ、禁忌の地編

第32話 そして各々は......


 冒険者の死亡。

 それは何も珍しい事ではない、悲しい事だがままにある。


「......」


 しかしながら当然そんな事を認められるような薄情者ばかりでもない。


「畜生ッ」


 ザイルドはその知らせを受けて思わず机を叩いてしまう。


「......あいつには実力があった、将来有望な冒険者だったんだ」

「ザイルド君......」


 ラランはそれをただ見ている事しかできない。


「C級依頼だったんだろ?」

「えぇ......」

「アキラ、パレハ、へベルナッこの3人が居て誰かが欠けるなんて信じられないッ」

「依頼中に何かあったのかも――」


 ドンッ!


 ザイルドは再度机を叩くとラランは思わず身を引いてしまった。


「ララン確かにな、それはあったのかもな?」


 激しい歯ぎしりを見せる。


「だがへベルナがいた、奴はS級冒険者なんだよ、その名を聞けば皆が恐れるそういう奴が同行してたんだよ!」

「......」

「――落ち着けよ、ザイルド」


 その声に思わず振り向くとギルドマスターのバウロスが居た。


「まだ遺体が見つかった訳じゃない、それこそへベルナが責任を感じて探してるんだしな?」

「しかしマスター」

「落ち着けよザイルド、お前がアキラを可愛がってたのはわかってる」

「......」

「へベルナを信じてやれ」


 バウロスという男は気持ちの良い男ではあったがどうにも彼の過去には謎が多かった、かつてパーティを組んでいたという仲間の事もメイ以外の事がよくわからない、話したがらない。


「マスターはへベルナには甘いよな?」

「......まぁな?」


 ザイルドはその場を立ち去るバウロスを静かに見つめていた。



 ◆◇◆◇



「え」


 セレンはメイ婆の所で買い出しの手伝いをしていた時に丁度その話を聞いた。


「だからあいつは依頼中にリカイオン山の崖から落ちちまったよ」

「......うそ」


 青天の霹靂とはまさにこの事、セレンの脳内に響くのは雷鳴だ、メイの言葉が耳に入らない。


「嘘じゃねぇ、まっ遺体が見つかったって訳じゃ――」

「ウソね、嘘よつまらないわ、そんなの面白くないわよ、あいつの話より全然面白くない」


 セレンの顔はみるみると蒼白になっていく。


「――探しに行くッ!」


 セレンは走り去ろうとするがメイがセレンの腕を強く握る。


「無茶だ!リカイオンまでどれくらい距離があると思ってやがる!」

「ッッ嫌よ、行く!」

「ガキの我が儘を言うなッ、助けにはへベルナという奴が向かった!そいつは実力は確かなんだ、お前の仕事は帰ってきたあいつを散々に笑ってやることなんだよッ!」

「......」

「さっきも言ったが遺体は見つかってない」


 セレンは徐々に冷静になる。


「奴が流れつくだろう場所は危険なとこさ、お前が行っても何の足しにもならないね」

「死んでたら......」

「アタシの勘はよく当たんだよ、多くの友はそれで生きて来たし死にもした、そして今回は生きてる」

「......勘じゃないの」

「友の死にわざわざ賭けるなって事だよ」


 セレンはあきれ果ててしかしそれに救われて、アキラの帰りを信じて彼女はいつもの場所に戻る、それは諦めでも放棄でもなく日常を繰り返し帰還を待つのだった。


「あいつが帰ってくるの待つことしたわ」


 セレンが帰っていくのをメイは静かに見つめる。

 彼女の脳内に浮かんでくる地図、リカイオン山から流れる川に続くのは大陸の中央部だ。


「......まぁ頑張るんだな、へベルナ」



 ◆◇◆◇



 川沿いを沿うようにへベルナは走っていた、それを諫めるように近くを並走する者達もいる。


「へベルナ様、どうかお戻りを......」

「......やはり見張っていたのですね」

「我々が信用成らないのは存じ上げています、しかし貴方が向かう先は禁忌の地、蔓延る呪いは今も健在ッ」


 へベルナを止めるのは黒い服にシルクハットそしてペストマスクをした全身を黒い服装にした者達だ、先頭に立つ一人が話す。


「我々にお任せを、アキラ殿を必ずや探しだして見せましょう」

「ならば何故、もっと早く動かなかったのですか」

「元々我らは貴方を諫める為に潜んでいたのです、勝手など出来るはずがないでしょう?」

「......貴方達はいつもそう......」


 へベルナは彼を無視し続けると後方にいる三人がさらに続ける。


「我々への威嚇は無意味だ、我々の不信も禁忌の地への侵入行為に言い訳にはならない」

 一人は帽子を片手で抑え、少し小柄な体をした男。


「大奥様は大変遺憾に思う事でしょう、アルディ様に軍配が上がるかもしれませんねー、残念だなー」

 もう一人は両手で帽子を押さえながら、華奢な体をしており声から女であることは確かだ。


「......」

 もう一人、少し大柄な者がいた、声をださない。


 後方にいる三人のうち二人は先頭を走る者よりも些かへベルナに対し敵対的である、それは彼らはマギアフィリア家に属するギルド【黒装隊】であり、誰が家長となるのかで揉めているからであった。


「これは私の事情です、別に無理していく必要はない」


 へベルナはそれを言うと――


「失礼――『魔力障壁』」

「――後方止まれッ!」


 魔力の壁を張る事で【黒装隊】の追跡を退いた。


「......此処から先は例の地ですね?」


 一人が聞く。


「そうだ」


 話していると赤い靄が見え始める。


「......此処から先へ行けば禁忌の地、行けば我らも罰は免れない」

「残念であります、まぁ最近のへベルナ様の行動はご当主になる資質ではございませんでしたからねー」


 へベルナと並走していた【黒装隊】の小柄な男と華奢な女はその場を去ってしまい、先頭にいた者と後方にいた少し大柄な者と二人のみとなった。


「薄情者だな、ただへベルナも悪いのだ、彼女は我らを不遇するからな」

「これは罰ですよ」

「......私には理解できない、過去の罪への贖罪は大事だが相手に許す気がなければ無意味だ」

「......貴方は冷たい人と言われませんか?」

「ウジウジ生きていくのが嫌なだけだ」


 そして男は去り、先頭に立っていた男だけがへベルナが向かっていった先を見る。


「へベルナ様、どうかお許しを......」


 そうして男も他の【黒装隊】同様に立ち去っていく。



 ◆◇◆◇



 パレハはリコスラで一時の待機命令を受けており宿屋で休んでいた。

 近くの場所で偶然依頼を受けていたガレナはギルドの指令を受けてリコスラに着くとそのままパレハと会い何があったのか細かく聞く事になった。


「......そう、そんな事がね」

「弱いというのはこういう事なのだな、思い知ったよ」

「流石に思い悩み過ぎだと思うけど、その話を聞く限り、アキラ君を襲ったのは相当な手練れね、ハッキリ言ってアキラ君やパレハ君じゃ勝てなかったと思う」


 パレハは溜息を吐く。


「盗賊団は今留置場にいるとさ......今回私は何も出来なかったよ」

「そう?何でも商人の人を助けたらしいじゃないの」

「......」


 仕方ないとガレナはパレハを元気づけるが目のまえで仲間を見捨てた事をかなり気に病んでいる為あまり効果がなさそうだ、話題を変えへベルナについて聞いた。


「......ねぇへベルナはアキラ君を追っていったのよね?」

「川の下流域は禁忌の地であるレギア跡地、アキラを追った彼女は恐らくそこまで......」

「はぁ、へベルナはいま大事な時なのに......気持ちはわかるけど」

「仕方ないさ、へベルナはアキラを気に入っていたから」

「気に入ってた?友として?」


 ガレナはパレハの言葉が気になり問うとパレハまた先ほどとは違った何処か寂し気な雰囲気を醸し出す。


「少なくとも私とアキラ、その二人を天秤に乗せたら――」

「そういうのは比べるものじゃない」


 ガレナは注意するがパレハはそれを鼻で笑う。


「まぁ確かに私もそういうのを比べるのはどうかとは思ってた、あの夜までは」



『でも、この気持ちの余韻をもう少しだけ味わさせて?』

『~♪』



「......ッ」


 アキラとへベルナがヒポ村で夜の月光の下で話していた時に、パレハは偶然起きていたそして聞こえてしまっていたのだ、あの柔らかな声、鼻歌、それは自分が聞いた事のないものだった、10年の付き合いであっても知る事のなかった事をアキラは自然に引き出した。


 パレハその一連の話を聞くとすぐに部屋に戻ったのだ。


「旧友......か」


 パレハは知らない、旧友というのが嘘の話であると、しかし今回はそれが幸いした。

 もしパレハがアキラは実はへベルナと会って1年も経っていないと知ったなら嫉妬心に燃えておかしくなっていただろう。


「......パレハ君はこれからどうするの?」

「ソルテシアに帰る、へベルナに投げられた事はとりあえずやったからね......」

「......帰ったら休みなさいよ、すごいやつれてるわ」

「......そうさせてもらうさ......」


 パレハは軽く会釈をしてそのまま宿屋へと戻るのだった。

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