第14話 覇王の片鱗


「『――英雄の一人、大魔導士キルケーは有志と共に学園の創立、戦争により破壊された都市の復興に尽力した、人々は彼女を師のように慕っていたのだ。しかし彼女の栄光に陰りが見え始める。ある時、弟子の一人であったメルリヌスはキルケ―に対し糾弾を――』」


 アキラはどうにかして【キルケーの魔法論】の序章部分を読んで少しは理解してきていた、そこでわかってきたのはキルケーが自分で書いた本ではないという事。

 大魔導士キルケ―は魔法の発展において重要な役割を持っていたらしいこと。


 この本の主題ではなかったから大雑把にしか説明をされていないが重要な事をアキラは見つけた。

「英雄......」

 戦争を乗り越えた人々は被害の復興をしていたという。そんな時代の中に現れた英雄の一人キルケーという存在。

「きっと創作物の題材にも沢山されてるんだろうな」


 しかしこの本の本題にはまだ入ってない。


「へベルナには悪いケド、コレきっと全部は読めない......」


 へベルナがくれたモノだから無駄にはしないようにしてはいるが難航していた。


「アキラ様、お夕飯の用意が出来ました」


 そうか、もうそんな時間なのか、とアキラは立ち上がる。


「――?」


 ぞわっとする感覚に襲われた、戦わなければならない者がいる。アキラはその本能のような燃え滾る衝動が抑えられない。


「......」

「あの、アキラ様?どうかなされましたか?」

「アーシャ、ごめん、ちょっと外に出ていく」

「え、ダメですッへベルナ様からも安静にと――」


 止めるアーシャを後目に屋敷を走って出てしまった。


 何処に行けばいいのかは確信があった。

 採掘場、あそこにアキラが戦うべき存在がいる。


 ■


 本能のままに走る、採掘場にそれはいた。


 遠目でも見える、採掘場で警備をしていた人はみんな殺されている、血の海と化していて、背中を切られている人もいる、逃げようとしていた人も容赦なく殺していたようだ。


「......あいつから?」


 そんな様を見ていて恐ろしいはずなのにアキラはその男を見ていた。

 初めて見ているはずなのに、まるで長年の宿敵のような感情が芽生えていた、どうしてだ、恐怖ではない感情がどうして芽生えていたのかわからない。


 果たしてそれがアキラの意思であったのかはわからない、燃え滾る魔力、闘争心、もはや隠す事はなく暴露する。


 ■


 黒い服を着た男の背後に近づく。


「――何者」

「お前に名乗る名はないぜ?」

「俺を【暗闇の蛇】のマスター・リードルだと知っての事か」

「う~ん?、その名前は闇ギルドの......そのマスターか!だったら好都合だなッ」


 アキラは堂々と絶対的な強者として相手に対峙する。


「......お前が敵対者だと言う事は把握した」

「そうか、じゃあ死ね」


 淡々と鋭い爪を一つに纏いまるで剣にように変化させ

「『黒蛇』」

「出来損ないの蛇がよぉ!」

 相手が召喚した黒蛇をまるで紐を千切るように切り裂いた。


「舐めるな『黒蛇』」

「っと」


 自らの肉体の中心から蛇が生える、それは際限なく伸び、アキラを執拗に狙うがある程度の所でまたもや切り裂かれる。


「おい、手を抜くなよ、他の奴に意識を向けてんじゃねぇ」

「......お前は過去にここに来ているな?」

「だったらなんだ」

「仲間がお前の情報を話していた......しかし」


 アキラは両方のツメを剣のように変化させながら戦闘態勢をとる。


「話に聞いていたよりも些か強い」

「ったり前だ」


 修行していたのだから、強くなっていて当然である。


「本気出さねばならないな......」


 リードルの影から大蛇が生まれる、いや影に潜んでいたのだ、それは召喚術の一種、使い魔。ずっと影に潜み術者の守護と隠蔽をしていたのだ。


「『這いよる影シャドースネイク』加護は良い、こいつを殺せ」


 大きさは10メートルほどの黒き大蛇、鱗からは剣、人の腕や足のようなものが突き出ている怪物で瞳から尾のかけて赤き紋様が刻まれていた。口元からは血が零れていて、地面に血が落ちると茹で上がる音とともに蒸発して消えていく。


「こいつ......そうかこいつに」


 先ほどまで感じていた強い衝動、闘争心、敵対心はリードルに対してではなくこの使い魔が原因であったのだと悟った。


「キシャァ」


這いよる影シャドースネイク』が長く大きい巨体を活かして突進してくる、当然アキラはそれを捕まえて反撃しようと考えたが

「熱っ、こいつ!」


這いよる影シャドースネイク』の頭を押さえるが体温が熱くそして泥のように身体をめり込ませてくる。


「グァァフレアァッ」


 アキラは体内での爆殺を狙う、しかしそれさえも吸収しているのかダメージを受けている素振りも見せない。

「くッ」

「キシャャ!!」

「く、蛇がッ......」


 蛇はドンドンと肉体をめり込ませていく、あの身体はそういう事だと理解した、奴はこのように敵を吸収してきたのだ。


「ぐ、ぐぐ、クソ(まずい、これは......)」


 腕はまるで熱湯に突っ込んでいるような感覚に襲われる、どうにかして『這いよる影シャドースネイク』から離れようにも、どんどんと腕から肩、顔の近くまで......


「こいつ――」


這いよる影シャドースネイク』はニヤリと笑っていた――



 ■



 真っ赤な世界、人々の呻き声。


「なんだここ......」


這いよる影シャドースネイク』の体内だろうか、体内というよりは空間か、辺りを見回す、赤いだけでよく見えなかった。

 しかしわかる、自らを指す怒りの感情を、憎悪を、呻き声は唸り声に変わっていた。


「お前ら、誰だ」


 暗い中なにもわからない見えなくともわかってしまう、憎悪の視線。


「どうして俺を恨んでいるッ!なんか言ったらどうだ」

「......すな......るすな......」

「なんだなんだ、こいつらはッ」



『無視しろ、やるべき事がある』


「?」


 誰だ、どこかから声が聞こえた。アキラは突然の出来事続きで混乱を隠せなかった。


『受けた屈辱を晴らさねばならない』

「誰だ、お前は――」



『覇王』



 奴は自らを覇王と名乗ると俺の周囲に赤黒い魔力が充満してくる。

 俺の意思なんてお構いなしだ、精神すら支配されていく怖いそう思った。

 けれど俺に拒否権はない、奴はただ一言だけ云うのみ。



『称えよ、我は並ぶ者無き覇王なり』



 ◆◇◆◇



這いよる影シャドースネイク』の吸収行為を終えたらすぐに採掘場に向かう予定だ。


「......素晴らしい」


 リードルは思わずそう感想をこぼした、『這いよる影シャドースネイク』元は

 古代において暴れたという魔物。仲間の魔導士が特異な術を持って魔物の影を無理やり顕現させて召喚するという荒業を成し、さらに契約を譲渡された事で今に至る。

 しかしこれはあくまで影、本物の召喚には至っていない。


「......」


這いよる影シャドースネイク』は動かない。


「出口に来てしまう」


這いよる影シャドースネイク』を出す際に他の使い魔を退去させたために、内部で戦った相手が来るだろうと考えていた。


「『這いよる影シャドースネイク』吸収が済んだらすぐにでも――どうした?」

「ぐぐぐ......」


 うねうねとしたり、顔を地面に叩いたりと様子がおかしい、リードルはそう思い近づくが――


「――ッ」


 刹那――


「――■■■!?」


 理解不能の言葉と共に『這いよる影シャドースネイク』の上半分が爆散した。


「......」


 何が起きたのか理解できなかった、爆散したという現実が容認できない。

這いよる影シャドースネイク』はそんな容易く葬られて良い存在ではない、例えかつて魔物の影であってもそんなに容易く――


「お前......何者だ」


 爆散した『這いよる影シャドースネイク』の残骸に座っていた。


「――」


 意思の疎通ができないのかしないのか、戦闘態勢に入る。


 肉体は前より禍々しく変質していた、身体は赤黒く鋭くなった牙、ツノはより長く太くなり顔つきは龍に近しいものになっていた。ツメもより長く、身体の所々には明るい赤でライン模様が現れていた。

 赤黒く肥大化した肉体の脈打つ音、それはあくまでもこの存在は生きていて自分と同じ生物だという事を示していた。


「――ッそいつを殺せ!」


 リードルは本能的な危機感からか『這いよる影シャドースネイク』を無理やり再生させて覇王に襲わせる。


「キシャァァ」

 再生したばかりで肉体の固定が出来ていないが、『這いよる影シャドースネイク』は自らの高熱の血液を混ぜ込んだ紫のブレスを吐いて攻撃をする。

「『フレア』」


 人差し指で行使されたのは前と同じ炎の魔法、されど火力は桁違いだった。ブレスは容易く貫通されてリードルにまで射程が届く。


「ッッ」

 魔力を過度に浪費して既にリードルは立つのもやっとであるにも関わらず多重召喚を図る。


「『漆黒の蛇』ッ」


 リードルは目から血を流しながら『這いよる影シャドースネイク』と共に下級の使い魔を大量に召喚して応戦しようとするが――

「散れ三下ァッ」

「――グァッ」


 魔力の圧により吹き飛ばす、圧というよりは突風のような衝撃波だ。下級の使い魔は今の覇気により消失、リードルは採掘場の壁に激突してしまい意識を失ってしまった。


「......どっかに隠れやがったな?」


 リードル達が戦闘をしていた僅かな隙を突いて『這いよる影シャドースネイク』は地面に独自の空間を構築しそこに入り込んで隙を伺っていた。


「来いよ」


這いよる影シャドースネイク』は自らの肉体に突き出る剣の刃の部分を器用に地上に出して突撃する。


 覇王はあえて避けずにあえて刃を受ける。


「ただの剣ではない様だが所詮その程度よッ!」


 覇王の肉体は刃よりも硬く強靭だった、肉体は傷一つなく、しかし『這いよる影シャドースネイク』の剣の刃先は既に欠けていた。


「はっ剣ってのは切るもんだぜ、俺がお手本を見せてやる――『覇王・抜刀』」


 右手を前に出し禍々しい赤黒い魔力が帯び始めると右手の肉が徐々に大剣に模した刃に変化していく。さらに血管のように赤い線状の紋様が浮き出ていてる。


「丁寧に出てこなくていいぜ?」


 大剣に魔力が込められ始めると『這いよる影シャドースネイク』は危機を察したのか隠れ潜んでいた地面から出て来て、ブレスの準備を始めた。


「光栄に思え、覇王の斬撃を影如きが受けられることをなッ!」


這いよる影シャドースネイク』は全生命力で持ってブレスを放つ。



「――『覇王・両断』」



 地面を砕く勢いで真っ直ぐと振りかざされた大剣は目で見える赤黒い衝撃波が『這いよる影シャドースネイク』へと突き進む。ブレスは意図も容易くかき消される。


「――死ネ」

 その一言と共に衝撃波を相殺せんと突進を図る、しかし

「――」

 突進などなんの意味はなく頭部から尾先まで真っ直ぐに切り裂かれていき


「ナゼ......我ガ......カラダガ......」


 最後にその言葉を吐いて絶命した、真っ黒かった身体より黒くなって粉々に朽ちていく。


 そんな『這いよる影シャドースネイク』を後目に覇王はリードルに向かって歩き出す。


「......次はぁ?」

「......」

「おい、起きろ」


 リードルを蹴り意識を戻させる。


「お前何しようとしてた?」


 壁に倒れ掛かり吐血しながら、覇王を睨むリードル。


「......ッ」

「なんだよふざけた目しやが――ッ......」


 突然頭を軽く押さえ始めた、覇王は時々唸ったり歯ぎしりをしていると。


「――っ」

 採掘場の内部から多くの声が聞こえて来た。


「......あぁ全く邪魔が多くて嫌になるぜぇ?な?」


 リードルをチラリと見るとニヤリと笑い。

「『フレア――」

 中に撃とうとしたのだろうしかし、身体のバランスを崩し思わぬ方向へフレアを撃ってしまう。


「ッッ『魔力障壁』」


 軌道がずれて洞窟の壁に辺りガレキが落ちて来た為に相手は防御の魔法を行使した。


「あぁ......ダメだなこりゃ」


 覇王はそう言ってその場から立ち去るのだった。


 ■


 アキラはその後、適当な所で覇王に身体の主導権をアキラにあの状態のまま支配されてもおかしくなかったのだ。


「――ッッ」


 アキラは恐ろしいと感じた、あれは偶然だったのだ、完全ではなく、あの蛇に大技を撃った後で体力を使っていたからアキラは辛うじてフレアの軌道を変えられた。


「覇王、覇王ッ......お前はなんなんだ、どうして俺の身体を......」


 次は覇王を制御できるのか?


「クソ......野郎......」


 不自然なほどに身体が熱く、重く、動く事ができない、痛みと熱さでアキラの肉体は既に限界だった。


「痛い、クソ......ダメだ......」


 森の中を横になる事しか出来なかった。



 ◆◇◆◇



 それはあまりにも突然の事だった。


「これはどういう事だっ!?」


 今回の事件で意識不明状態だった者達が目を覚まし始めたのだ。


 意識不明だった者が語る事は同じであった、みんな寝ている間にどこかはわからないが赤い所にいたという証言は一致していた。

 これはどういうことかと疑問に思う者もいたがそれは有耶無耶になった、なにせ今回目覚めてから一番に混乱を招いた出来事があったからだ。

赤の壁レッドウォール】のギルドマスターがネイロス=ザッドルアから変わり、アーヴィ=パウンが新たなギルドマスターになっていた。


 それらが明らかになるやいなや、すぐさま本拠地に急いで向かってしまった。


「我々はアーヴィ=パウンをマスターとは認めない、マスター・ネイロス=ザッドルアの復帰を求める」

 ギルド内部では回復した【赤の壁レッドウォール】のメンバーはそう言ってアーヴィがマスターであることを認めようとはせずに詰めかけていた、アーヴィはそうなる事は見越していたようで、淡々と答える。


「認めないのならそれで結構だ、俺がギルドマスターであるという事実は変わらない、それにネイロスは作戦の失敗の責任を取らされたんだ、仕方ないだろ」

「貴様なんぞにギルドの運営で出来まい、現にドージャを抑えられずにへベルナも去ったそうじゃないかッ」


 一人の男が言うと他のメンバーも彼に続き、そうだ、そうだと騒ぐ。


「ッ、お前らもどうしてこんな状態を認めているッ、仮に、仮にッマスターが責任を取ったにしても、どうしてよりによってこいつをマスターにしたのだッ」


 そうギルドの中で声を荒げるが、アーヴィを容認した冒険者はただ気まずそうに顔を背けるだけだった。


「ギルドマスターが誰になるかはギルド内部が決める事、そしてこのギルドは俺をマスターとして認めてくれたんだよ」

「黙れ、どうせ何か不正を働いたに違いないッ」

「......マスターが合わないのはギルド所属の冒険者には致命的だ、勿論君たちがどうしてもいやだというのなら、出ていけば良い。まぁしかしわかっていると思うが、ギルドの鞍替えを続ける冒険者は嫌われる」

「それは......」

「ネイロスが拾ってくれなければ、今ごろは裏社会で生きていた人もいただろう。俺をマスターとして認めるなら、君たちを除名しない、今まで通り仲間として迎え入れよう」

「......俺たちを脅してるのか?」

「仲間を脅すわけないだろ?」


 一触即発だ、そんな時だった、後ろからフロル=ピナクがトコトコと歩いて来る。


「えっと、皆様初めまして、フロルと申します」

「あぁ、新しい仲間だ、君たちが寝ている間もギルドは活動していたんだ。」

「んふふ、これからもよろしくお願いします」

「え、あぁ、どうもよろしく」


 フロルの輝くような笑顔に絆されたのか、さっきまでの空気は一変した。


「いきなり事で驚くのは無理もない、今後の事をじっくり話そうか、例えば他のギルドとの新しい関係とか」


 アーヴィは静かにそう語りかけるのだった。

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