1章 開元の契り

 楊貴妃の本名は楊玉環という。蜀の中級役人の家に生まれた。


 幼い頃より窈窕とした美貌に恵まれ、歌舞音曲の才能にも優れていて、将来は良縁に恵まれることが期待されていた。


 大唐帝国の開元二十三年 (西暦735年)に、玉環は嫁ぐこととなった。


 嫁ぎ先は皇帝陛下の子息であった。平凡な役人の娘としては素晴らしい良縁に恵まれた。と、思いたいところであったが、現実には皇帝陛下の第十八子である寿王という者であった。第十八子では、次期皇帝になれる見込みも低い。現実はこんなものかと落胆しかかった玉環であったが、別に夫が皇帝になれなくても、皇子の一人としてそれなりに贅沢な生活ができるならばそれ以上多くを望む必要も無い、と考えを改めた。


 初めての顔合わせの時、楊貴妃は、なよなよとした足取りで侍女二人に支えられながら夫の前に出た。


 寿王は、実際に会ってみると、気さくで聡明な男であった。寿王の兄は醜い容貌で目つきも悪いと知られていたが、寿王は容姿も涼し気で太い眉と若いながらも立派な顎鬚が凛々しかった。


「楊玉環といったか。そなたが私の妻となるのだな。夫として何かと至らない点もあるかもしれないが、宜しく頼むぞ。そなた、舞いは得意か?」


「はい。胡旋舞も得意といたしております。舞いだけではなく、七弦琴で広陵散を弾くのも、詩を吟ずることも一通り習得いたしておりますので、旦那様を退屈させることはございません」


「そうか。それだけ芸事に通じているということは、才能があるだけではなく、努力をして反復して練習を積んできたのであろう。私は努力を惜しまない人物を好む。それに私は、自分の子どもが早くほしい。妻に求めるのは、化粧の技能ではなく、子を産むための健康な体だ。そなた、先ほどはなよなよと崩れ落ちそうな感じで歩いていたが、胡旋舞を何度も練習して会得したからには、本当は体力には自信があるのだろう」


 寿王の眼差しはどこまでも真っ直ぐで澄んでいた。この男の前でなら、自分を偽る必要は無いのだと、楊玉環は解き放たれたような気分だった。


「わたくしの演技、そこまで下手でしたでしょうか」


「下手ではない。女が男のなよなよとした様を装うのは普通のことだからな。ただ、それは、胡旋舞を得意とするという事実とは単純に矛盾しているので、それを指摘しただけだ」


「そうでしたか。ではわたくしも、あなたの前では変に偽らず、正直なわたくしで居たいと思います」


 結婚など、全ては政略結婚だ。勿論、寿王と楊玉環の婚姻も同じであるし、好き嫌いの感情などよりも打算の方が先に立って決まったことである。だけど第十八子という寿王ならば、自分のことを妻として心から愛してくれるかもしれない。そう信じて、楊玉環は寿王に全てを捧げて身を任せることにした。


 閨の中で。


 楊玉環は生まれたままの姿を寿王の前にさらした。男に裸を見られるのは、当然初めてだった。


 豊かな肉付きが楊玉環の躰の特徴だった。豊麗柔媚な双つの乳房は寿王の体に押しつけられて弾力と共に心地よく撓んだ。茘枝の実の皮のような乳首が愛する夫の舌によって転がされると、楊玉環はせつない溜息を漏らした。


 妻の下腹部に伸ばした寿王の手は、歓びに潤んだ果実に辿り着く前に、緑の茂みに阻まれた。


「そなた、ここの刷毛が随分と長くはないか」


「はい、侍女たちから話を聞いたところによりますと、他人よりは長いようでございます」


 楊玉環の陰毛は、立った状態だと地面に引きずるくらいとも言われることがあるが、これはさすがに誇張であった。実際には最も長いもので膝に届くくらいだ。勿論、それでも一般の人よりは十分に長い。


「邪魔ではないか」


「邪魔ですが、これもまた自分の特性であるとして、魅力の一つとして愛していただけると幸いです」


「なるほどな。だったら、後で絹の細長い布を用意しよう。それを服の下で腹に巻いて、その布に毛を引っかけるように上に挙げれば、邪魔になることは無いのではないか」


「ありがとうございます。常にわたくしのことを気に掛けてくださるのですね」


 この夜、初めて夫の寿王の腕に抱かれて女となった楊玉環は、その後もずっと絹布によって抱かれ続けることとなった。


 楊玉環は良き夫に恵まれて、この幸せの永遠を願った。


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