10人目:厄介者の卵

そこは常に暖かく、人型の生物が暮らすのに適した世界。

そこは常に忙しい、帝都アルキテラコッタの役所の一角。

エルフの女は、上がって来た報告書を見て頭を抱えた。


「これも私達の管轄ですか」


エルフの女…エリスが報告書をサラ読みして、出てきた言葉がこれである。

課長は曖昧な笑みを浮かべて首を縦に振ると、小さくため息をついた。


「防衛部隊に回そうとしたのですがね。彼らは生憎別件にかかりきりで」

「あー…オルキテラコッタ方面に出たゴーレム対応でしたっけ」

「はい。その報告に上がってる場所がその方面なら押し付けられたのですが…真逆ですからねぇ」


課長はそう言うと、執務室の方に目を向けた。


「ミーシャさんとチェクさんを付けます。理想は規定通りの対応ですが…場合によっては実力行使でも構いません」

「了解です」


エリスは報告書を手にミーシャとチェクのデスクに向かう。

この2人、仲が良いのやら悪いのやら…良くいがみ合っている姿が見られるが、何故かこの間の席替えで隣り合わせの席になっていた。


「お二人さんに仕事を持って来たんだけど」


書類仕事に精を出していた2人の背後に立って声をかける。


「にゃ?…アタシとチェクですか?」

「え?…ミーシャと私ですか?」


猫耳を持つ女、ミーシャとネズミ耳を持つ女、チェクは同時に声に反応して、エリスの方に振り返った。

タイミングも、問いかけもほぼ同じ…エリスは苦笑いを浮かべながら両者を見比べると、手に持っていた報告書をミーシャに手渡す。


ミーシャはチェクに見えるように報告書を保持して、2人は少しの間ジッと報告書を読み込んだ。

エリスはその様子を見て、クスッと口元に笑みを零す。


「内容は理解できたかしら」


エリスの声に、2人は全く同じタイミングで顔を上げてコクリと首を縦に振る。


「厄介ですね」


ミーシャが一言、感想を言うと…


「通常の対処は無理じゃないですか?」


チェクもそう言って肩を竦めた。


「実物を見て決めましょう。準備して」


 ・

 ・


3人での処置になるとは珍しい。

エリスはそう思いながら、駅までの道を歩いていた。

エリスの一歩後ろには、ミーシャとチェクが並んで着いてきている。


「駅から汽車で1本…対象はまだ子供…ここまでなら普通だけど」


何となく、仕事を絡めた雑談がてらそう言って2人の方を振り向くエリス。

2人はほぼ同時にピクっと反応して、エリスの話に耳を傾けた。

不仲説も嘘かと思えるほどのシンクロ具合だ。


「"時間"魔法で示された将来は、音楽家か独裁者か…可愛い顔した男の子なんだけど」

「ちゅぅ…子供の時は誰だって可愛いものですよ。そこから穢れてくものです」

「既にその片鱗があったりして…」

「片鱗があるから、こんな厄介な報告書なんでしょうね」


エリスはそう言うと、ポケットから煙草を取り出して、咥えて火を付ける。

煙草の放つ紫色の煙が3人の間に立ち込めた。


「にゃ、その煙草…エリスさん銘柄変えましたね?」

「え?えぇ…変えたっていうより、何時ものが売ってなかったからね。オルキテラコッタのゴーレム問題のせいで、品薄になっちゃって」

「そうでしたか。アタシに言ってくれれば融通出来たのに。買いだめしといてるんですよ」

「ウソ…帰ったら貰っていい…?これ、不味くて」


エリスはそう言って煙草の灰を落とす。

普段エリスやミーシャが吸っている煙草とはちょっと違う、ガサツな香りの煙が3人の間を煙っていた。


「…不味いのに吸うんですか?」


そのやり取りを見ていたチェクがそう言って首を傾げた。

エリスは迷うことなくコクリと頷く。


「無いと死ぬのよ」


冗談めかしにそう言うと、手にした"その場しのぎの"煙草を顔の前に掲げた。


「チェクは葉巻だったっけ」

「はい。煙草も試したんですがどうも慣れなくて」

「それで葉巻…チェクの葉巻って割とキツイ銘柄だったような」

「そうですよ。これじゃないと私の防護魔法の効果が少し下がります」

「え?」「にゃ?」


何気なくチェクが言った言葉に、2人は驚いた様子を見せる。

エリスは魔法を使えるが故に、ミーシャは錬金術が主である故に驚いていた。


「そんな効果あったっけ」


エリスが煙草を手にしたまま尋ねた。

チェクはコクリと頷いて、懐から葉巻の入った箱を取り出す。


「最近、魔法の効果を増強させるものが幾つか出てまして…これもその一つなんです」


チェクがそう言って手にした箱を、エリスとミーシャは興味深げに見つめた。


「よく表に出せたわね…」

「ねー…ウチの国、その手のヤツは全部違法だと思ってた」


2人の反応を聞いたチェクは、少し得意気な表情を浮かべて箱から葉巻を一本取り出すと、火を付けてくゆらせる。

やがて独特なオレンジ色に近い煙が上ってきた。


「最近、魔都ラステオンの魔法使い達が何故あんなに魔力を持っているのかが分かったみたいでして…これもその成果だとか」

「「へぇ~」」


チェクの説明に、2人はただただ頷くしかなかった。

オレンジ色の煙に包まれたエリスとミーシャは、微かに自らが持つ魔力が強くなったような感覚を受けたからだ。


「厄介者の卵を処置する前に良い事聞いたかも」


エリスは手にしていた、まだ長く残っている煙草を携帯灰皿に捨てた。


「さて…仕事にに行きましょうか」


3人の目の前に、豪華な作りをしたアルキテラコッタ駅が見えてくる。

人混みに紛れ、3人は駅の中へ入って行った。

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