第3話<夏草と旗>3

「彼は確か喋れないはずですよ」


遠目に見える光久の顔を眼鏡を掛け直し確認するハカセ。


「何だそれ、病気か何かなのか?」


光久に聞こえる距離ではないので、健太は気にする様子もなく普通に聞くと「詳しくは知りませんが、誰とも話した事が無いはずですよ」とハカセは気まずさそうに小声で返答した。


「そうか、だったらしょうがないな」


残念そうに光久を見つめる健太。

二人が喋り続けている間、光久は近寄り話しかけてくる事も無く、その場で笑顔を保ち続けている。


「しかし何も無いこんな所に何の用事なのでしょうか」


ハカセが呟き腕組みをして考え込んでいると健太は「もしかして俺達の基地を狙ってたりして」と

おどけてメガホンを手に取り身構えた。


「それは確率的に無いでしょう」


軽く受け流そうとするハカセを他所に健太は「イヤ~、解らんぜ~」とメガホンを振り回しふざけ続けている。


「試しに聞いてみましょうか?」


そう言って、ハカセが立ち上がろうとソファーに手を掛けたのと同時に、光久は同級生位の女の子に呼ばれ逃げるように走り去って行った。


「今、喋ってなかった?」


期待に瞳を輝かす健太を、ハカセはからかうように「話してはいないですよ呼ばれただけなので」と冷たくあしらう。


「あ~、行ってしもた、試しに勧誘しようと思ったのに」


不満そうに呟く健太を見てハカセは「残念でしたね、勧誘失敗して」と白々しくほくそ笑んだ。

いつものように二人しか居なくなり、静まり帰った基地では健太のため息が響く。


「何だったんだ、あの笑顔は冷やかしか!」


手に持ったメガホンで健太はソファーを叩き八つ当たりする。


「迷子だったのかも知れませんね」


大人びた口調でハカセが冗談付くと「それも確率無いだろ」と健太は、したり顔して笑い飛ばした。


「話し変わるけど、レッドレックスの4番って芸人のアイツに似てない?」


思い出したように始めた、いつもどうりの野球談義は二人が帰る迄続き、短い夏の一日が終わった。


次の日

授業を終えた小学生達が下校していく中、光久は担任の新任女教師に呼び止められた。


「お姉さんから聞いたんだけど、2組の健太君と仲良くしたいけどどうしたら良いか解らないって」


無言で小さく頷く光久。


「先生考えたんだけど、話しにくいんだったら紙に書いたら良いんじゃないかな」


新任の言葉に光久は一瞬笑顔を返し、一礼すると照れ臭そうに走り去って行った。


「頑張れ!」


振り返る事もなく駆けて行く光久の背を押すように新任は声援を送る。

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