ACT ZERO・無期限超限戦

 久保田がうなずく。

「まさにその通りです。今回は、テロそのものは防げたと言っていいかもしれない。しかしある意味、勝ったのは中国共産党でもあるんです。我々は近い将来、敗北しかねません」

 黒崎が訝る。

「いきなり、どうした?」

 久保田の表情は暗澹としている。

「都心でオスプレイまで動員した以上、国民には全てを明らかにする以外にありません。皇室に対してまでテロ攻撃が行われたことは隠せない。すると、皇室保護を求める世論が高まります。マスコミもこぞって皇室の存続に力を尽くせと訴えるでしょう」

「結構なことだ。それのどこが敗北なんだ?」

「マスコミは外国勢力に巣食われ、操られていると言ってもいい状態です。確実に『女性天皇を認めろ』と主張してくるでしょう。〝進歩的知識人〟たちは男女平等が世界の潮流だと信じ込まされていますから。その先には女性宮家の創出があります。そういう論調を強めることこそが敵の隠された狙いなんです」

 黒崎が言葉を失う。

 ミサが問う。

「いけないの?」

「男系男子を守るという皇室の伝統は、女性を差別しているのではないんだ。一般の女性が皇室に入ることも可能だし、過去には実際に女性天皇も存在したんだからね。だが、一般の男子が皇室に入ることは叶わない。女性皇族は結婚と同時に、皇籍を離脱するからだ。その子供に皇位を継ぐ資格は与えられない。つまりこれは、男性排除のシステムと言っていい」

「だから?」

「女性宮家を認めれば、その子供が天皇になることも可能になる。天皇の父親が一般人であっても、皇族として扱われるかもしれない。しかも天皇の父なら、それなりの発言力を持つことになりかねない。財力を持つ男、権力を欲する男が、自分の息子を天皇にする目的で結婚を画策したらどうする? そこには血なまぐさい争いが起きる。欲に突き動かされる権力者を生み出す危険がある。皇室の伝統は、物理的にその危険を防いできたんだ」

「あ、それじゃ……」

「気づいたようだね。皇室は、外国人にも解放されかねない。それが英国王室なら、歓迎してしまう国民もいるかもしれない。青い目の天皇はグローバル時代にふさわしい、とか無邪気にはしゃいでね。だがそれが、他国のスパイだったらどうだ? 中国人だったらどうだ? 息子を天皇にした中国人が、権力を行使しないと思うか? 今でさえ中国共産党は、次期ダライ・ラマを勝手に決めようと企んでいる。中国は、日本の皇室に中国人の血を入り込ませたいんだ。中華系天皇を誕生させるのが最終的な目的だ。今回のテロの本当の狙いは、100年後に皇室を乗っ取って日本を牛耳ることにあったんだ」

 ミサが両手で口を覆った。

「やだ……」

 黒崎も驚きを隠せずにいた。

「それは……確かなことなのか……?」

「俺の感触に過ぎないと言ってしまえば、それまでですがね。北朝鮮の上層部は、次々にテロが失敗していくのを見ていながら、それほど動揺していませんでした。むしろ、騒ぎが大きくなればそれでいいんだという感じでニヤニヤしていました。背後にある中国の意図を知らされていたからだと思います」

「だから、計画を強行したのか。こっちの迎撃体制を察知できないはずがなかったのにな……」

「失敗は織り込み済みだったようです」

 マリアが言った。

「でも、それで皇室は守れるの? 今のままじゃ後継が途絶えかねないっていうのは本当なんでしょう?」

「旧宮家を復活すれば済むことだ。そこにはまだかろうじて血統と格式を保った人材が保たれているからね。そもそも、宮家を廃止したのはGHQだ。皇室がゆっくりと滅びていくことを狙った、時限爆弾のような仕掛けだった。だが今のアメリカは、中国の悪辣さに気づいている。仮に皇室が失われることは容認できたとしても、中華系天皇が誕生するのは悪夢だろう」

 黒崎がうなずく。

「ファイブアイズの一角であるニュージーランドでは、一時期、国旗からユニオンジャックを外そうという運動が起こった。その運動を主導していたのが、中国からの移民一世の保守党議員だったという。しかも、人民解放軍のスパイ養成組織にいたことを隠していたそうだ。他国の歴史や伝統を書き換えて自分の領地に変えていくのが、彼らの戦略だ。そして、守りが緩い国から喰い荒らされていく」

 ミサがつぶやく。

「それが世論戦っていうやつなんだね……。マスコミはいつも中国と仲良くしろっていうし、中国の資金をもらってるって断定されてる新聞社があるぐらいだし。LGBTの気に触ること言うと日本中が大騒ぎするくせに、テレビに出てるジャーナリストが『天皇はいらない』って言ったってなんともないって、ずっとおかしいって思ってた……」

 黒崎が驚いたようにミサを見る。

「若いのに、そう考えるんだな……」

「ニュースとかには、『なんでも反対』みたいなデモの先頭に立ってる子ばかり出てくるけど、あれかと、実際は小馬鹿にされてるから。ある日突然、『米軍基地反対』とか言い出すタレントとかもね。みんな、誰かさんからに吹き込まれたお題目並べてるだけで、薄っぺらい。あたしたちは、もっと自分で考えてるよ」

「さすがに冷静だ」

「だって、言葉とか文化とか伝統って、人間のプログラムみたいなもんでしょう? 皇室もそうだって、今、理解できた。何千年も試行錯誤して積み重ねてきたコードが間違ってるなんて、誰が判断できるの? 今の日本人って、無理やりウイルスぶち込まれて機能不全になったジャンクソフトみたい。背骨がぐにゃぐにゃ曲がってるみたいで、気持ち悪い。だから、こんなに簡単にテロを起こされるんじゃないのかな」

 武市もうなずく。

「それ、分かるね。世界のどこに行っても、自分の国を悪く言うような人間には会ったことがない。まして、首相が『一発目のミサイルは甘受しなければならない』って警告してるのに、大した騒ぎにもならなかった。『今のままなら東京は核攻撃されるぞ』って、国のトップが口に出したんだぜ。それでも真剣に考えない神経は、まともじゃないって。実際に北朝鮮のミサイルが本州を横切って警報まで鳴ったのにね。どれほどたくさんの日本人が殺されるか想像できないなんて、あまりに無責任だ。日米同盟が堅固だからって、自国を防衛する気概すらない日本をアメリカが守るか? 国の防衛に力を尽くす――こんな当たり前の原理が否定されるって、脳みそが歪んでいるとしか言いようがない」

 マリアも言った。

「しかも、『1発だけなら誤射かもしれない』って書いた新聞があったよね。それって、2発やられるまで待ってろってことでしょう? 大阪だってアウトじゃない」

 黒崎が付け加える。

「現場で中国人や韓国人たちと対峙していれば分かることだ。こちらが引けば、彼らは前に出てくる。戦争も原理は同じだ。紛争は軍事バランスが崩れたときに起きるというのが、リアリズムだ。中国には、国際法も憲法9条も存在しない。あるのは、『弱いものは喰われて当然だ』という原理だけだ。正義は、力がなければ貫けない。日本は今まで、アメリカに守られてその現実を見ないできた。まどろんでいられる時間は、終わった。本当の21世紀はこれから始まるのかもしれない。日本は、大陸勢力と対峙してきた2000年間の歴史を思い出さなければならいんだろう」

「でも、マスコミはいまだに能天気ばっかり。『戦争するなら殺された方がマシだ』とか言っちゃうコメンテーターすら出てるし。あんたの家族が殺されるのは勝手だけど、あたしの大事な人たちを巻きこむなって。あいつらって、いざとなったら泣き喚いて仲間を売ったりするよ、きっと」

 久保田がうなずく。

「そんな発言をする人間の多くは、心から正義だと信じているんでしょう。そういう〝協力者〟を増やして敵国を腐らせていくのが中国の戦略なんです。結局、僕らは負けるのかもしれません。その時は、日本は日本でなくなります。移民受入の方向に全てが進んでいく裏にも、日本の文化や伝統を破壊しようという他国の意図が潜んでいると疑うべきです」

 ミサがつぶやく。

「そんなの、嫌だ。あたし、日本が好きだからアメリカのリクルートも断ってきたのに……」

「日本を守る――それこそが私たちの戦いです。しかもそれは、すでに始まっている。真の戦場は、中国が言う超限戦、欧米が言うサイレント・インベージョンなんです。政官界や財界を懐柔し、マスコミを操作し、世論を誘導し、内部から他国を溶かしていく……。人の弱さや欲に忍び込む術に長けた、中国が最も得意とするフィールドです。銃弾は飛び交いません。金と女と偽善が……そして時間こそが、彼らの武器です。しかも彼らには軍人と民間の区別もありません。共産党が決めさえすれば、どんな無法でも可能になります。その上に、最先端の技術まで盗み出して取り込んでしまった。現実にハッキングの脅威が世界中の国の根幹を脅かしています。我々はそれを押し戻し、じっと耐えることも戦いだと知らなければなりません。退くことなく、背筋を伸ばして立ち続けなければなりません。きっと、長く、厳しい戦いになります。戦いだとは言いながら、勝ち負けだってはっきり目に見えることはないでしょう。これって、お人好しの日本人にとっては得意な戦場とはいえませんがね」

 黒崎の目に決意がにじむ。

「だったら、防ぐまでだな。しばらくは私がエコーの隊長でいいのだろう? 正直、私には向いていない。だが、やらなければならないなら、やるまでだ。エコーは動き出したばかりだ。まずは、世論を目覚めさせられるスタッフを集めよう……佐々木隊長なら、きっとそう言ったはずだ」

 それが、真のエコーが誕生した瞬間だった。


                           ――了

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例外事象《エコー・マター》 岡 辰郎 @cathands

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