【完結】女友達に「アタシを寝取って」と頼まれた

悠/陽波ゆうい

「アタシを寝取ってよ」

 ある日曜の午後。ファミレスにて。

 たまたま鉢合わせた女友達の来栖にそう言われた。


「アタシを寝取ってよ」

「……は?」


 俺は唖然する。


 ……よし、一旦整理しよう。


 彼女は来栖新菜くるすわかな。ぱっちりと大きな丸い目に、長いまつ毛、整った顔。制服を押し上げる豊かな膨らみ、キュッと締まったウエスト。スラっと長い足。紛れもない美少女だ。


 そんな来栖には彼氏がいる。

 学年は1つ上の3年、磯街先輩。女癖が悪いと有名なものの、悔しいが超イケメン。だが、タラシのクソ野郎。


 さて、戻ろう。


 言われて思い浮かんだのは、聞き違いという可能性だった。


 だから聞き返してみる。


「……はい?」

「聞こえなかった? アタシを寝取って」

「……」


 聞き間違いではなかったらしい。


「だ、黙らないでよっ!」

「す、すまん! いや、衝撃発言すぎて黙るわ!」


 誰だって寝取ってと言われたらそりゃびっくりする。


「つか、なんで俺なんだよ。他にも佐伯とか水島とかいつも絡んでいるメンバーとかいるだろう」


 それにアイツらの方がイケメンだし。


「一番頼れるのが知世ちせだったから……」

「っ……」


 そりゃ信用されてるのは嬉しいが……。


 ……………。

 ……こっちの気も知らないで。


「そう頼んできたって事は、もしかして彼となんかいざこざでもあった?」


 俺が聞くと、来栖は表情をひくつかせる。


「来栖?」

「……ごめん、やっぱ今の話はなしで」

「あ?」

「さっきのは……うそうそ! 冗談だから忘れて」


 来栖はそう言って舌を出し、苦笑いを浮かべる。


「冗談って……俺、結構真面目に考えてだぞ」

「だからごめんってばっ。さぁ、デサート食べよ食べようーっ」


 この日は聞き出そうとするも頑なに教えてくれなかった。




 翌日の放課後。新菜は磯街にて空き教室呼び出されていた。


「この前はごめん! いきなり帰っちゃってビックリしたよね?」


 土曜の午前中、新菜は磯街とデートをしていたのだ、だが途中、


 新菜の表情はごまかすような媚びた笑顔。そんな彼女を無言のまま見つめる磯街。


「やっぱり怒ってる……よね。ごめん、あの日はたまたま機嫌が悪くて……」

「もう気にしてないから大丈夫だ。俺はそんな器の小さい男ではないさ」

「それなら良かっ——」

 

 パンッ


 騒がしい音が打たれた頬の火照りにひりつくように響く。


 ……痛い、熱い。


「なんて言うと思ったか?」

「え……」

「昨日はこそこそしてると思ったら、男とファミレスだなんていい身分だなぁ?」

「と、友達だもん! そ、それは貴方もッ」

「俺はいいんだよ。それともなんだ? お前の親の借金の肩代わり、やめてやってもいいんだぞ?」


 新菜は言い返そうとした口を紡ぐ。


「はっはっ。できないよなぁ?」


 余裕げな磯街に新菜は俯き、軽く深呼吸してから……言う。


「別にいい……」

「あ?」

「肩代わりはもうしなくてもいい……もう懲り懲りなの! 好きでもないのに付き合わされて、寝取りを楽しむアンタのそのクズみたいな性格に付き合うのはごめんだわッ! だからアタシはアンタと別れ——」


 




「来栖が体調不良で休み……」


 朝のホームルームで担任が言ったことを復唱する。


 昨日のことを思い出し、居ても立っても居られない俺は周りに聞き込み。とある生徒から昨日、来栖が3階の空き教室に入っていくのを見たと言った。


 行ってみるも当然だが、誰もいない。しかし、嗅覚を働かせると誰かが残した煙草の匂いがした。


 誰かじゃない。磯街だ。近くには赤い斑点。それは絵の具なんがじゃない。

 

 ……これは。


 俺は拳を握り、奥歯を噛んだ。


 ……許せない。


 いくら憎悪を抱いたところで、現状は変わらない。


 ——だから。


 スマホを取り出し、文字を打ち送信。相手はもちろん来栖。


【どうして学校に来ないんだ?】


 数秒待つと、メッセージが届いた。


【体調が悪くて……】


【そうか。それなら休めばいいが……磯街先輩が関係してる?】


 既読がつく。そのまま数秒経つ。

 次のメッセージを受信したスマホが震えた。


【なんでもないから】


「なんでもないねぇ……そういう人ほどなんでもなくないんだよなぁ」


 俺が動くのはこれで十分だった。


 放課後になり、俺は来栖宛てに1通のメッセージを送り、空き教室に向かった。




「えっ……」


 家にて。私は知世から届いたメッセージを見て、急いで支度した。



【磯街ぶっ倒してくるわ】







「あれ? 今日は彼女と帰んないの?」

「ああ、あいつなぁ……あの野郎、一丁前に俺と別れたいなんて言いやがったんだぜ」

「それで?」

「ムカついたからビンタしてやった。なんかそれで唇切ったらしいが、生意気な目しやがってよぉ。制服を破いてやった。そのまま犯してやろうと思ったが運悪く見回りがきたさぁ。明日学校に来た時は犯してやるよ」


 3人の男の下品な笑い声。


 全身の血流が加速する。拳を強く握りしめ、爪が刺さっている痛みなど気にならない。


 気持ちを落ち着かせ、俺は空き教室のドアを開けた。


「20歳未満はタバコ禁止って知らないのか?」

「あん?」


 一斉に俺の方に視線が集まる。

 

「誰だお前?」

「来栖の友達だ。今日彼女が休みらしくてなぁ。お前が原因だろ?」

「あーさっきの盗み聞きしてた感じまぁ別れ話をされて気が動揺しない彼氏はいないだろう? だからちょっと分からせただけだよ。彼女がいないお前には分からないだろうがなっ」

 

 バカにしたような口ぶりで言う。他の仲間と笑う。


 ……来栖に別れ話をされたことに動揺だと? いや、たぶんプライドを傷つけられて腹が立ったのだろう。それで暴力を振るった。


「……ハッ、猿かよ」

「あ?」


 俺は笑う。

 なんともお子ちゃまな思考回路。


 ふと、来栖と親友として付き合ってきたこれまでの2年が、走馬灯のように頭をよぎった。


 俺の前では彼女はいつも笑っていた。

 対してこの男の前では愛想笑い。


 ——俺ならもっと新菜を幸せにできる。


「おい一年坊主。舐めた態度とってんじゃねーぞ」


 胸ぐらを掴まれるも、怖くもなんともない。逆に決心した。


 ———コイツはぶっ潰す。


「生意気だと? はっ、抜かせ。お前みたいなクズ男に来栖……いや、新菜は似合わねぇよ。だから俺が寝取りにきた」


 ビキビキと、磯街の額に血管が浮き出る。

 

「テメぇ調子に乗ってんじゃねぇよ!!」


 そして怒りに任せ、殴りかかってきた。





「——知世!」


 勢いよく保健室のドアを開けられた。


「大きな声を出すな……頭に響く……」

「でもっ、でもっ……」

「ああ、あのくそパイセンならKOしてやったぜ……ブイ」


 自慢げにピースサインをする。

 先ほどまで保健室の先生に治療してもらったが、痛むな。その先生は今は保健室には不在である。


「タバコを吸っていたところを俺が注意して逆ギレした磯街に殴られたってシナリオだしな。完璧だろ」


 3対1と不利だったが、火事場の馬鹿力と言ったところだ。無我夢中で抵抗したら、磯街とあとの2人を倒せた。


「……アタシのために無理しないでよ」


 弱々しい声が目の前から聞こえた。


「無理でもしねぇと磯街には勝てなかった。いや、分からせられなかった。ちゃんと言ってやったぞ。お前みたいなクソ野郎、来栖に似合わないってな」


 来栖の目から感極まったように涙の雫がこぼれる。


 そんな彼女を見て思ってしまった。


 俺の親友はこんなに可愛かったっけ? こんな表情をしてくれるのならこれから先、何度だって守ってやりたい。

 

 ふと言葉にも出てしまった。


「来栖ってさ……」

「な、なに?」

「めちゃくちゃ可愛いよな」

「っ!?」


 突然の褒め言葉に来栖は顔を真っ赤にする。2年も親友関係を続けてきたけれど、「可愛い」なんて言ってやったのはこれが初めて。


 来栖は、どういう反応をしたら良いのかわからないようで、何も言えず、ただ自分の顔をペタペタと触っていた。


「ぃって!」

 

 と、思えばおでこにデコピン。


「う、うるさい! 心配してある時に、アタシの事可愛いとか言うなっ」

「いや、本当の事だし。今だって顔を赤くして可愛いぞ」

「〜〜〜! だからっ」

「とにかく、お前が無事で良かった」


 頭を撫でてやると、黙り込んだまま、こちらの顔を上目遣いで見つめてきた。


「……ねぇ、なんで無茶してまで行動してくれたの?」

「それが俺にもわかんねぇんだよ。ただ、来栖があの時ファミレスでなんでもないって振る舞っていう顔が全然笑ってなくて、磯街に何かされたと考えたら……なんかフツフツと怒りが湧いてきてさ。俺の親友に何すんだよッ! って勢いで行動した」

「ふーん、知世ってアタシのことそんなに大切に思ってくれてたんだぁ」

「あたぼーよ。大切に決まってんだろ……」

「そっかそっか……他の子にもこんな危ないところを助けたりしてるの?」

「まっさかぁ。俺一番仲がいいの来栖だし、こうやってカッコつけるのは来栖だけだよ」

「そうなんだ。アタシだけ。じゃあ……アタシだけのヒーローだ」

「なんじゃそりゃ。まぁ来栖だけのヒーローならいいな。響きもいいし」

「なにそれっ。……でも磯街と直接会って別れようとは行ってないから実質、別れてないってことだよね?」

「あー……まぁそうだな」

「その、といたことはアタシのお願い……まだ叶えてもらってないの。だから……」


 来栖の綺麗な人差し指が上から下へ撫で、耳元で。


「——アタシを寝取ってよ」


 そして彼女にして。


 来栖が言葉を紡ぐ前に俺は彼女を、押し倒した。


「たっく……この男たらしめっ。その言葉、忘れんなよ」

「う、うん。……い、一応初めてなので優しくしてくれるとありがたい……です」

「寝取り相手って大体強引じゃない?」

「そこまで再現しなくていいからっ」

「はいはい。じゃあ初めてますよ」

「……たくさん好きって言ってね?」

「もちろん。好きだぞ新菜」

「アタシも……好き、大好き恭介っ!」



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