【4】符号学園の禁忌達

   ***


「0組について知りたいだなんて、黒崎くんは変なことを言うのね」


 入学初日の施設紹介オリエンテーションも終わり、残す課程はホームルームのみ。

 生徒達が帰りの支度を始めている中、夢野もまた同じように鞄に荷物をしまいながら、不思議そうな顔で尋ね返してきた。


「0組ねー……正直、私は全く関わったことないし、見たことだってほとんどないのよね」


「噂レベルのことでもいい。なにかしら、知ってることを教えてほしいんだ」


「うーん、噂ねー……」


 荷物を詰め終えた夢野は鞄のチャックを閉じながら、唇に指を添えつつ少し考えるように目を瞑る。


「……符号学園最大の禁忌タブー


禁忌タブーとは、また物騒な単語が出ていたな」


「あくまでも噂よ? けど、+とも-とも違う、特別なクラスが作られるくらいだから、普通じゃない人達が属しているとは言われてるわね。学年によっても違うみたいだけど、たしか1年0組は八人だけの少人数クラスだったかしら。そして、少人数が故に、特に選りすぐり――って言い方があってるのかはわからないけど、取り分けて変な人達が集まったクラスなんだとか。異質にして異端にして異様にして異常なクラス――なんて、そういう風に言ってる人達もいるみたい」


 異質にして異端にして異様にして――――異常。


 確かに、その言葉がよく似合う連中ではあったと思う。

 俺が彼女らに抱いた違和感はおおよその普通とはかけ離れた――それこそ異常と形容出来るくらいの不和であり、逸脱であった。


「本当は、そんなに変な人達じゃないっていう話も聞くけどね。普通に部活してる人とかもいるみたいだし。けど、少なくとも私達+組が0組と関わるようなことはないと思うわよ。住んでいる世界が違うって言うか……画面の向こう側に映る人達を見ているような、そんな非現実な存在なのよね」


 そこまでを聞いたところで、教師よりホームルームを始めるとの声が掛けられる。


「ごめんね、あんまり力になれなくて」


「とんでもない。こっちこそ、変なこと聞いて悪かったな」


 大丈夫だよー、とウインクで返す夢野にお礼を告げ、それから教卓の方へ向き直る。


「住んでいる世界が違う……か」


 そんな連中が、どうして俺達に関わってきたのか。

 それとも、そんな連中だからこそ、関わることになってしまったのか。


 ぼんやりと、教師の話を半分くらい聞き流しながら、頭の中で昼休みの騒乱と、あのお姫様の――篠森眠姫の言葉を思い出す。

 住んでいる世界が違う存在――異常なる0組についてを。




   ***




「本当はこれから詳しい話などもしておきたかったのですが……残念ながら、もうまもなく昼休み終了のチャイムが鳴ってしまうようですわね。黒崎さんと葉月さんには大変申し訳ないのですが、放課後、わたくし達『ヴェノムローズ』の拠点――『ホーム』までお越しいただけませんでしょうか?」


 気品漂う凛とした佇まい。胡散臭さなどまるで感じさせない丁寧な物腰。

 良いとか悪いとかそういう二者択一を超越した、ひときわ光彩を放つカリスマ性を感じさせられるその一方で、寒気を覚えるほどの強烈な違和感が彼女の持つ存在感と合わさり、第一印象からして俺の警戒心を強く刺激していた。


「理由を教えろ。教えられないのなら、お前らの拠点の『ホーム』とやらに行くつもりはない。『ヴェノムローズ』ってのは何だ? さっきの襲撃に――戦争とやらに関わっているのか?」


 警戒する心に従い強気な態度を示してはみたものの、だからといって彼女達と敵対する意思があるわけではない。

 むしろ、相手の方から拠点に招き入れ、現状を説明してくれるというのならば、こちらとしては願ってもない提案であった。


 わざと反抗的な態度を取ってみせたのは、少しでも立ち位置を対等なものとするため。

 情報を持つ者と持たざる者。ただでさえ知識という高い壁により、上下関係を強いられているのだ。せめてスタンスだけでも、対等にしておかねばならない。


 そうしないと――こうして常に気を張っていないと、いつの間にか飲み込まれてしまいそうだったから。

 それだけの才覚を、俺は目の前のお姫様から感じ取っていた。


「『ヴェノムローズ』というのは、わたくし達のチーム名です。難しい話は後ほどするとしまして……簡潔に言いますと、お二方はわたくし達1年0組の争い『転校生攻防戦』のターゲットとなってしまったのですわ。この符号学園主催のゲーム――いいえ、実験のモルモットとして」


 そこまでを告げられたところで昼休みの終わりを告げる鐘が鳴ってしまい、話は導入を語るのみで打ち切り。

 結局、俺達はその続きを聞くためにも、チーム『ヴェノムローズ』の拠点――『ホーム』へと赴くことになったのであった。




   ***




「おまたせ、浩二! それで、これからどうするの?」


「そうだな……とりあえずは、指示通りに動くとしよう」


 ホームルーム後の号令を済ませれば、学業の時間は終わり放課後が訪れる。

 鞄を片手に歩み寄ってきた優華に問いかけられた俺は、夢野より得た情報の共有を行いつつ、ひとまず篠森の提案に従って集合場所に向かうこととした。


 教室を出る前に、優華が早速出来たのであろう友達に引き止められ、「優華ちゃんは黒崎くんと帰るの?」「うん、ちょっと用事があってね」「そっかー。もしよかったら、今度うちの部活とか見に来てよ!」「うん、見に行くよ!」なんて、俺には一生起こりえないであろう友達の誘いを断るというイベントを経たのち、俺達は集合場所へと歩き始める。


 向かう先は、昼休みと同じ屋上。まさか、入学初日から二度も立ち入り禁止の場所に侵入する破目になるなんて、今朝の段階では思ってもいなかったな。

 まあ、それを言ってしまえば、こんなわけのわからない戦争ごっこに巻き込まれている時点で、想定していた高校生活から大きく逸脱してるわけだけども。


「『転校生攻防戦』……だっけ? それのターゲットにされちゃってるって、どういうことなんだろうね?」


「さあな。なんにせよ、物騒なことに変わりはない」


「そんな怖いことしてるような人達には、見えなかったけどなー。みんな優しそうだったし」


 平然と石を蹴り砕く様を見てなお優しそうとは、優華もなかなかに胆が据わっている。


「特に篠森さん、ドレスがとっても似合ってて綺麗だったよねー! どこかのお嬢様とかだったりするのかな?」


「そもそも、あいつはなんで制服を着てないんだ」


「うーん、特例とか? 似合ってるからおっけー! みたいな」


「なんつー暴論だ……」


 特例というか、異例というか。

 それもまた、異常なる0組故になのかね。


 ふわふわとした雑談を交わしながら廊下を歩き、階段を上ること三階分。

 辿り着いた屋上の扉を開くと、そこでは襲撃者――一ノ瀬蛍と瓜二つの見た目をしていた少女が、今度は一人だけで俺達の到着を待っていた。


「初めまして、一ノ瀬雫いちのせしずくと申しますです。名字だと姉さんと被りますので、気軽に雫と呼んで下さいです」


 寸分の狂いもないポーカーフェイスのまま独特の語尾を操り、妹の一ノ瀬雫は自己紹介をしてぺこりとお辞儀をする。

 予想通りといったところか、やはり彼女達は姉妹であったようだ。


 学年が一緒ってことは、見てわかる通りに双子なのだろう。

 表情豊かな姉に、無表情の妹――初対面の俺でも間違えずに済む、判別がつきやすくてありがたい双子だ。


「初めまして、私は葉月優華っていいます! よろしくね、雫ちゃん!」


「はい……よ、よろしくです」


 にこやかに挨拶を返して、それから垂れ下がった彼女の両手をギュッと掴み、手のひらで覆い込むようにして握手を交わす優華。

 その恐れを知らぬ社交性の高さに雫も度肝を抜かしたのか、一瞬戸惑ったように目を見開かせた後、頬を赤らめながら目線を左右に泳がせていた。


 ……なんだろう、こいつからは同族の匂いがする。

 俺と同じ、社交性低い族の匂いが。


「……それで、俺達はどうすればいいんだ? この屋上が拠点だってわけじゃないだろ?」


 助け舟というわけではないが、雫の顔をこれでもかとじっと見つめる優華を引き剥がし、本題に入ってもらうための話を切り出す。

 彼女も、優華が離れたことでようやく普段の調子を取り戻せたようで、再び表情を無に固定して淡々と答えを返してきた。


「これから、拠点の場所とやらに移動するのか?」


「はい、そうです。お二人にはこれから、『ホーム』まで移動してもらうことになりますです」


「その『ホーム』って、どこにあるの?」


「符号学園の敷地の端っこにありますです。ちょうど、あの辺りですね」


 そう言って雫は、彼女から見て右奥の方を指差す。

 遠方を強調するような動きで位置を示したため、ここからだいぶ離れた場所にあることはわかったものの、付近には校舎や施設がいくつも並んでいるため、そのどれが『ホーム』なのかまでは特定出来なかった。


「……そこそこ歩く距離にあるってことか」


「そうですね。ここから歩いたら二十分以上はかかると思いますです」


 徒歩二十分以上を要する場所にある施設。

 広大な敷地面積を誇る符号学園の端っこにあるというのなら、ありえない距離ではないか。


「なら、とっとと移動を始めようぜ。そんだけ距離があるなら、話は歩きながらでいいだろ」


「いえ、その必要はありませんです」


「……ん? 必要ないってのはどういうことだ?」


 きっぱりと、歩く必要性がないことを明言され、俺は思わず聞き返してしまった。

 あいつらの方からここに来てくれるってわけではなさそうだし、だったらやはり俺達の方から向かってやる必要があるんじゃないのか?


「いいえ、ですからそのままの意味なのです。その為に私は、お二人をこの場所にお呼びしたのです」


 そんな曖昧な返答と一緒に、雫の手が俺達の方に伸ばされる。


「掴んで下さいです」


「……なにをするつもりだ?」


「すぐにわかりますですよ」


 急に手を掴めと指示されたことを訝しみながら、ひとまずは言われた通りに彼女の手首を掴む。

 優華もまた不思議そうな顔をしながらも、素直に彼女の手を握っていた。


「では、行きましょうです」


 意図の読めない無表情のまま、唐突にそんなことを宣言される。


「行くって、どこに?」


「もちろん、『ホーム』にです」


 雫がそう言い終えるか否かくらいのタイミング。

 要領を得ない問答に、いよいよ不信感が高まりかけていたその時――――変化は起こった。




「――――『身体転移テレポート』」




 ほんの一瞬の出来事。

 瞼を閉じて開いた次の瞬間、俺達は見知った屋上ではなく、見知らぬ廃ビルの前に立ち尽くしていた。


「なっ……!」


「…………えええええ!? あれ、なんで!? 私達、さっきまで……って、ここどこ!?」


 隣で優華が驚きのあまり、素っ頓狂な叫声を上げている。

 俺も表層では冷静さを保たせてはいたものの、心中は声にならない驚嘆が渦巻く騒乱状態であった。


「……瞬間移動、か」


 昼間に見た姉の能力を思い出す。

 あいつもまた、手元の椅子を俺の頭上へと瞬間移動させていた。


「その通りです。『身体転移テレポート』瞬間移動する能力――これが私の能力です」


 端的に、淡々と、肯定と共に己の能力を明かす雫。

 おそらくは昼間の戦闘時、突然頭上に彼女達が現れたのもこの能力によるものだったのだろう。


 『身体転移テレポート』――さも当然のように語られた瞬間移動能力だが、あらゆる状況においてこれほどまでに優秀な能力は、『超常特区スキルテーマ』外部は言うまでもなく、内部においてもそうそうお目にかかれまい。

 そんな強力な能力を、俺達ゲストを送迎するだけのためにわざわざ明かしてきただなんて、彼女らの裏側に潜む思惑を勘繰らずにはいられなかった。


 ――自分達はこれだけの力を持っているんだと、アピールしてきたってところか。

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