名探偵は退屈に嘆く

他山小石

退屈な結末

 黒い皮張りの一人掛けチェアにかけているのは名探偵。

 名は美々津清太郎(みみつせいたろう)である。

 顔色が悪いが、よく見たら美形の青年。

 全身を黒い服で固めて、いつも同じ服を着まわしている。袖は、どの服も擦り切れている。

 くたびれている、という印象の探偵だ。


 刑事の俺は事件が難航するといつもここを訪ねている。

 凶器はつらら? 溶けかけた氷が傷口から見つかっている。


「傷口、もう少しでトンネルだよ」

 深く円錐状にえぐられた傷口。胸骨から心臓にかけて、大きな穴が開いていた。


 冷蔵庫に新しいアイスクリーム。机には食べかけのアイス。

 誰かが訪ねてきたのか。アイスはお土産だったのか。


 そこそこ裕福な被害者。机の引き出しに入っていた20万円。

 この事件は、金目的ではない。

 容疑者は絞れている。

 大学時代、被害者と仲良くしていた男。


「つまらない」

 先生は既に到達したようだ。

「実に、つまらない事件だ」


 工事現場が近くにあって、冷凍倉庫がある。

「先生、動機は?」

「さあ? まずは、調べてごらん」

 先生の指示通りに探ってみた。


 真相はすぐにわかった。

 金属製の単管杭の先端に氷の槍を作る。

 芯のある氷は十分な強度を持ち、被害者を貫く。あとは予め用意したつららを差し込む。


 容疑者は被害者に借金があったようだ。返せないと思い詰めて、殺人。

 再び事務所を訪れて、説明する。


「許す、つもりでいたのだよ」

 なんのことだろう。


「引き出しの20万円は、追加で融資するつもりだったんだよ。アイスクリームはもう一つ冷蔵庫にあったね。これは」

 被害者が、加害者に振舞うつもりだった。

「借金のある男が土産を買う余裕なんかないからね」

 では、この殺人に意味はあったのか?


「勝手に許されないと思い込んで、相手の心を知ろうともせずに。責められると、決めつけて。責められたくないと」

 先生は憎しみと忌避の表情に歪む。


「まるで被害者ぶって」

 殺した。


 なんてつまらない。


「人はね、大きな物語そのものなんだよ」

 ひじ掛けに手を当て立ち上がった先生は本棚に向かった。手を伸ばし、背表紙をなぞる。

「大事な大事な積み重ね、1ページずつに思いがこもっている。愛おしくて、大切な。そんな大きな物語。その続きがつまらない理由で破り捨てられた」

 こちらを振り向いた先生は、うつろな目で俺を射抜く。

「なんてつまらない事件だったんだろう」

 退屈を憎み、物語を愛する。


 前から聞いてみたかったことがある。

「先生にとって、面白い事件ってあるんですか」


 うん、と首を少しかしげて、先生の口が開く。

「未来(さき)のページがあるなら何でも面白いさ 」


 名探偵は物語を愛しているのに、つまらない結末を読み解く。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

名探偵は退屈に嘆く 他山小石 @tayamasan-desu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ