第2話 思わぬ再会と帰郷の始まり

 青年の名は、ローランド・ヴァーミリオン。


 ローランドは我輩が千年住んでいる人間の国、ヴァーミリオン帝国の皇子だ。

 本人曰く、王位継承権は最下位の六十一位らしく、王位を継ぐのは絶望的なんだとか。

 といっても、こやつは只者ではない。

 若干十六歳の若さで、医師免許と最高位の博士号を二つも取っている天才だと聞いている。


 そんな皇子が何故、帝国の遥か東にある、辺境の地にいる我輩たちに会いに来ているのかといえば……


「今日は特別仕様のスイーツをお持ちしましたー」


 ローランドは元気いっぱいな声で、我輩の前にドン! と勢いよく巨大な箱を置いた。

 そして胸ポケットから眼鏡を取り出し、一枚の書類を見ながら説明を始める。


「えーこれは、極東地方で今年大人気となったスイーツ、マリトッツォです。 口当たりの軽いブリオッシュと呼ばれるパンに、たっぷりの生クリームを挟みました。 特徴はなんといっても溢れんばかりの生クリーム! 頬ばれば生クリームが口いっぱいに広がります。 今回は特別仕様となりますので、こうなりました!」


 そういってローランドは、巨大な箱を縛っていた紐を持っていたナイフで素早く切りつけた。

 すると、箱が花びらが広くように四方に開き、中に入っていたモノが姿を現す。


「ほう、これは素晴らしい」


 いつの間にか人間の姿に戻っているラスが、我輩の隣で感嘆の声をあげた。


 それはそれは、巨大なパンだった。 ほぼ箱と同サイズの大きさのまあるいパンだ。 持ってきた時点で嫌な予感はしていたが、いくらなんでもデカすぎるだろ。

 こんなの、祭りとかで大人数で食べるサイズなんじゃないのか? 食べ切れる自信などない。


 ローランドはたまに、おかしな事をする傾向があった。

 我輩がプリンが食べたいといえば、「 バケツいっぱいのプリンを作りましょう!」といって、一人一バケツのプリンを作り、食べ切るのに苦労したことがある。

 今回も前回会った時に、「今年人気のスイーツはなんなのだ?」と聞いただけなのに、こんなモノを用意する始末。

 先ほどローランドのことを天才だといったが、もしかしたらアホなんじゃないかと思えてきた。

 漠然とした表情で立ち尽くす我輩の姿を見たローランドは、なぜか自慢気に語りだす。


「思ったより軽かったんですが、ここまで持ち込むのが大変でしたよ。 大きいから道中運ぶために大型の専用馬車を手配したり、生モノですから時間との勝負もありましたし。 いやぁ、でも喜んで貰えて良かったです」


 満面の笑みを向けるローランドの純粋な心を傷つけまいと、さすがの我輩も気をつかい笑顔で「ありがとう」と伝えた。



 ローランドが切り分けたマリトッツォを三人で味わい、一段落ついた所で、ふと気になったことをローランドに聞いてみる。


「そういえば、今日来たのは何故じゃ? 今週はずっと、首都に滞在するとか言っておったではないか」


 博士号を持つローランドは、帝国の首都デュランダルで日々研究を行い、週末には小児科医として子供たちを無料診察している立派な青年だ。

 今週は携わっている研究が最終段階を迎えるらしく、しばらくここへ訪れることが出来なくなるといっていたのに、あれから二日しか経っていない。

 そんな我輩の心配をよそに、ローランドが日々の疲れを一切見せず、爽やかな笑顔で答える。


「--そうでした! マリトッツォでうっかり忘れてました。 首都には一度戻ったんですが、これをベリル様に渡すように頼まれたんです」


 そういってローランドは一枚の小さい封筒を差し出した。 よく見ると光の粒子みたいなモノがたくさん散りばめられた、高級感漂う封筒だ。


 ローランドの説明によると、 差出人不明の魔法がかけられた封筒を、帝国にいる魔術師ギルドの友人から我輩に渡すよう頼まれたのだという。

 その友人は信頼がおける人物らしく、急いだ方がいいと判断したローランドは、帝国で試作段階中の帝国内を一瞬で移動出来る装置、【メリクリウスの鏡】を使用して近くの街へ着くと、ちょうど祭りで巨大なマリトッツォを見つけたので、ついでに持ってきたそうだ。


 瞬間移動装置の存在やマリトッツォとの出会いには驚いたが、それよりも我輩は封筒に目を奪われていた。

 なぜだか懐かしい気持ちに駆られ、吸い寄せられるように封筒を受け取る。

 すると突然、封筒に散りばめられた粒子が発光し広がると、何かを映しだした。

 その姿を見た我輩の心臓は止まりそうになる。


「千年ぶりですね、アリエル。 元気そうでなにより」


 優しくも威厳ある声で、真名マナ『アリエル』と呼ぶ人は、世界でたったひとり。

 世界樹ユグドラシルの管理者、夏の女王ティターニア。 わたしにとって育ての親、精霊魔法の師匠でもある偉大な御方だ。

 敬意を表し膝を付き挨拶をする。


「お久しぶりです、女王陛下。 陛下もお変わりなくお元気そうでなによりです」

「アリエル、そんなに畏まらないで。 いつも通りでいきましょ。 堅苦しいのは無しよ、無し」


 先ほどの慈愛のこもった女王にふさわしい声から、親しみのある師匠のときの口調へと変化している。


 千年ぶりに会えて心が踊りだしそうになったが、我慢して事の経緯を聞く。


「緊急用の連絡を寄越すなんて、なにかあったんですか? こんなこと一度もなかったのに」

「ええ。 今回、以心伝紙いしんでんしを送って話をすることになったのには深い理由があるの。 そちらにいるのは帝国の方ね?」


 ティターニアが問いかけると、ローランドが礼儀正しくお辞儀をして自己紹介する。


「お初にお目にかかります。 私はヴァーミリオン帝国第十一皇子、ローランド・ヴァーミリオンと申します。 お会いできて光栄です、ティターニア女王陛下」

「ローランド皇子、ご丁寧な挨拶ありがとう。 帝国の皇子であれば話を聞くべきですね。 これはアストライオス全土に関わる問題ですから」


 ティターニアは真剣な眼差しで、事の経緯を話し始めた。


「三日前、我が国にいた【月蝕の魔女】ヴィラ・エクソダスが何者かに殺されました。 彼女は深淵迷宮エーリヴァーガル内で暮らしていたのですが……住んでいる屋敷ごと燃やされていました」


 その話を聞いてわたしは絶句した。 そもそも世界樹は妖精や精霊のみが入国を許された神聖な場所だ。

 他種族はおろか、暗殺を企むような邪悪な心を持つモノが侵入すれば、直ちに世界樹の罰が下される、侵入不可能な国なのである。しかも、西の大国セリアンスロープ連邦の二つ名英雄【月蝕の魔女】ヴィラ・エクソダスは、簡単に殺されるような弱者ではない。


 ヴィラの能力【月蝕の瘴気】は如何なる生命も塵へと帰す猛毒の瘴気で、近づくことはおろか、ヴィラ本人に手を下すことなど不可能に近い。

 魂の狩猟で一騎打ちをしたことがあるが、百日間続けて戦うも勝敗が決しなかった。

 そんなヴィラが死んだ? ありえない。

 わたしの心は信じたくないのか、強く否定している。


「彼女が亡くなったのは残念だけど、本題はここからなの。 気持ちを強く持ちなさい、アリエル」


 そういってわたしを優しく抱きしめる。

 映像なので感触はない。 でも、その心遣いにわたしは気持ちを強く持って動揺を鎮める。


「問題は殺された二つ名の英雄がヴィラだけではないということ。 ヴィラの死を連邦に伝えたところ、あちらでも同じことが起きていた。 それが問題よ 」

「 ということは【戦狂いくさくるい】も殺されたのですか !? そんなバカな!」


【戦狂い】とは竜王国ドラグニルの竜王の一体、ファフニールのことだ。

 最強の生物、竜族。 その中でも圧倒的な力を誇る竜王ですら殺されるなんて……明らかな異常事態ではないか。

 それじゃあ、今回の事件の目的は--


「そう、貴方が考えている通り、狙いはヴィラ個人ではなく、二つ名の英雄の抹殺」

「わたしたちの抹殺……誰がそんなことを」

「考えられるとすれば、魂の狩猟ワイルドハントの経験者か、滅亡した国の生き残りによる復讐、ですかね……」


 突如、話に割り込んできたのはローランドだ。 内容が衝撃的すぎて、彼のことをすっかり忘れていた。


「さすが、帝国の皇子。 良い推察だわ。情報が少なすぎてハッキリとした判断は出来ないけど、いまできることはそこから離れるべきよ。 わかるわね、アリエル」

「でも……一体どこへいけば」

「帰ってきなさい。 皇帝へはわたしから話を通しておきます。 首輪による魔力制限の解除は皇帝にしか出来ないから、一度そちらの首都へ寄らなければならないけど。 道案内お願いできるかしら、ローランド皇子」


 そういってローランドの手を握るティターニア。

 ローランドの顔が真っ赤に染まり、慌ててティターニアから離れると、恥ずかしそうに返事をした。


「お、おまかせください! 私の身命に誓ってべ、ベリル様を世界樹ユグドラシルまでお送りいたします」


 ティターニアが「可愛い子ね」と呟き、わたしに視線を送ってきたが、なんのことだかまったく理解できなかった。

 とにかく、すぐに立たねばと思い、行動に移すことにする。


「では、今すぐに準備整え出発します。 ラス! 旅支度をするのだ。 ラス !? どこにいる」


 周囲を探すもラスが見当たらない。

 マリトッツォのときは居たのに、どこにいったのだ。 肝心な時にいないとは、バカものめぇ!

 自室に戻り衣類やら必要なものをカバンに詰め込む。

 ラスに代わり、ローランドが手伝ってくれたおかげで、意外に早く準備が整った。


 ティターニアに挨拶を交わすため、部屋に戻ると、先ほどいなかったラスとティターニアが、なにやら話し込んでいた。

 わたしの姿を確認したティターニアが「……の件、頼みましたよ」とラスに伝えた後、こちらへ近づき言葉をかけてくる。


「くれぐれも道中気をつけて。 無茶だけはしないようにね。 あと、派手なこともよ。 あなたはなんでもやりすぎる傾向があるから、心配だわ」

「大丈夫です。 ラスもいますし、わたしも【神々の輝り火レギンレイヴ】と呼ばれた二つ名の英雄ですから。 何がなんでも帰ってきます」

「あなたに会えるのを、みんなで待っていますからね」

「……はい!」


 挨拶をすませると、ティターニアの姿は消え去った。

 光の粒子が消えると封筒も消え去る。


 別れを惜しみつつ気持ちを切り替えると、先ほどのことが気になりラスを問い詰める。


「さっきはどこにいっていたんだ? ティターニアと何を話してた? 答えろ」

「私用なことなのでお答えできません。 それより、いつからわ、た、しなんて一人称使ってたんですか? 我輩、初めて聞いてびっくりしたでござるぅ」


 みるみる顔に熱がこもり、羞恥心でいっぱいになったは、迅速に逃げ出すラスを追いかけながら屋敷から出る。

 ローランドが「待ってくださいよ~」と情けない声で後を追って来るのを、我輩と頭にたんこぶを作ったラスが、屋敷の入口で向かい入れた。


 こうして我輩と執事のラス、そして案内役のローランドを含めた三人の、帰郷への旅が始まったのである。



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