第Ⅱ章 第26話 ~暗紅の悪魔~


「ミネアッ……ダメだッ、止めるんだッ」

 ノイシュは思わず声をふるわせ、義妹いもうとてのひらにぎりしめた――


――あれほど数多あまたアニマまれて、エスガルは正気をたもてなかった……きっと、君も……ッ――

 無意識にノイシュが力をめるものの、義妹は決してり向かなかった。

「私の分まで、生きてね……」

 不意に義妹がもう片方の手をエスガルの方へと向けた――


――ミネアアァァ――――ッ……

 ノイシュはさけんだつもりだったが、まるで水中にいるかの様に耳には何も聞こえない。刹那せつなの後、義妹を包む光芒こうぼうが激しくきらめいた。その長い髪をもてあそびながら暗紅あんこうの輝きが噴流ふんりゅうしていく。彼女の放ったちょうこうじゅつまたたく間にエスガルの黒魔こくま達をむさぼい、四散させながら大神官へとせまっていく。対峙たいじする大神官が大きくあごを開き、恐怖きょうふの表情を見せた――


「アヴァエェヴォ――ッ」

 不意に聴覚ちょうかくよみがえり、大神官の絶叫ぜっきょうが周囲へとひびわたっていくのをノイシュは聞いた。眼前では義妹の放った暗紅の魔蛇まへびが次々とエスガルの体内にらいつき、そのアニマ容赦ようしゃなく吸っていく。大神官は身体をふるわせながら大きくった。したを大きく広げて未だわめき散らしているものの、次第にそれもか細くなっていく。やがてエスガルが白目をいたまま、静かにたおした。黒い吸血鬼達は未だ彼にき、その残滓ざんしむさぼっていく――


 不意に異様な静寂せいじゃくが流れる――


――まっ、まさか……っ

 ノイシュが自らの強い鼓動こどうを感じた瞬間しゅんかん、それを聞き取ったかの様に魔蛇達は再び動き始めた。大神官エスガルのアニマを吸い果たした悪魔の下僕しもべたちが、一気に義妹へと殺到さっとうしていく――


――そんなことっ……

 ノイシュは右肘みぎひじと背中で上体を起こし、両膝りょうひざに力を込めてそのまま立ち上がった――


――そんなこと、させない……ッ

 夢中で土をにじっていき、義妹の前に立つと暗紅の光芒に立ちふさがる――


――ミネア、君だけは失いたくない……ッ――

 ノイシュが超高位秘術を浴びようと大きく両手を広げた次の瞬間、突如とつじょとして吸血魔がその動きを変えていくのを視認しにんした。暗紅の光芒が眼前で、自らの身体を次々とけていく――


「ノイシュ、さよなら……」

不意にノイシュは背中せなかしで義妹の声を聞いた――


「あッ、あぁぁアアァァ――ッ」

 直後に叫び声がき上がり、ノイシュが急いで顔を向けるとそこには暗黒術におかされていく義妹の姿があった。無数のアニマ内在ないざいさせたそれらが次々と義妹の体内に流れ込んでいく。やがて彼女の肌から赤黒い血管が浮かび上がり、幾何学きががくてき模様もようが顔や身体に広がっていく。にごった血の様な色彩しきさいはやがて彼女の長い髪やんだひとみにまでみ込んでいく――


――いやだっ、ミネア……ッ

無意識にノイシュは義妹のもとへとけ寄り、強く抱きしめた。鋭利えいりつめで胸の中をきむしられる様な痛覚つうかくが広がる。なみだあふれて止まらない――


――お願いだっ、誰か彼女を助けて……ッ

 不意に手許から光芒が発せられているのに気づき、ノイシュが視線を向けるといつの間にか赤黒いそれが義妹を包み込んでいた――


「……フッ、フハハハハッ」

 突如としてノイシュは腕の中で少女のわらい声を聞いた。その直後、彼女が発する燐光りんこうが一気に膨張ぼうちょうしていく。その張力ちょうりょくあらがい切れず、抱きしめた彼女の身体から強制的に引き剥がされていく――


「ミ……ミネ……ア……ッ」

 次の瞬間、浮遊感ふゆうかんをとともに視界が一気に上空を映し出した。眩暈めまい覚えつつも吹き飛ばされたとすぐに分かる。にじんだ視界が未だゆれれ動く中で、暗紅の光芒をまとった少女が高く舞空ぶくうしていくのをわずかにとらえた――


 直後、ノイシュは背中から強い衝撃しょうげきを感じた。身体が横倒しになりながら砂埃すなぼこりが口や鼻に次々と入り込み、次いで視界をおおかくす様にちりい上がっていく。とっさにノイシュは右手を伸ばすが、そこには義妹のにおいさえ残されていなかった――


「ノイシュッ、大丈夫か……っ」

 不意に名を呼ばれ、振り向くと大盾おおたてを背負った巨漢が片膝を地に着けてこちらを見据みすえていた――


「ウォレン、どうして……」

 ノイシュは静かに眼を細めた。

「お前のためだっ、決まってるだろうっ……」

 なつかかしささえ感じる彼の声を聞き、ノイシュは全身から脱力するとともに再び目頭が熱くなっていくのを感じた――


「それより一体、何があったんだ。敵味方とも、ことごとく全滅ぜんめつしているが……っ」

 ウォレンの言葉を聞き、ノイシュは強く眼を閉じた。今はもう、何も考えられない――

「……ここを離れよう、すぐに……っ」

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ノイシュとミネアと魂(アニマ) たんとん @tantonn

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