第Ⅱ章 第23話 ~あいつに魂(アニマ)を喰われたら、君はもう二度と……っ~


「見つけたぞ、ついに……っ」

 聞き覚えのある濁声だみごえが上空からひびき、不意にノイシュは鼓動こどうが強く脈打つのを感じた――


――まっ、まさか……っ

 ノイシュは無意識に拒否きょひしてしまう思いをおさえると、ゆっくり顔を上げた――

 そして、彼はそこにいた。あの尊大な言動は忘れようもない――


――大神官、エスガル……ッ

 圧倒的なアニマを宿し、他者の魂までもらうことのできるちょう高位こうい術者じゅつしゃ舞空ぶくうしながら不敵ふてきみをかべていた。やがてエスガルは身体からだをゆっくりと降下こうかさせると地に足を着けた。異様に輝く眼光がんこう義妹いもうとに向け、左手の錫杖しゃくじょうをゆっくりとミネアへと向けていく。もう片方のそでからてのひらが見当たらないことにノイシュは気づいた――


「さきの戦い以来、お前をずっと探していたのだっ……私以外に【アニマ吸収術きゅうしゅうじゅつ】を発現できる術者よ」  

 義妹は何も言わず、ただ重苦しい表情を浮かべながらエスガルをえている――


「どうやら秘術ひじゅつを完全に会得えとくした様だな。聞かせてくれんか、初めて他人のアニマらった時の、あの味わいを……っ」

 両腕りょううでを広げつつ、エスガルが歓喜かんきした表情を浮かべた。


「おそらく途轍とてつもない霊力れいりょくとともに、制御せいぎょできない感情や思考までもがその身に宿ったであろうっ……そう、喰らったアニマどものさけびを貴様も聞いたはずだ……っ」

 大神官の言葉を聞き、ゆっくりと首を横にっていく義妹の姿をノイシュは見据えた。


「……今のお言葉で、ようやく分かりました。……もうエスガル様は、貴方あなた自身ではなくなってしまったのですね」

彼女の眼差まなざしは次第にあわれみの色をたたえていく――


「他人のアニマらい過ぎ、遂には自身のアニマさえもれてしまって……っ」

「だから何だと言うのだッ」

 突如とつじょ、エスガルの顔つきがけわしくなった。


他者たしゃアニマを喰らい続ける事こそ我が使命なのだっ……己の霊力を極限まで高め、並み居る大神官達を圧倒して世界をも席巻せっけんする……ッ」

 エスガルが錫杖を強く地に打ちつけた直後、その身体が一閃いっせんする――


「圧倒的な破壊がなければ、この乱れきった世の中は収まらん……ッ」

次の瞬間しゅんかん、彼の足元から漆黒しっこくの帯が無数に飛び出してうずを巻いていく―


「さぁ、貴様も我がアニマと同化し、この身の血肉となるがいいッ………」

静かに大神官を見据えていた義妹は、やがて静かにひとみを閉じた――


「こうするしか……戦うしか……ッ」

直後、義妹の身体から暗紅あんこう光芒こうぼうが放たれるや無数の魔蛇まへびが彼女を取り囲むようにうねり出す――


「だめだっ、ミネア……ッ」

 ノイシュは思わず声を発した。何とか立ち上がろうとするものの、左腕は激痛げきつうくっしてしまいふたたび身体を地につける。ノイシュは強い無力感におそわれ、くちびるんだ――


「あいつにアニマを喰われたら、君はもう二度と……っ」

 ノイシュがそう口にすると、無意識に両眼りょうめからなみだこぼれてくるのが分かった。胸が引きれ、のどが勝手に戦慄わなないて――


――それに、たとえ大神官エスガルに勝っても……っ

 ノイシュはそれ以上、言葉にすることが出来なかった。


「ごめんね、ノイシュ」

 頭上から降り注がれた少女の声は、いつもの優しさをたたえていた――

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