第Ⅱ章 第17話 ~あの人の命だって、いつ踏み躙られてしまうかもしれない~


~登場人物~


ミネア・ルンハイト……ノイシュの義妹いもうと。女性。ヴァルテ小隊の術戦士で、れい力を自在にあやつる等の支援|術の使い手


 ウォレン・ガストフ……ヴァルテ小隊の隊員で、戦士。男性。あらゆる術を無効化する術たい性の持ち主


 ノヴァ・パーレム……ヴァルテ小隊の隊員で、術士。女性。様々なこうげき術の使い手


 ビューレ・ユンク……ヴァルテ小隊の隊員であり、術士。また修道士でもある。女性。回復術の使い手






 

 自分の荒い息遣いきづかいが耳に強く残るのを感じながら、ビューレはやみの先を進んでいった。胸中では早く味方のじんに行かなきゃっ、という気持ちと痛覚つうかくとなってうったえてくる鼓動こどうがせめぎ合っている。それが更にあせりを生んでひたすらにけようとするが、どれだけ進んでも眼前の視界にはただ暗黒が広がっていた。


 確かに陽はすでに沈み込んでいるものの残照があっても良いはずだった。果てなくも続く漆黒しっこくの光景に、思わず心臓のおののく感覚がき上がってくる。


 不意に強い木々のざわめきが耳朶じだを打ち、修道士の少女はもてあそばれる髪をおさえながら顔を上げた。そこでは炭色に染まった枝葉が大きく揺れている。ビューレは両眼を細めながら、思わず光を全てさえぎるそれらをにらんだ――


 刹那せつなの後、後方から激しいまたたきが湧き起こりビューレは思わず振り返った。光は強い明度で一気に森中を照らしていき、まるで白昼の様に視界が開けていく――


――あれは……っ

 直後、激しい轟音ごうおんと振動が少女の五感を震わせた。瞬く間に再び木々が激しく葉をこすり合わせて悲鳴を上げていく。閃光せんこうはますます強れつになっていき、たまらずにその場でうずくまった。旋風せんぷうい上がったちり鼻腔びこうで感じ、苦い味が口中に広がる――


 やがて閉じた双眸そうぼうから少しずつ残光が抜けていくのを感じ、ビューレは顔を上げた。光源が何かは想像できた。たぶん対岸のレポグント軍による術連携なのだろう、こうしている間でさえ仲間の戦士は敵の猛攻もうこうにより苦戦を強いられて――


――ノイシュ……ッ

 ビューレは胸がめ上げられる感覚を何とかこらえ、すぐに地をった。再び心臓が強く脈打ち、あえぐ様に息をきつつも脚だけは止めようと思わない。最前線では数多あまたの命がうばわれている……あの人の命だって、いつにじられてしまうかもしれない……っ――


 直後、ビューレは足をとられた。思わず肢体したいをねじ曲げながらひざふるわす。おそらく木の根につまずいたのだろう、平衡感覚を失いそのまま地面へと身体を打ちつける。途端とたん痛覚つうかくが広がり、視界が不意に暗転した。が、どうにか身体を起こすと更に地をにじろうとする――


「う……ッ」

 ビューレはそこで片脚にしびれるような痛みを感じ、顔をしかめた。軽く足首を地につけるだけでも激痛がはしる。もしかして骨折こっせつか、それとも捻挫ねんざか――


――行かなきゃ……っ

 それでもビューレは足を引きずり、前に進んでみせる。脳裏のうりには微笑ほほえみながら手を伸ばし、忌まわしい部位顔の青アザに優しくれるノイシュが浮かぶ――


――きっと、生きてかえってくるから……君のために……

 不意にビューレは目頭が熱くなるのを感じ、奥歯を強くんだ。


――助けなきゃっ、私がやらなきゃ……ッ

 まぶたそでぬぐい、いつくばりながらも進むと不意に森の奥が明るくなっているのに気づく。いくつかの赤いらめきが視界に入り、耳許みみもとにはかすかに木材のぜる音が聞こえた。


 そこで篝火かかりびかれている事が分かり、ビューレは奥歯を噛みながらも懸命に身体ごと前進していく。視界が開けていくにつれて全身にも力が入っていった。


 そしてようやく両わきに続く木々が姿すがたを消すと、視界が一気に開ける。そこにはリステラ軍を示す白色の一角じゅうつづった軍旗や術士隊の姿がはっきりと視認しにんできた。思わず少女は激しい感情におそわれてくちびる戦慄わななかせるが、それを何とかえた。


注進ちゅうしんっ……ヨハネスげい下にご注進を……ッ」

 ビューレがのどから出る限りの声量で告げると、数人の術士達がこちらの存在そんざいに気づき、次々と視線をげかけてくる。彼らは驚愕きょうがくの表情をかべながら「あれは」「一体どうしたんだ」と不安の声音こわねつぶやいていく。


 ビューレは自分の姿がさらされた様な気がして思わずうつむいた。しかし同時に無理もない、とも思う。突如とつじょとしてこの様な姿で皆の前に現れ、助けを求めているのだから――


「ビューレッ」 

 不意に群衆ぐんしゅうの中から見覚えのある集団がけ寄ってくる。ノヴァ、ウォレン、ミネア――


「一体、どうしたのっ……」

 ミネアの声を聞き、ようやく仲間達と出会えたという実感にビューレはこらえきれずなみだあふれさせた――



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