第Ⅱ章 第10話 ~もう一度だけ、みんなの為に戦うんだ……そう、これが最後……っ~

~登場人物~


ノイシュ・ルンハイト……主人公。男性。ヴァルテ小隊の術戦士で、剣技と術を組み合わせた術剣の使い手



ミネア・ルンハイト……ノイシュの義妹。女性。ヴァルテ小隊の術戦士で、霊力を自在に操る等の支援術の使い手









 鉄扉てつとびらが音を立てて閉まるのを聞きながら、ノイシュは薄暗い通路へと足をみ出した。視界の先には相変わらず無数の階段や廊下が広がっており、となりには思い詰めた表情でついてくる義妹の姿があった。


 そのまま絨毯じゅうたんを踏む足音だけを周囲に響かせながら、自分達の部屋へ向かう。うつむく少女に何か話しかけなくてはと思い、ノイシュは懸命に思考を回転させるものの話題が浮かばない。何か、何か話さなくては――


「……ごめん、知らなかった。君がそこまで自分の術に思い悩んでいたなんて……」

 焦りから思いつくままに言葉を発してしまい、ノイシュは今更ながら彼女の古傷に触る様な話をしてしまった事に気づく。後悔の念とともに思わず強く唇をんだ――


「……いきなりノイシュが訪ねてきたから、驚いたよ。恥ずかしいところ、見られちゃった」

「ご、ごめん……っ」

 先ほど目の当たりにした義妹の身体が脳裏に浮かび、ノイシュは動悸どうきを感じつつ声を上げた。自然とほおが熱を帯びていく――


「……でも良かった。一人じゃやっぱり怖かったから」

 目の前の少女が寂しそうに微笑ほほえんだ。

「……あの時、初めて大神官の秘術を発現させた時……私、本当に必死だった。ノイシュが死霊兵しりょうへいになっちゃうんじゃないかって……」

 次第に義妹のまなざしがれていくのを見て、ノイシュは思わず息をんだ――  


「……私、アニマさえも奪うあの術を発現させたことは、今でも後悔してない。それでノイシュを助ける事ができたなら……でも、でも……ッ」

 そこで、彼女の頬に一粒の涙がつたった。


「でもっ、こんな術を抱えたまま、また戦いに行かなきゃいけないなんて……ッ」

目の前の少女が胸に手を当て、顔をしかめながらも再び口を開いていく――

「もし誰かのアニマを吸い取ってしまったら……私、一生殺めた人の命を宿して生きていかなくちゃっ……そんなの……ッ」

 静かに義妹がうつむいていく。ノイシュはこれ以上彼女の姿を正視できず、思わず強く眼をつむった。


――そうか……この先ミネアはずっと敵と対峙たいじするたびに、自分の能力に怯え続けなくてはならないんだ……それでも、僕達は敵地におもむかなくちゃならないなんて……っ――

 ノイシュは顔を上げて義妹を見つめた。彼女の身体が小さく震えている――


――二人で逃げようっ……もう戦争や超高位秘術なんて、どうでもいいっ……誰も知らないどこか遠くの土地まで……ッ――  

 そう告げるべく口を開けた直後、別の考えが脳裏を掠める。


――……でもっ、僕達が逃げ出したりしたら、残された仲間は今度こそ厳罰げんばつを受けてしまうかもしれない……マクミル、ウォレン、ノヴァ、ビューレ……ッ――

 ノイシュは強く奥歯をみ締め、何とか言葉を呑み込んだ。

――もう一度だけ、みんなの為に戦うんだ……そう、これが最後……っ――


「ごめんね、ノイシュ……泣いたりして」

 義妹の声がして顔を上げると、目の前に立つ少女が目許の滴を拭っていた。

「部屋、着いたね……」

 ふとノイシュが見やると、そこは彼女の部屋の前だった。


「明日は早いから、もう寝なきゃ」

 ミネアが独り言の様につぶやいた。

「うん、お休み……朝になったら迎えに行くよ」

 ノイシュは精いっぱいの微笑みと穏やかな声で、い交ぜになった胸の中の感情をかくした。


「また明日ね」

 ミネアはうなずくと扉を引き、暗闇の中へと消えた。ノイシュは通路に視線を戻すと、自室へと向かうべく足を一歩踏み出す。


――後ろから、扉の閉まる音が聞こえた。

 ノイシュは動きを止める。不意にヨハネスの部屋で見た彼女の恐怖に怯える瞳、両肩を抱いて震えるその姿が脳裏に浮かぶ――


――ミネア……ッ

 ノイシュは振り返り、義妹の部屋に向かうと扉の取っ手を握った。力を込めるまでもなく扉は開いていく。そのまま部屋の中に進むと、燭台しょくだいの明かりに映ったミネアの見返り姿が視界に入った。


「ノイシュ……ッ」

 驚きの表情を浮かべる彼女に向かってノイシュは駆け寄った。義妹もまた、ゆっくりとこちらに近づいて来る。こちらの影と彼女の影が重なった瞬間、冷たい彼女の体温を両腕に抱きしめる。すきま風を感じた瞬間、揺れる煙だけを残して灯火が消えていく――


 そして、全てが暗闇に包まれた。

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