第Ⅱ章 第7話 ~僕は、あとどれだけ罪を重ねる事になるのだろう~

~登場人物~


ノイシュ・ルンハイト……主人公。男性。ヴァルテ小隊の術戦士で、剣技と術を組み合わせた術剣の使い手



ミネア・ルンハイト……ノイシュの義妹。女性。ヴァルテ小隊の術戦士で、霊力を自在に操る等の支援術の使い手



マクミル・イゲル……ヴァルテ小隊の隊長。男性。ヴァル小隊の術戦士で、増強術という支援術の使い手



ウォレン・ガストフ……ヴァルテ小隊の隊員で、戦士。男性。あらゆる術を無効化する術耐性の持ち主



ノヴァ・パーレム……ヴァルテ小隊の隊員で、術士。女性。様々な攻撃術の使い手



ビューレ・ユンク……ヴァルテ小隊の隊員であり、術士。また修道士でもある。女性。回復術の使い手



ヨハネス……リステラ王国の大神官であり、メイ術士学院の校長。術士。男性。





ノイシュが食卓に着くや、初老の給仕が素早くかしずいて杯に飲み物を注いでいく。緊張を隠しながら黙礼すると、暗がりの中で燭台しょくだいの明かりに灯された男の微笑みがわずかに浮かんだ――


「全員お集まりですか」

 ヨハネスの声が大広間に響き渡り、とっさに周囲を見渡すと小隊の仲間も皆、着席しているのが分かった。かつては学院の制服を着ているのが当然と思えた仲間達が、今は紳士淑女の優美な装いをして居並んでいる――


「では皆さん、まずは乾杯しましょう」

 上座を占めるヨハネスが杯を手に立ち上がると、ノイシュは仲間達とともに大神官に続いた。

「祖国と戦士達に、乾杯っ」

 皆で杯を頭上へと掲げた後、ノイシュは飲み物をあおった。着席すると宴は歓談のひと時になる。卓の中央には光沢のある食器が数多据えられており、その上には調理された魚や肉類、添え物といった数々の料理が盛りつけてあった。


 ノイシュが魚の香草焼きを選んで皿を手前に据えると、刺激の利いた香辛料の匂いが空腹を刺激してくる。急く食欲を抑えながら突きさじで骨と白身を分け、口に含むと特有の歯触りと風味がゆっくりと舌に広がった。ノイシュは食べ物を呑み込んだところで、初めて自分がずっと食事をしていない事に気づく。無理もない、目が覚めてからも色々な事があった――


 ノイシュは息をつくと隣席に視線を向け、そして眼を見開いた。そこには普段とは違う義妹の姿があった。長い髪を幾重にも巻いて髪留めでまとめ、頭頂部には銀飾冠を載せている。白を基調とした光沢のある衣服は、露出した肩やうなじといった彼女の生成色の肌を上手く際立たせていた。一人の女性として成長していく彼女の姿は、とても戦士とは思えない程に――


「どうしたの……」

 不意に義妹がこちらの視線に気づき、怪訝な顔を向けてくる。ノイシュは慌てて正面に向き直り、飲み物を口に運んだ。細かい発泡が舌を刺激しながら口中に広がっていく――


「……皆さん、そろそろ本題に入りましょうか」

 微笑を浮かべたヨハネスが匙を置くや、瞬く間に鋭い目つきへと変じていく。ノイシュは息を呑みながら大神官を見据えた。その場の雰囲気が、一気に張り詰めていくのが分かった――


「レポグント軍が、追撃の動きをみせています。おそらく目標は聖都メイ、つまりこの場所です」

 ヨハネスの言葉を聞き、ノイシュは激しく鼓動する胸に思わず手をやった。確かに敵軍の損害は軽微だっただろうし、向こうからすれば既にバーヒャルト要塞は駐留する兵がおり、長く留まる理由がない。一旦は軍勢を引き揚げさせるだろうと思っていたが、そのまま攻め込んでくるとは――


 大型獣に狙われた様な感覚がじわじわと胸中から湧き上がってきて、ノイシュは強く眼を閉じた。

――一体、レポグント軍は我が国をどこまで追い詰めるつもりなのだろう。未だに戦いの傷が癒えない中、再び僕達は戦場へと向かう事になるのか――


「さきの敗戦の事もあり、残念ながらこちらが劣勢なのは明らかです。聖都メイは我が国にとって最後の拠点……つまり、ここが陥落すればリステラ王国は滅亡します」


――この国が、滅亡する……ッ

 不意に炎上する聖都の光景が脳裏をかすめ、ノイシュはかぶりを振った。この国が消滅した時、果たして自分達はどうなってしまうのだろうか……亡国の民となった人々に、どんな運命が待ち受けるいるというのだろう――


 思わずノイシュが唾を飲み込むと、口中に苦い味が広がった。こうしている間にも敵軍は侵攻している、そう思うと鼓動が自然と早くなった。もう迷う時間などない、血臭漂う殺戮さつりくや略奪を食い止めるのは、自分達しかいないのだ――


「この未曾有みぞうの国難に際し、賢明なる女王陛下は一人でも多くの術戦士達を集結させ、聖都防衛に備えるべしとの仰せです。すぐさま陛下の軍門に馳せ参じ、みごと敵軍を撃破したあかつきには破格の褒賞や特別な恩赦を約束して下さいました」

 ヨハネス校長がこちらを一瞥し、ゆっくりと視線を合わせてくる。ノイシュは大神官の意図する事を判じ、思わずうなずいた。自分達の汚名は、自身の行動でそそげという事か。ただ……――


「もちろん皆さんは、私とともにレポグント軍を迎え撃ち、この国を守るべくアニマを捧げてくれますね」

 そう告げる大神官ヨハネスの言葉に、マクミルが力強く一歩前に出る。

「大神官様、我らヴァルテ小隊ははじめから女王陛下の為、民衆の為、アニマのある限り戦う所存でおります。必ずやレポグント軍を敗走させてご覧にいれます……ッ」


「その言葉、よく覚えておきましょう」

 ヨハネスは満足そうに微笑むと、再び口を開く。

「現在我が軍は残存兵力をグロム河に集結させて、迎撃の体制を整えています。この戦いは我が国の術戦士、術士達を結集させた決戦となるでしょう。皆さんも支度が整い次第、出陣して下さい」


 仲間達が次々と礼式をとる中、ノイシュは静かに俯いた。

――……ただ、僕達が放免を勝ち取る為にはまた数多の戦士達と戦い、その命を摘み取らなくちゃいけないんだ……いったい僕は、あとどれだけ罪を重ねる事になるのだろう――


「ノイシュ……」

 不意に少女の声が聞こえて振り返ると、不安なまなざしをこちらに向ける義妹の姿があった――


 ノイシュは彼女に向けて小さく頷き、そして大神官に向けて礼式をとった。ヨハネスはいつもの微笑みをたたえながら、両腕を大きく開いた。

「君たちのアニマに、栄光あれッ」

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