第Ⅱ章 第6話 ~私達、何の為に戦ったのかな……~

~登場人物~


ノイシュ・ルンハイト……主人公。男性。ヴァルテ小隊の術戦士で、剣技と術を組み合わせた術剣の使い手



ミネア・ルンハイト……ノイシュの義妹。女性。ヴァルテ小隊の術戦士で、霊力を自在に操る等の支援術の使い手



マクミル・イゲル……ヴァルテ小隊の隊長。男性。ヴァル小隊の術戦士で、増強術という支援術の使い手



 ウォレン・ガストフ……ヴァルテ小隊の隊員で、戦士。男性。あらゆる術を無効化する術耐性の持ち主



 ノヴァ・パーレム……ヴァルテ小隊の隊員で、術士。女性。様々な攻撃術の使い手



 ビューレ・ユンク……ヴァルテ小隊の隊員であり、術士。また修道士でもある。女性。回復術の使い手



 ヨハネス……リステラ王国の大神官であり、メイ術士学院の校長。術士。男性。







 冷たい壁に背を預けて座りながら、ノイシュははるか上部の格子から差し込んでいる斜陽しゃようを見据えていた。高い石壁に囲まれたこの部屋は暗く、重苦しい。わずかに部屋を照らす落陽だけが暖かさと彩りをたたえており、否応なく視界をきつけられる。今や外界の様子を感じ取る事ができるのは、あの陽の光だけなので尚更だった――


「……沙汰さたは、いつ下るのでしょうか」

 不意に落ち着いた少女の声が耳に届き、ノイシュが顔を向けるとノヴァもまた小窓からのぞく空を眺めていた。その表情は憔悴しょうすいしているが、どことなく漂うりんとした雰囲気だけはそのままだった。本当に美しい人だな、と思わずにいられない――


「……分からない、だが、戦後処理はなるべく早く済ませようとする筈だ……時間はかからないだろう」

 僅かな沈黙の後にマクミルのつぶやく声を聞き、ノイシュは静かに俯いた。その通りだと思った。きっと、遠くないうちに自分達の処罰が下るのだろう――


「私のせいで……本当に、ゴメンなさい……」

 不意に、すぐとなりでか細い声が聞こえる。静かに顔を向けると、ミネアが膝を組んで俯いていた。


「別にミネアのせいじゃないさ、気にするな……トドリム達は単に、俺達を処罰したかったんだ。総大将として、責任を負いたくなかったから……っ」

ウォレンの声音に静かな怒気が含まれており、ノイシュは思わず彼を見据えた。次の瞬間、眼前にいる巨躯きょくの戦士が拳を石床へと叩き付ける。刹那せつなに緊張が走り、その後は再び静寂がその場を支配した――


「……私達、何の為に戦ったのかな……」

消え入りそうな声にノイシュが顔を向けると、そこには項垂うなだれた修道士の姿があった。


「みんな、あれだけ必死に戦ったのに……結局はこんな……っ」

 ビューレが発した台詞に、ノイシュは思わず胸から込み上げるものを感じて俯いた。胸の奥が凍えた様にしびれて、痛かった――


 ふと、ノイシュは手に温かいものが触れるのを感じた。振り向くといつの間にか、翠色の瞳を持つ少女が僅かに顔を上げ、真っ直ぐにまなざしを向けてきている

――ミネア……君は、いつも僕の心を……っ

 ノイシュはまぶたが震えるのを感じた。目頭が熱くなり、そっと瞳を閉じると暗闇の奥にいるはずの義妹に向け、静かに微笑んでみせた――


「……たとえ、たとえさ……」

 ノイシュは胸の感情が収まるのを感じ、そっと眼を開いた。

「……たとえ僕達のしたことが、誰にも理解されなかったとしても……それで良いんじゃないかなって……」

 そこまで口にした途端、不意にノイシュは自意識が薄れるのを感じた。自分の言葉が誰に発したものか分からなくなる。義妹へと向けたものだろうか、もしくは仲間に対してか……それとも自分自身に――


「――僕達はこの国で暮らす人々の為に、確かに戦った……それを自分自身が、そして仲間のみんなが分かっているのなら……それで充分なんじゃないかな」

 言い終わるとノイシュは静かにうつむいた。


「そうだね、きっと……」 

 耳許に義妹の声と、誰かの微かな嗚咽おえつが漏れ聞こえてくる。ふとノイシュは胸の内に温かい感情が湧き起こり、ゆっくりと広がっていくのを覚えた。この気持ちは、一体なんだろう……怒り、悲しみ、喜び――


 思わずノイシュは眼を見開いた。それが幸福という感情だと気づく。罪を着せられ、こんな牢獄ろうごく同然の場所にいるというのに――


 そっとノイシュは眼を細め、かぶりを振った。

――いや、間違いなんかじゃない。今、僕は幸せなんだ。この仲間と思いを一つにできた事……それこそが掛け替えのないもので……大切な人、信じられる仲間達がいる事こそ、きっと幸福なんだ――


「――何か、聞こえませんでしたか」

 不意にノヴァの声が耳朶じだを打ち、ノイシュは顔を上げると聞き耳を立てた。静寂から湧き上がるかの様に、微かな音――靴音らしきものが石床から響くのが分かった。しかも、その数は一つや二つではない。少しずつ音は大きくなっていき、真っ直ぐこちらに近づいて来る―― 


 ノイシュは慌てて格子に駆け寄り、息を殺して通路を見据える。やがて薄闇から揺らめく灯火ともしびが一つ、ゆっくりと大きくなっていくのが見えた――


――僕達の刑量が、決まったのだろうか……。

「気をつけろ、ノイシュ……ッ」

ウォレンの声が届き、ノイシュは思わず眉間みけんに力を込める。近づいてくるのははたして処罰を告げる審問官か、それとも公爵が放った刺客だろうか――


 松明に照らされる中、最初に現れたのは甲冑かっちゅうをまとった衛兵だった。すぐ後ろには修道衣をまとった数人の神官達が続く。そして彼等に囲まれながら姿を見せたのは、光沢のある法衣を着込み、意匠の施された金の錫杖を握る男性――


――まさかっ、ヨハネス様……ッ

 ノイシュは叫び声を上げそうになった。しかし学院時代の校長であり、大神官ともあろう人物がどうしてこんな場所に――


 ヨハネス率いる神官一行は牢の前まで来ると足を止め、一斉にこちらへと振り向いた。

 とっさにマクミルが礼式をとるのが視界に入り、ノイシュは慌てて仲間達とともに続く。ヨハネスが微笑みながら返礼してきた。


「……お久し振りです、皆さん。いきなりの来訪にさぞ驚いた事でしょう。しかし刻一刻を争う事態ですので、どうかご容赦を」

 ヨハネスの変わらない温和な口調に、ノイシュは少しずつ肩の力が抜けていくのが分かった。 


「皆さんの戦い振りは聞いています。我が軍の別働部隊を救出するべく激戦地に飛びこんだ事、あの大神官エスガルと死闘を繰り広げた事、そして今は敗戦の責任により、この留置所にいる事……」

 ヨハネスの言葉を聞き、ノイシュはそっと義妹の方を見やった。彼女はただひたすらヨハネスの方を見据えており、その内面を窺うことは出来なかった――


「ヨハネス猊下げいか、刻一刻を争う事態とは、一体何でしょうか」

 緊張した面持ちででマクミルが一歩前に出ると、ヨハネス校長は静かに頷いた。

「まずはここを出ましょう。皆さんの身柄は私が預かる事になりましたので、今夜は我が邸へおいで下さい。それでは後刻に」


 そう告げるやヨハネスは踵を返し、他の神官達とともに去っていく。一人残された衛兵が鍵を取り出し、格子にかかった錠前に差し込むのが見えた。

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