第Ⅰ章 第10話 ~作戦~

~登場人物~


ノイシュ・ルンハイト……主人公。男性。ヴァルテ小隊の術戦士で、剣技と術を組み合わせた術剣の使い手


ミネア・ルンハイト……ノイシュの義妹。女性。ヴァルテ小隊の術戦士で、霊力を自在に操る等の支援術の使い手


マクミル・イゲル……ヴァルテ小隊の隊長。男性。ヴァル小隊の術戦士で、増強術という支援術の使い手


 ウォレン・ガストフ……ヴァルテ小隊の隊員で、戦士。男性。あらゆる術を無効化する術耐性の持ち主


 ノヴァ・パーレム……ヴァルテ小隊の隊員で、術士。女性。様々な攻撃術の使い手


 ビューレ・ユンク……ヴァルテ小隊の隊員であり、術士。また修道士でもある。女性。回復術の使い手


 ケアド……リステラ王国の高等神官であり、次期大神官の最有力候補者。大隊の隊長であり術士。男性。


 トドリム……王弟であり公爵。リステラ王国軍の総大将。男性。









視界には人の背丈を越える柵が多数組まれ、それ以上の侵入を阻んでいるのが見えた。陣内からは鉄を打つ槌音が聞こえ、炊事らしい白煙も立ち上っている。そして奥には幕舎とともにリステラ王国の象徴である一角獣をつづった軍旗が掲げられていた。


「ようやく、着いたな」

 呟くようなウォレンの声に、ノイシュは思わず頷く。自陣は予想通りバーヒャルト要塞の程近い距離で構築されていた。


「よし、行こう」

 マクミルが目の前の入り口に近づくと、すかさず守衛らしき二人の戦士が槍を突き立てた。

「止まれっ」

「我らの陣に、何用だッ」


 彼らの声色が気迫に満ちており、ただならぬ気配を感じながらもノイシュは隊長に続いた。マクミルは守衛達に向けて礼法を取った。


「我らはリステラ王立メイ術士学院出身のヴァルテ小隊です。バーヒャルト奪還の為にこちらで野営しているとお聞きし、お味方に加えて頂きたく推参しました。何とぞお聞き入れを」

衛兵はしばらく鋭い視線をこちらに投げかけていたが、やがて構えを解いた。


「……無礼な物言い、どうか許されよ。これより本営に取り次ぐのでお待ちあれ」

そう告げるや守衛の一人が素早く柵の奥へと消えて行く。もう一人の衛兵は未だこちらに強い視線を向けている中、先ほどの衛兵が再び姿を現した。


「ヴァルテ小隊の方々、お待たせ致した。大隊長殿がお話したいとのこと。中に入られよ」

 そう言って陣内に入る守衛に続き、ノイシュは安堵あんどの息をつきながら仲間達と柵をくぐった。


 あちこちに立ち並ぶ陣営や味方の戦士達の間を縫う様に進むうち、ノイシュは不意にその数が少ないことに気づく。これから向かうレポグントは聖都メイに隣接する要塞であり、ここを奪還できなければ次は聖都メイが狙われることになる。聖都を防衛する為にも今度の戦いは、相当の兵力を割いている筈だが―― 

 

「ケアド大隊長殿、ヴァルテ小隊の方々をお連れしました」

 守衛の言葉でノイシュは我に返り、顔を上げると眼前には一際大きい幕舎が張られていた。

「入りなさい」

 幕の中から男の声が聞こえる。思ったよりも若い声の響きだった――


「よし、行くぞ」  

 マクミルが呟く様に告げると、守衛に黙礼して幕の中へと足を踏み入れていく。隊長の後に続く仲間達の背中を見ながら、ノイシュは自らの胸に手を当て、鼓動を静めようと努める。

「ノイシュ……」

 脇からミネアの声が耳に届き、ノイシュは小さく頷いた。


「……うん、行こう」

 ノイシュが幕の裾をめくると、まず視界に入ったのは幅の広い絨毯じゅうたんだった。周囲を見渡すと意匠を凝らした調度品がくま無く飾られている。そして上座には金糸でつづられた服を着込む男達が、杯を手に卓を囲んでいた。どうやら、ここが上官達の集う広間らしい――


 不意に一人の男性が立ち上がると、こちらに近づいてくる。年齢は三十五歳前後だろうか、清潔に整えた金髪と深緑色の瞳、そして唇から顎にかけて伸びる傷跡は幾多の激戦をくぐり抜けた事を思い起こさせた。身にまとっているのは甲冑ではなく法衣であり、手には鳥獣を象った錫杖を握っている。ノイシュは思わず口を見開いた。

「だ、大神官様――」


 思わず発してしまった声に対し、眼前の高位聖職者はゆっくり微笑んだ。

「まだ最有力候補者、さ。ザノマ大隊を預かるケアドと申します」

 ケアドが錫杖を水平に構える礼式をとった。


「これはっ、高等神官様……っ」

 慌てて膝を折るマクミルに倣い、ノイシュは仲間達とともに同じ礼式をとった。


「勇敢なる若者達よ、よくぞ最前線まで参られた。隊長は誰かな」

 ケアドの言葉にマクミルが頭を垂れた。


「ヴァルテ小隊隊長のマクミルと申します。こうして高等神官様に拝謁できたこと、我が身の冥加みょうがに尽きまして――」

「前口上は不要さ。貴方達が参陣する事をヨハネス猊下より聞いていたので、ここにお呼びしたのです」

 ケアドの話を聞き、ノイシュは眼を細めた。そうか、ヨハネス校長が……――


「はっ、こうして参陣叶いました以上、我らヴァルテ小隊は身を賭して戦うつもり。何なりとお下知を」

ケアドは微笑みつつ頷くと、後方を見やり円卓に坐する人物達へと声をかけた。


「トドリム様、この者達の配置はいかが取り計らいましょう」

 ケアドの声を聞き、卓に着いていた一人の男が振り向く。ケアドよりも若い、まだ二十代だろう。口髭を丁寧に刈り揃え、腹部に過剰なぜい肉を蓄えたトドリムは焦点の定まらない目つきをこちらに向けてくる。顔は真っ赤になっており、一目で酔っているのが分かった。


「ヴァルテ小隊の諸君、このお方こそ王弟にして我が軍の総大将であるトドリム殿下です」

 ケアドの声を聞き、ノイシュは仲間達とともに再び礼を取った。しかし王弟は億劫おっくうそうに首を横に振るや、すぐさま視線を手元の杯に移していく。


「部隊の編成は全て貴殿に任せておる。その者達もついても、しなに致せ」

 そう言って総大将は酒を一気に飲み干した。「おぉ」「良い飲みっぷりですな」と彼の周囲から歓声が上がる中、ケアドは再び王弟に礼式をとると幕舎の隅に据えられた大型の机へと移動していく。


「では諸君、こちらへ」

 ノイシュは仲間とともに急いで大神官の立つ場所へと向かった。

「……まずはこれまでの戦況について、順を追って説明しよう」

 ケアドの広げた地図を見て、ノイシュはそれがバーヒャルト要塞の周辺地図だと分かった。続いてケアドが部隊を示す駒を素早く配置していく。


「四ヶ月前、突如としてレポグント軍が侵攻し、バーヒャルト要塞を襲撃した。守備隊の必死の抵抗も虚しく、要塞は陥落……城内に避難していた周囲の住民は殺害され、貨財はことごとく奪われたと聞く」


ノイシュは思わず奥歯を噛みしめ、うつむいた。戦争では敗者の資産や食糧、そして女性は勝者の戦利品となる。知ってはいたが、こうして実際に起きてしまうとは――


「伝令より報告を受けて我が軍もすぐさま出陣し、バーヒャルト近郊で会戦が行われた。この戦いではレポグント軍を敗走させる事に成功した。が――」


 ケアドはせた人差し指を地図の上に置き、戦場となったであろう地点から要塞へとなぞっていく。


「――相手は敗残兵をまとめて籠城ろうじょうし、現在も抵抗を続けている。バーヒャルト要塞は周囲を断崖に囲まれた地形をしており、我が軍は攻撃可能な北側から攻め続けているものの、未だ陥落には至っていないのだ……」

 思わずため息をつくケアドの姿を見て、ノイシュは目を細めた。きっと激戦だったのだろう―― 


「……我が軍は止むなく兵糧攻めに切り替え以来、既に二ヶ月にも及んでいる。間者の報告では、敵軍はネズミや土くれまで食べて飢えを凌いでいるとのことだ」

 不意にビューレがうつむくのを見て、ノイシュは眼をつむった。敵軍とはいえ、その極限状態を想像すると胸が痛むのはよく分かった。


「では、あと一息で要塞は陥落するのですね」

ノヴァの落ち着いた声に、ケアドはゆっくりと首を振った。

「残念ながら、我らは時間をかけ過ぎた……斥候せっこうの報告によると、レポグント王は諸侯を動員し、大軍でこちらに攻め上っているそうだ。その数、およそ三百強……籠城ろうじょうする敵兵八十名を含めると、四百もの軍勢にものぼるらしい」


――敵の兵力、総勢四百……ッ

 ノイシュは無意識に敵軍の駒をにらんだ。そもそもエッダス島において術を発現できる人間は限られているので、それが四百名もいるのは圧倒的な兵数だった。また彼等の圧倒的な戦力によって一般民が徴兵されることは殆どなく、彼等の仕事といえば兵糧の運搬くらいだろう。


 すなわち四百という兵数は、ほぼ純粋な戦力であり大軍といえる。敵兵の半数が術士だとして、彼らが霊力を連携して攻撃を仕掛けてきた時、その威力は計り知れないものとなる――


 ふとノイシュが顔を上げると、高等神官ケアドがこちらへと視線を投げかけているのが見えた。まるで、自分の胸に去来した恐怖を見透かしたかの様だった。慌てて黙礼すると、ケアドは視線を外して他の仲間達を見渡していった。


「……これほどの大軍を動員した事は、国王ラードヘルンが直々に出陣しているかもしれん。このままいけば我が軍は、敵主力側と要塞側とで挟み撃ちを受けてしまう。何としてもレポグントの大軍を押し留め、そして要塞を落とさなければならない……」


「ケアド様、我が軍の兵力は……っ」

 不意に、前方にいるマクミルが強い声音を発した。ノイシュは胸の鼓動を落ち着けながら、静かに黙するケアドの言葉を待った。


「……君達を含めて、およそ百九十名」

 驚きと不安の息が周囲から漏れ出るのを聞きながら、ノイシュは眼を細めた。先ほど覗いた陣中の様子から味方が寡兵であることは予想していた。しかしまさか、敵軍の半分にも満たないとは――


 ケアドが視線を下に向け、地図に記された各都市を指し示していく。

「既に我が国はユンバースやゴザなど三つの主要都市をレポグント軍に奪われてしまった。残念ながら、国力はこちらが劣勢と言わざるを得ないのだ」


 周囲に陰鬱いんうつな空気が流れる。不意にミネアが沈痛そうな表情を浮かべつつも、一歩前に出るのが見えた――


「ケアド様、何とかならないでしょうか」

 高等神官が、静かに眼をつむった。

「……勝機なら、まだある」

 やがて大神官になるであろう男は、ゆっくりと眼を開いて地図上のバーヒャルトを指し示した。


「……バーヒャルトより東の街道は、険峻けんしゅん群峰ぐんぽうに阻まれて急激に狭くなっている。敵軍がバーヒャルトへと進軍する為には、この隘路あいろを通らなくてはならないはずだ」

 ケアドは駒を二つ取ると地図上のバーヒャルトに据え置き、一つの駒だけはさらに隘路あいろへと進めていく。


「よって、我が軍を各九十名ずつに二分するのだ。一方は引き続き城塞を包囲する本隊とし、そしてもう一方は隘路あいろにて敵軍を迎え撃つ別働隊だ」


高等神官の作戦を聞き、思わずノイシュは息を呑んだ。

「……そうか、あらかじめ別動隊が隘路あいろの出口を塞げば、たとえ相手が大軍でも最前線の戦力はほぼ同じ……っ」


「それだけじゃない。最も注意が必要な敵術士隊についても、狭い後方からでは我が軍だけを上手く狙い撃ちする事ができず、術連携を封じる事ができる……っ」

そう告げるマクミルの声に、ケアドがゆっくりと頷いた。


「その通りだ。こちらは部隊をより広く配置できるため、有利に攻勢をかけられる。その間にバーヒャルト要塞を攻略できれば、敵本隊は士気を失って撤退するかもしれない」


 ノイシュは強く奥歯を噛んだ。勿論、この策が上手くいく保証はない。しかし自軍が劣勢にある状況下において、この作戦は戦局の潮目を一気に変えることが出来るかもしれない――


「いかに早く隘路あいろまで部隊を進め、有利に隊列を組めるか……それが勝敗の分かれ目ですね」

 ウォレンがつぶやく様に声を発すると、ケアドは静かに微笑んだ。


「夜更け前にも私は別働隊を率い、隘路あいろまで行軍するつもりさ」 

「それで私達は……どうすれば良いのですか」

マクミルの緊張をはらんだ声を聞き、高等神官が表情を改めた。決意を込めた彼の双眸そうぼうに、ノイシュは思わず眼を細めた。


「……君達は私の部隊に所属し、斥候せっこうとして先んじて隘路あいろを確保して欲しい……どうか君達の力を、私に貸してくれ」

「はいっ」

「お任せ下さい……っ」

 ヴァルテ小隊の仲間達が一斉に礼式を取っていく。皆と同じく礼式をとりつつも、ノイシュはそっと地面へと視線を向けた。自分達にとっては、今回が初任務となる。はたして無事にやり遂げられるだろうか――


「ケアド殿、作戦の話はまだ続くのかな……出撃にはまだ時間があるし、それまで飲もうではないか」

 不意に声音が乱れたトドリムの声が奥から聞こえた。ケアドが微笑みながら王弟に視線を向ける姿を、ノイシュは静かに見つめた。

「すぐに参りますゆえ、しばしお待ちを」


 ケアドが再びこちらへと向き直り、表情を改めると静かに頷いた。

「君達も今夜中に出立をして欲しい。それまで休息を取り、出撃の準備を済ませておくように。それから……」


不意にケアドは王弟の方を一瞥いちべつした後、ささやく様に声を発した。

「……トドリム様も、連日の戦いでお疲れなのだ……どうか私に免じて、諸君らへの非礼な振る舞いを許して欲しい」

「ケアド殿、お早く……」

「では、皆さん」

 トドリムの緊張がゆるみ切った声を聞き、高等神官が彼等の座する場へと戻っていく。その様子にノイシュは息を吐いた。


「……みんな、行こう」

 脇からマクミルの声がした途端、足早に幕舎を出て行く彼の姿があった。隊長に続いてヴァルテ小隊の仲間達が次々と部屋を後にしていく。ノイシュは眼を細めて机の上に置かれた地図に視線を向けた。


――レポグントの兵数が四百強に対し、自軍は百九十……たとえ高等神官の計略通りに事が進んだとしても、激戦となるのは変わらない……この戦いで僕達は全員、生きて帰れるかな――

 ノイシュは強くかぶりを振り、無理に思考を変えた。


――違うっ、勝たなくちゃいけないんだっ……バーヒャルト要塞で起きた悲劇を、これ以上繰り返さない為にも……かつて僕が守ることのできなかった孤児達をこれ以上、生み出さないためにも……っ――


 ノイシュは自分の胸に手を当てて眼をつむった。作戦は決まった。あとはいかに自分達が全力を尽くすか、だ――

 ノイシュは目を開けると、幕舎の出口へと足を踏み出した。

 

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