第Ⅰ章 第3話 ~帰郷~

~登場人物~


ノイシュ・ルンハイト……主人公。男性。ヴァルテ小隊の術戦士で、剣技と術を組み合わせた術剣の使い手


ミネア・ルンハイト……ノイシュの義妹。女性。ヴァルテ小隊の術戦士で、霊力を自在に操る等の支援術の使い手


マクミル・イゲル……ヴァルテ小隊の隊長。男性。ヴァル小隊の術戦士で、増強術という支援術の使い手


 ウォレン・ガストフ……ヴァルテ小隊の隊員で、戦士。男性。あらゆる術を無効化する術耐性の持ち主


 ノヴァ・パーレム……ヴァルテ小隊の隊員で、術士。女性。様々な攻撃術の使い手


 ビューレ・ユンク……ヴァルテ小隊の隊員であり、術士。また修道士でもある。女性。回復術の使い手







 目の前で広がる光景に、ノイシュは声を詰まらせた。

――……何だ、これ……っ


 となりに立つミネアに顔を向けると、彼女もまた為す術なくたたずんでいる。ノイシュは再び眼前にそそり立つ建物を見やった。それは生家、と言うよりも廃屋といった方が正しかった。

 

 外壁はあちこちで漆喰しっくいがれて泥塀どろべいが露出している。天井の煉瓦レンガは半分ほどが屋根から割れ落ちており、乱雑に生えた野草が侵入者を寄せつけまいとするその有様は、とても自分達の住処すみかだったとは思えなかった――


「ベルム村長、一体どういうことです」

 ノイシュは眉間みけんに力を込めると、すぐ側で禿頭はげあたまを掻いている老人に顔を向けた。


「うちの管理と修繕しゅうぜん、お願いしてましたよね。お金返して下さい……っ」

「いやな、教会の方はちゃんと手入れをしっとったんだがな、その、何しろワシ一人では手が回らんでな……っ」

 村一番の指導者は消え入りそうな理屈を垂れると、慌てて廃屋の中へと消えていく。


 思わず隣に顔を向けると、困惑しつつもどこかあきらめの微笑ほほえみをたたえる義妹の表情がそこにあった。


――仕方ない、行こう……

 ノイシュはかぶりを振ると、雑草をき分けて入り口へと向かった。玄関をくぐり床板に足を載せた途端、柔らかい感触がして僅かに身体が沈み込む。どうやら雨風が入り込み、床をくさらせている様だった。


 ふとそこで眼がくらむのを感じ、眼を凝らすと天井から直射してくる陽光や風化に負けてぶら下がる木材が視界に入る。床には木片や皿の破片のほか、父の遺品である長刺剣ちょうしけんさえも転がっていた。


 ノイシュは父の形見を拾うと、たまらずにかぶりを振った。きっとどの部屋も似たような状況だろう。住む者のない家屋はもろいと聞くが、自分の生家がこうも荒れ果てるとは――



「まぁ、しばらくゆっくりするといい……」

 不意にべルムが向こうの部屋から姿を見せるや、そのまま足早に去って行こうとする。そんな彼に、ミネアが近づいていった。


「あの、私達の他に、誰かここを訪ねて来ませんでしたか……」

村長は静かに首を振った。

「いんや、誰一人帰って来んかったよ。オドリックはもちろん、あの孤児達もな……あんたらだけさ」

 ノイシュは思わず顔を伏せた。期待はしていなかった。でも――


「じゃ、わしは行くよ」

「村長様、有り難うございます」

 去っていくべルム村長とお辞儀するミネアの姿を見据えながら、ノイシュは再びため息をついた。


「……ミネア、とりあえず今夜は教会で寝泊まりしようか」

 義妹は顔を上げると、ゆっくりと首を横に振った。

「うぅん、ずっとこの家を放っておいちゃったし」

 そしてこちらに振り向くと、彼女は静かに微笑んだ。

「このまま帰れないよ、片付けなきゃ」


「……そうだな。これ以上、そのままにしたら本当に崩れちゃうかもしれない」

 義妹が静かにうなずくと、床に散らばった木片を集め始めていく。ノイシュはもう一度だけ息を吐き、彼女と同じく腰を屈めた。





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