第4話 志呂
狛が帰るのを横になりながら見送った女性は心の中で、
(白虎様、ありがとうございます)
と感謝した。
女性は目の前で着物にくるまっている吾子の寝顔を見つめる。
(この子にこれ以上ひどい目にあわせたくない。なんとか、ここから抜け出さないと)
あの時のようにーー
女性が村に住んでいて、志呂(しろ)と呼ばれていた時。
両親がはやり病にかかり、かかさまが先に亡くなり、ととさまもあとを追うように亡くった。
かかさまと、ととさまが亡くなった時、村の人が弔いをしてくれた。
その時、私は13歳頃だったように思う。
2人が突然いなくなり、残してくれた食料で毎日何とか飢えを凌いでいた時、村長(むらおさ)の息子、以都(いと)が家に入ってきた。
「志呂、これからどうするんだ?」
と聞いてきた以都の顔に狂気を感じ、逃げなくては、と動こうとしたのだが、足がもつれてしまい立ち上がることができない。
以都はもたついている志呂をあっという間に押し倒すと体の上に乗り、帯を解くと着物を脱がせ始めるが志呂は体がすくみ動けずにいた。
その様子を以都は楽しそうに見下ろし、志呂の足を広げると、何か固いものが入れられたことが下腹部から伝わってきた。
志呂はあまりの痛さにただ泣くことしかできなかった。
気づくと以都はいなくなっており、1人裸のまま家の中央に横たわっていた。
何が起こったのかよくわからず、呆然としたまま、その日は夜が明けた。
だが、それはその日だけで終わることではなかった。
翌日も以都がきたが、1人ではなく3人の男性と一緒に家に押し入ってきた。
体の大きい村人を相手に何もできることなく、4人の男性達に手や足を押さえつけられ、着物を脱がされると、押し倒され体の上に乗っかられた。
痛みを感じ、泣き叫ぶが一向に終わらない行為に志呂は泣き疲れ、意識を失ってしまった。
そんなことが毎日続いた。
体の異変に気付いたのは以都から初めて暴行を受けてから半年が経過した時だった。
両親の残した食料も底を尽きかけていて、あまり食事を摂らないでいたので、食欲がないことはおかしなことではなかったが、下腹部のみが膨れてきたのが不思議だった。
だが、それでも以都たちは毎日志呂に暴行を繰り返し、日に日に下腹部も大きく膨らんできていた。
毎日が始まるのが苦痛になってきたある朝、突然お腹が痛くなり、動けなくなった。周りに頼れる人などいない志呂は痛みに耐えるしかなかった。夜になると以都たちはきたのだが、呻いている志呂を気持ち悪く思ったのか、何もせずに出て行ってしまった。
その翌日の明け方近くに、下腹部から何かが出てきて、痛みから解放された。
志呂はそれが何なのかわからなかったが、泣いている声が聞こえたので近くにあった布で体を拭くと自分と同じ、白い肌をした人間だとわかった。
慌てて志呂が着ていた着物を脱いで、その人間に着せた。
その人間を胸のあたりに抱きかかえると、胸のあたりを吸うような動作をしていたが、意味が分からないので人間の好きなようにさせていたら、胸の先端にある飛び出たところに口をつけ、一生懸命吸っていた。
志呂はこそばゆい思いを感じながらも人間の好きなようにさせていたら、眠り始めてしまった。
人間を布団の上に置き、その横に志呂も横たわるといつの間にか深い眠りに落ちていった。
次に目を覚ました時は家の中がだいぶ暗くなっていて、以都たちがそろそろくるのでは、と思っていると、人間が突然泣き出したので、慌てて胸に抱きかかえると、また何かを吸う動きを見せた。
志呂は迷わずに先ほどと同じように胸の先端に人間の口を持っていき、吸わせた。
泣き止んだことにほっとしたその時、以都たちが手に蝋燭を持って家に入ってきた。
ぼんやりとした光の中で、志呂と人間を見た以都たちは、ひっ、と声を上げるとあっという間に家を出て行った。
志呂は以都たちが出て行ったことにほっとし、人間に胸を吸わせ続けた。
その翌日、障子が破れるような音が聞こえ、目を覚ますと、石が投げ入れられていた。
志呂は家の奥側のほうで眠っていたので、石に当たることはなかったが、外がなにやら騒がしいので、耳を澄ませてみると、
「白蛇と交わって子供を産んだ女など、早くこの村から出て行け!」
「白蛇を殺した女、早く出て行け!」
と大勢の人が口々に叫んでいた。
その声に恐怖を感じ、動けずにいると、だんだんと声が収まってきたのを感じた。
志呂はここにいてはいけない、と身の危険を感じ、着物や、鍋、桶などを着物にひとまとめにすると、夜が始まってすぐに人間を抱いて家を出た。
暗い夜道で先行きも見えなかったが、水汲み場の近くにやってきた。
途方に暮れて、あたりを見回すと、離れたところに茅葺の屋根が見えたので慎重に歩きながら、茅葺屋根を目指した。
到着した茅葺屋根の家はかまど以外、何もなかった。
最低限の手入れはされているようで、直前まで誰が住んでいたのかもしれない。
志呂はとりあえず中に入ると、荷物と人間を降ろすと持ってきた着物を広げるとその上に人間と一緒に横たわるとあっという間に眠りに落ちてしまった。
次の朝、目覚めて、人間を吾子と呼びはじめ、胸のあたりに吾子の口を寄せて吸わせる。
志呂はお腹がすいているのを感じたが、食べるものなど何もなかった。
吾子が落ち着いてから、外に出て、家の周りを確認すると、栗が落ちていたので、それを拾った。
その後、桶を持って水汲み場に行き水を汲んでかまどの近くにある壺に水を入れた。
何往復かするとだいぶ壺に水が溜まったので、再度外に出て、落ちている枝を拾い集めると、家に戻り、かまどの火を起こした。
かまどの上にはすでに鍋が置いてあったので、それに水を入れて、拾った栗をゆで始めた。
茹でた栗を食べながら、志呂はこれからのことを考えていた。
食料がいつまで手に入れられるのか不安で、吾子のこともある。
志呂はぼんやりと、いつ、死を迎えるのか、考え始めていた。
以都たちからの暴行がなくなり、ほっとしたのもつかの間で、あっという間に以都に居場所がばれてしまった。
その夜からまた、暴行を受ける日々となったが、前と違ったのは食料を持ってきていたことだった。
暴行をする詫びに食料を置いていくことにしたのだろうか。
志呂は躊躇いながらもそれを受け入れざるを得なかった。
受け入れれば、食料が手に入る。食料が手に入らなければ死を迎える。
食料を手に入れて、体力をつけて、ここから逃げ出そう、そう思った。
あの日。
吾子を産んでから5年近い年月が流れた。
志呂は体が回復するどころか、どんどんと弱っていき、今は起き上がるのさえ辛い状態になった。
私が死ねば、吾子も死んでしまうだろう。
もう、それでいいかもしれない。
隣で寝ている吾子に、
「ごめんね、吾子」
と小さく呟く。
その時、障子の前から声が聞こえてきた。
「失礼します。狛(はく)です」
それは今朝、吾子を救ってくれた白虎様の付き人の声だった。
志呂は声を振り絞り、返事をすると、狛が中に入ってきた。
気づけば、外は黄昏時を迎えていたようで、うす暗くなっている。
「ああ、起き上がらなくても大丈夫です。娘さんの着物を繕ってきました」
狛は抱えていた風呂敷を広げると、着物を1枚取り出した。
「あと、食料と布団をお持ちしました」
一旦外に出ると、狛は布団を一式持って入ってきた。
志呂の近くに布団を敷くと志呂の体を支え横たえる。
その次にあこをくるんでいた着物をとり、さらに着ていた着物を脱がせると、風呂敷から草色の着物と同じ色の紐を出してきた。
その着物をあこに着せると狛は一つ頷き、志呂の近くに横たえるとかけ布団を掛けた。
「あたたかい……」
志呂はひさしぶりの暖かさに安堵の声が出た。
その様子を見て、ほっとした狛は、
「食事を作りますので少し待っていてください」
と声を掛けると、2つの蝋燭に火をつけて、1つは玄関近くに置き、1つはそのまま持ってかまどに行った。
蝋燭を種火にして火を起こすと蝋燭をかまどの上に置き、鍋に残っている料理に水を足すと、切り刻んだ野菜を入れ始める。
そのまましばらく鍋を見ていたが、何かあったのか、外に行くと水を汲んだ桶を手に戻ってきた。
その水を壺に入れると、また外に出る。
しばらくするとまた外に出て水がはいっている桶を手にして戻り、壺に水をいれる。
「ここまで入れれば大丈夫かな?」
と呟くと、桶を玄関近くにおいて、かまどに戻る。
煮えてきたところで、風呂敷から、茶碗と匙を取り出すと、茶碗によそい始めた。
茶碗に匙をいれると志呂の元に戻ってきて、少し冷ましてから、口元に近づけた。
志呂は口をあけて、それを食べると、
「おいしいです」
と話した。
「よかったです。食べられるだけ、食べてください」
狛は様子を見ながら志呂の口元に匙を寄せて食べさせた。
茶碗の半分ほど食べたところで、
「もう大丈夫です。ありがとうございます」
と狛に伝える。
狛は頷くと、かまどに戻り、残った料理を鍋に戻した。
そのまま茶碗を壺に入っている水で軽くすすぎ、かまどの上に置いた。
かまどと蝋燭の火を消すと、志呂の近くにより、
「娘さんが起きないうちに帰ります。また近く様子を見に来ます」
と一礼をすると、玄関の蝋燭を持って障子をしめた。
今朝と同じように、横になったまま狛を見送ると、
(白虎様、ありがとうございます)
と礼を伝え、暖かな布団にくるまって眠りに落ちていった。
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