第2話 久知国の守り神、白虎

 白虎は吾子あこと水の入った桶を背中にのせて雪の積もる道をゆっくりと進んでいる。

 背中に乗せている吾子あこはとても軽く、意識していないと、どこかに落としたのではないかと思うほど。

 吾子あこの年齢は不明ながら、体は小さく、手足は骨が見えるほど細い。

 食事が満足にとれていないことを感じさせる。

 着ている物も雪が積もるほど寒いのに、薄手で膝丈の着物1枚という恰好、足元の草履も底が擦り切れていて役に立っていない。

 白虎は吾子あこの置かれている環境がひどいものだと感じた。


 考えながら歩いていると吾子あこから、ここ、曲がる、と言われて指示された方向を確認したが、ちゃんとした道ではなく、何人か歩いて踏み固めたような道だった。

 だが白虎は言われた通りにその道に分け入りゆっくりと歩く。


「あこ、毎日食事しているのか?」

 背中で首をふる動きを感じる。

「なぜ食事できないのだ?」

「しょくりょうがない」

「今までどうしていたのだ?」

「たまにくる、むらのひとがおいていく」

 その声が怯えを含んでいたので、さらに質問する。

「なぜ、たまに村人がくるのだ?」

「……おんなのひとに、ぼうりょくをする」

 白虎は、ふむぅ、と唸ると、

「暴力はあこだけじゃないのか?」

 背中で頷くような動きを感じる。

(白蛇を殺したと言って、女性に暴力をふるうなんて、ひどいな。何か禁忌を犯したのか?)

 白虎が考え込んでいると、目の前にあばら家が見えてきた。

「ここ」

「ここがあこの家ということか?」

 茅葺の屋根は修繕をしていないようで、所どころ茅が腐り落ちていて、入口の障子もまた穴が開いている箇所があった。

 白虎は建物に近づくと、体をべたっと伏せる。

 吾子あこはゆっくりと白虎の体からおりると、水の入った桶を両手に抱え、足を引きずりながら家に向かい障子を開ける。その隙間からちらりと見た女性はもう長くないだろうと感じた。


 白虎はそのまま、障子が閉まるのを確認すると、立ち上がり、自分の屋敷に帰るために吾子あこの家をあとにした。


(この周辺で白蛇を祀っているところはないはずなんだが)

 雪道を歩きながら、自分が守っている久知国くちこくを頭に思い描き、確認する。

 この国は白虎を崇めているため、白蛇信仰はないはずだ。

 そのことは久知国くちこくに住んでいる人間にとっては誰もが知っている。

(それなのに、なぜ、白蛇を殺したというのだろうか?)

 白虎はがぜん興味を覚えた。

(ひさしぶりに我の姿を見た人間、助けてやりたいな)

 白虎はしっぽを左右に揺らしながら、屋敷に向かう雪道を進んでいった。


 家に戻った吾子あこはかまどの近くにある水瓶に汲んできた水を入れる。

 昨日、食料が手に入ったので、かまどの火を起こすと、桶を足もとに置き、その上に乗る。

 かまどの上には鍋があり、米と干し肉を少しだけ入れて多めの水で煮込み始める。

 出来上がるまでに時間がかかるので、その間に女性に声を掛けようと近くに寄るとすでに起きていた。

吾子あこ、おはよう」

 女性の声に吾子あこは、こくん、と頷く。

「こめあるから、つくっている」

「ありがとう」

 それだけ言うと女性はまたすぐに目を閉じた。


 吾子あこはかまどに戻ると、桶の上に乗り、鍋の中を確認する。

 少し米の形が崩れ、水も半分になっていたので、木の枝で中身を少しかき回した後、木で作った匙で皿に取り分け、女性の元に持っていく。

 女性は起き上がるのもやっとだが、匙と皿を渡すと吾子の作った料理を食べ始める。

 一口、二口と食べたところで女性はお皿を吾子に渡すが、皿の上には半分以上残っている。

「あとは吾子あこが食べなさい」

 女性はそれだけ言うと薄い布団に体を横たえる。

 吾子あこは頷き、女性の近くで皿に残った米と干し肉をゆっくりと食べ始めた。


 白虎は久知国くちこくの外れにある山の中の屋敷に戻った。

 屋敷の最奥、白虎が寝起きする場所にゆっくりと伏せると、1人の男性を呼び出す。

 しばらくすると、障子を開ける音が聞こえ、男性が顔をのぞかせる。

「白虎様、おかえりなさいませ。私になんの用がありますか?」

「戻った。中に入れ」

 板間の廊下で正座をしている男性を部屋の中に招き入れる。

 男性は言われた通り、後ろ手で障子を閉めると白虎の元に近づく。

はく、聞きたいのだが、この久知国くちこくで白蛇を祀っているところはあるか?」

「ないです」

 はくと呼ばれた男性ははっきりと否定する。

「だよな……」

 白虎がため息と共に答える。

「なにかありましたか?」

「いや、ひさしぶりに我が見える子供がいてな」

 白虎は楽し気に話しているが、はくは、はぁーと大きくため息をつくと、白虎をきっ、とにらむ。

「白虎様、その子供を保護しようとしていますよね? そして、教育係として私を使おうとしていますよね?」

「さすがだはく。長い間そばにいることはある」

「呆れすぎてなにも言えません」

 はくはそう言うと、話しは終わったとばかりに立ち上がる。

「……その子の母親は間もなく死を迎えるのは明白でな。小さな女の子が1人残されそうなんだ」

 白虎はわざと悲し気に話す。こうするとはくの態度が変わるのを知っているからだ。

 案の定、はくは立ったまま固まり、悲しそうな顔を白虎のほうに向ける。

「保護してどうするのですか?」

 と白虎に確認してきた。

「まず、ちゃんと食事を与え、感情を教えようと思う」

 白虎の言葉に理解できない部分があるのか、はくが首を傾げる。

「感情を教えるというのはどういうことですか?」

「うむ。その子は村人から暴力を受けていてな」

「何か禁忌を破ったのですか?」

「それがはっきりとしない。白い髪と肌、赤い瞳で白蛇を連想させるからか、白蛇を殺した女の娘、だから迫害するらしい」

「白い髪と肌、赤い目……確かに白蛇を連想させますね」

 はくは立ったまま、考え込む。

久知国くちこくでは白蛇信仰がないのに、なぜだか不思議でな」

「だから、白蛇を祀っている、と聞いたのですね……」

 はく白虎の近くに座り直すと、うんうん、と頷き納得する。

「いつ保護するのですか? 何を用意すればいいですか?」

 納得したはくは矢継ぎ早に白虎に質問を投げかける。

「保護はもう少し先になると思うが、早めに女児の着物と上掛けを3着ほど仕立ててくれ」

「着物ですか?」

「ああ。今着ているのは丈が合っていなくてな。ずいぶんと寒そうな恰好をしているのだ」

「ううっ。母親を亡くして、薄い着物しか身にまとっていないなんて悲しくなります」

「いや、まだ母親は生きているからな」

 はくが暴走しそうなので、くぎを刺しておく。

「それと履物も準備してくれ」

 はくはうっすらと涙を浮かべた顔で頷く。

「それと部屋なのだが……」

「あっ、それは大丈夫です。こんなに無駄に広い屋敷なので、白虎様と私が使う部屋以外、10部屋以上あいていますから!」

 白虎は苦笑いを浮かべた後にはくの顔を見る。

「では、隣の部屋にしてくれ。ついでにはくの部屋をその隣にしてくれ」

「わかりました。他にありますか?」

「今思いつくのはそれだけだ」

「はい、わかりました。では準備をすすめていきます」

「よろしく頼む」

 はくは一礼をして、部屋を出ていく。

 白虎は伏せたままはくを目で追い、出て行くのを確認したあと立ち上がると、布団に近づきそのままゴロンと寝転がる。

(ああ、そうだ、名前も決めないとな)

 吾子の女性が呼んでいたのは私の子供、という意味で吾子と呼んでいるのだろう。

(よい名前を贈ってあげたいな)

 白虎はにやにやと笑いながら、ひとり名前を考える作業に没頭しはじめた。

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