頭と心が喧嘩してる

他山小石

わかってても痛いものは痛い

 もう返事がない。

 明るく、大きな笑い声。それはもう聞こえない。

 裕也くんの思い出が、わたしの頭の中をかき回す。大学時代から3年つきあってきた。

「お前、俺が何の返事もなく消える男だと思ってんの?」

 消えた、消えちゃったよバカ野郎!!

 連絡は一方的に切られた。


 コンビニで買ってきたアイスとにらめっこ。

 ほら、わたしバカみたいでおかしいだろ? 笑ってみろよアイスクリーム。


 彼の裏垢を見つけた。

 たまたまだった。

 たぶん、たぶんだけど。わたしへの不満があふれてた。

「見るな!」

「お前は絶対してはいけないことをした!!」

 ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。


 わたしはなんで謝ってるんだろう?


 次に通話できた時、許してもらえるか聞いた。

「え? なんのこと?」

「なんで? 何も覚えてないの?」


 そのまま通話は切られて、連絡はつかなくなった。


 どこにいってもつまらない。

 なにをしてもつまらない。


 思い出が、頭の中からあふれかえる。

 つららみたいな石がぶらさがってる鍾乳洞にいった。

 洞窟のなかは薄暗くて、しっとり濡れていて、足元も滑る。

 隣にいる明るい彼が、頼もしかった。


 雪が降った時、大きな雪だるまを作るには足りなくて。

 こんもり盛られた雪山にトンネル作ったこともあった。

「はい、開通」

 彼は子供がやる砂遊びみたいに、はしゃいで。トンネルの中で握手したっけ。

 頭と心が喧嘩してる。


 頭ではわかってる。

 裏垢で言いたい放題して、見つかったら逆切れして。

 逆切れしたことすら忘れて。


 頭の中ではわかってるのだ。

「クズ」と縁切れてよかった!

 でも、心が叫んでる。

 心は、まだあの男を求めてる。くやしい。

 くやしいくやしいくやしい。


 ひとことぐらい文句言わせろ。せめて。

「さよなら」

 そう言ってほしかった。そう言ってくれたら、わたしも楽だったのに。


 あの人は逃げたんだ。わたしから責められるよりも、わたしが傷ついて終わることを選んだんだ。

「うそつき」

 一か月連絡がないこともあった。とくに忙しいわけでもないのに。

 もしかして、何も言わずに、わたしの前からいなくなるんじゃないかって。不安に思ってた。

「俺が何の返事もなく消える男だと思ってんの?」

 消えたんだよ!


 嘘つき嘘つき嘘つき。

 アイスをスプーンでつつく。何度目だろう、つつくの。掘り進められて。

 まるで……。

 トンネルでも作ろうとしてる? バカじゃないの。



 何が間違ってたんだろ? 目の前のアイスクリームは、もうどろどろ。

 わたしの頭もどろどろ。はぁ。棚の上のぬいぐるみが目に入る。裕也とゲームセンターでとったものだ。

 今見たら、みすぼらしい、ピノキオのぬいぐるみ。


 ピノキオは正直に生きて、人間になりましたとさ。

 でも、心を持つから苦しむんだよ。嘘つきの人形の方が楽だったのに。


 心と頭が喧嘩する。まだ終わりそうにない。

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頭と心が喧嘩してる 他山小石 @tayamasan-desu

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