アイスとキス

紺藤 香純

第1話 祖母の墓前で

 ――まっすぐな道でさみしい



 種田山頭火の句が脳裏をよぎった。

 永い眠りについた祖母が、火葬炉に運ばれる。

 火葬炉の扉は、この世とあの世の境界のようだ。

 日本人は、ほぼ100%が火葬場に運ばれ、火葬される。魂のない本人が本人としての原形を留めることができるのは、火葬炉の扉が開くまでだ。

 唯一の家族であった祖母の最期と最後を見送り、遠藤えんどうりょうは独り想像した。

 火葬炉の奥には、きっと、あの世に続く道がある。独りで進まなければならない、寂しい道程だ。



 四十九日法要の後、祖母は祖父と一緒の墓に入った。清々しい秋晴れの日だった。

 近しい親族は、いない。縁戚には、四十九日は簡単に済ませることを伝えてあるため、事前に檀家の住職と相談して、法要は了だけが参加した。

 墓の前で、了は手を合わせた。

 涙は出ない。もう27歳なのだ。泣いていられない。

 祖母の家を片づけて自分はアパートにでも引っ越した方が、税金や維持費、世間体も良いだろう。

 仕事も、アルバイトでなくて正社員になれる職場を探さなくては。高卒で無資格のアラサーには難しいが、今から安定した収入を目指して行動しなくては。

 ざり、と砂が鳴き、了は振り返った。

 喉が熱を帯び、うずく。熱は気道から肺、心臓に達し、胸が熱くなる。

 衝動を押さえることができず、了は口を開いた。

真澄ますみちゃん」

 相手は静かに頭を下げた。

 秋沢あきさわ真澄。

 了より3つ年上で、昔は近所に住んでいた人だ。

 言いたいことはたくさんある。伝えたいことも、山のようにある。喉が熱いのに、言葉が出ない。

 真澄は了に歩み寄り、表情を捉えて儚げに微笑む。

「大きくなったね、了」

 昔は同じくらいの身長だったのに、いつの間にか了の方が大きくなっている。

「お祖母様のこと、この前人づてに聞いたんだ。ご愁傷様でした。今更、心ばかりですが」

 真澄は袱紗ふくさから御佛前の香典を出し、了に渡そうとする。

「いいよ、気にしないで。きっと、ばあちゃんも望んでいないから」

「でも、お祖母様にはお世話になったし、迷惑をかけたし」

 真澄は昔と変わらずに綺麗な顔をして、黒目がちな瞳を震わせる。もう30歳になるだろうに、そんな風には見えない。

 真澄は、悔やんでいる。自分の事情に、了や了の祖母を巻き込んでしまったことを。

 了は靴先がぶつかるまで真澄に近寄り、抱きしめた。

「お祖母様の前で、何を」

「ばあちゃんは、知っていたよ。真澄ちゃんと俺のこと。だから、大丈夫」

 多分、という言葉は飲み込み、了は目を伏せた。

 今までどこにいたの。

 何をしていたの。

 そばにいたかったのに。

 いっそのこと、心中とか駆け落ちしたかったのに。

 胸の中に言葉が流れ落ちてゆく。

 了は深く溜息をつき、堰を切ったように涙があふれた。

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