第7話 真相

「それほど大きな運動量は必要ありません。船の後方に向かって、壁を力一杯蹴るだけで十分です」

 宇宙服を着て気圧室チャンバーに入ったカーマインに、シジナが話す。

 室内の空気が抜けると、カーマインは外への扉を開けた。

 そこは、一面の黒い世界だった。相対性理論が描く歪んだ空間だ。意図的にここへ飛び出した人物は、歴史上存在しない。

 カーマインは振り返ると、窓越しに手信号を送った。

よい旅をトリム・テ・タータ

 壁を蹴る。

 扉の外は、重力発生装置ボラドネインの効果範囲外だ。四方八方から引力を受けた。体があらゆる方向に引き伸ばされ、かと思えば押し潰される。

 ヒュイスタム号はすぐに見えなくなった。周囲には何もない。完全な闇だった。

 カーマインは恐怖に支配された。本当に入り口から出られるのか。それとも、体を引き裂かれて死ぬのか。出られたとして、それは「いつ」なのか。

 だがそれと同時に、カーマインは興奮もしていた。

 自分はいま、宇宙を一人で旅している。シジナやツタルタほどではないが、カーマインも好奇心の塊だった。ワームホールの中で人の体はどうなるのか、何が見えるのか。その疑問がいま、すべて解けた。

 どれほど時間が経ったのか、わからなかった。

 カーマインは視界の先に、小さなホワイトノイズを見た。それは急速に近づいてきたかと思うと、あっという間に視界のすべてが白く染まった。

 白い靄。出口に着いたのだ、とカーマインは理解した。

 靄はすぐに形を作った。遠くの小さな銀河から、徐々に近くの星々が見えてくる。

 そしてカーマインの目に映ったのは、双子衛星のミナシバとミナルサだった。見間違えようがない。半月チカのミナシバと、準半月イチカのミナルサだ。

 港が見えた。ヒュイスタム号は見当たらないが、ヒュイスタム号の次の順番を待っていた船が見えた。

 もしかして、戻って来れたのか。同じ時刻に。

 その光景を見た瞬間、カーマインの脳裏に閃くものがあった。

「何者だ」

 カーマインの通信機に、ロボットの声が届いた。港の巡視ロボットが高速で飛んでくる。そのロボットに向かって、カーマインは叫んだ。

「私はヒュイスタム号の船長キャップ、カーマインだ! すぐに、地球側の港に連絡してくれ! 私の船に、変身したテロリストが乗っている。その人物の名は——」


***


「無事でよかったです、船長キャップ

 病院にシジナが見舞いにきた。カーマインはベッドに寝たまま、顔だけ向けた。

「無傷で出られるんじゃなかったのか」

「命に別状はない、と言っただけです。それに死亡例もあります」

 カーマインは港のロボットに保護されたあと、病院へ運ばれた。

 港の職員はカーマインの叫んだ言葉を信じ、すぐさま地球側の港に連絡を取った(連絡はワームホールを通じて瞬時に行われた)。地球側の港でも、シジナとヨグが港の警備隊に事情を説明していた。専用装置で変身装置カシピラを見破り、無事に犯人を捕らえていたのだ。

「地球側の港に着くまでに、テロリストが暴れたらどうしようかと不安でしたが……全員で監視し合っていたら、なんとかなりました。でも、よく気が付きましたね。犯人がネイタイさんだったなんて」

 トイレの死体は、ネイタイのものだった。テロリストは彼に変身していたのだ。

「当てる意味はなかったみたいだけどな。俺の伝言が伝わる頃には、捕まってたみたいじゃないか」

「ええ。正直、もっと早く当ててくれと思いました」

 シジナは無遠慮に言った。

「それで、どうしてネイタイさんがテロリストだと、わかったんですか?」

「……出発前に、彼と話したんだ。彼は食堂から窓の外を見て、こんなことを言っていた」

 カーマインは、そのときの会話を再現した。


『ワームホールに入るときの景色が好きなんです。二つの星が混ざっていく様子が、すごく』

『ミナルサとミナシバ?』

『ええ、はい』


「? それがどうしたんですか?」

「おかしいと思わないか? ワームホールに入るときに混じりあっていく星といえば、ミナルサとミナシバ、そしてヘリオト星の、三つだ。二つじゃない。ヘリオト星人なら、こんな言い間違えはしない」

 ヘリオト星人なら、ワームホール入り口からの写真を見たことのない者はいない。ワームホールに進入するときの映像も。それらはたいてい、ミナルサ、ミナシバ、そしてヘリオトの三つに焦点が合わせられている。だから、実物を見たことがなく、映像だけで憧れを抱いてきた者は、「三つの星が混ざっていく」と表現するはずなのだ。

「……ヘリオト星人でないなら、地球人だと?」

「ああ。地球には、ヘリオト星と違って衛星がひとつしかないんだ。だから、地球でよく見る写真には、星が二つ写っているんだよ。それで、こんな言い間違えをするのは、その写真を見慣れた地球人に違いないって思ったわけだ」

「……」

 シジナは、まだ納得しかねていた。

「疑問です。テロリストのくせに、星を美しいなんて思うんですかね」

「そりゃ思うさ」

 カーマインは微笑んだ。

「星は、誰から見ても美しいものだ」

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【改訂版】11人の方程式 黄黒真直 @kiguro

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