2.

 巴高校は、今はもうない。

 十年以上前に閉校して、今はサッカーやラグビーができる大きな運動公園になっていた。

 日吉はかつて、その学校に通う学生だった。

 勉強ができるとか運動神経がいいだとか、顔がいいとかおもしろいとか。いずれかにおいて主人公になれるようなものではない、ごくごく平凡な学校生活ではあったが、友人にも恵まれ、充実した毎日を送っていた。

 良いものも悪いものも、思い出はたくさんある。時々、不意に思い出しては無性に懐かしくなる。

 特に部室での出来事は、どうでもいいようなことばかりを鮮明に思い出すのだ。

 生徒数の増加にともなって増築を重ねに重ねた校舎は迷路のように複雑で、たとえば、三階を歩いていたはずなのに渡り廊下を進んだ先が二階であるとか、隣の棟に移動できるのは特定の階だけだとかそういうことがよくあって、新入生や来客は必ずと言っていいほど迷子になる。

 その校舎のもっとも古い一角に演劇部の部室はあった。

 生徒玄関から渡り廊下をまず一つ。

 職員室の前の長い廊下を急ぎ足で進んで二つ目の渡り廊下へ。ここは下り坂。次の棟とは大きな高低差があるのだ。

 そこを越えて、もう一つの棟への分岐点を迷わず左に曲がれば部室がある棟に入る。

 理由は知らないけれど、ドアが二重になっていて、二つ目を開けてようやく部室に到着ということになる。

 ここまで三分弱。

玄関で靴を履き替える時間も入れれば、確実に三分は越える。

 普段の学校生活においてはそんなことはどうだっていいことだったが、部活の時、特に土日の活動日の昼食のためにはとても大事なことだった。

美味しいカップ麺を食べるためには、三分を切るかどうかは大きかったのだ。

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