第8話 アイテムショップの美人姉妹

 白銀の鎧を纏った騎士――その正体は、アイテムショップの美人オーナー兼店員のメル――に窮地を救われたライナス達は、スケルトン軍団がすべて動かなくなっていたこともあり、数体の妖魔と戦闘になったものの、無事迷宮から脱出することができた。


 ただ、今回の戦利品と言えば、あまり価値のないスケルトンや妖魔の魔石がいくつか手に入ったのみ。全て併せても、仲間のロッドに充魔すればきえてしまうほどのものだった。


 それに対して、ライナスがメルに対して負った借金は、『アミュレット・オブ・ザ・シルバーデーヴィー』を使って彼女を呼び出した代金、百万ウェンだ。


 今のところ、そんな金は手元にない。

 返済期日の指定はなかったので、早めに貯めて返しに行こう、ぐらいにしか思っていなかったのだが、その細めの腕輪を身につけていた右腕を見て、彼は驚愕した。


 肌に密着……いや、融合するように張り付いており、一部、肉片に埋もれているようにさえ見えたのだ。

 傷を負っていたり、解毒された者の体力が回復していない仲間もいたので、一緒に診療所で見てもらったのだが、医師曰く、ライナスが最も深刻な状態、とのことだった。


 その右腕の状態は、いわゆる「呪い」を受けており……その医師は呪いの専門外なので断定は避けたが、


「術式を解除しないと、近いうちに左手が腐って落ちるかもしれない」


 と、衝撃的な診断を受けたのだ。

 ライナスは仲間と別れ、慌てて「魔法堂 白銀の翼」へと向かった。

 既に夕刻にさしかかっていたのだが、この店は普段からそのぐらいの時間からしか開いていないと知っていた。


 ただ、不定期に連続で休業することがあると聞かされていたのが怖かった。

 裏通りにひっそりと佇むその店は、開いていた。

 そのことにほっとしながら、彼は店内に入った。


「いらっしゃいませーっ!」


 と、元気な女性の声に出迎えられる……メルではなかった。

 小柄なメルよりもさらに小柄で、若いメルよりもさらに若い……まだ十代半ばに見える、緑の作業着姿の、綺麗な顔立ちの元気な少女だ。


 この店の怪しげな雰囲気と、その明るく無垢な笑顔の美少女にギャップを感じて戸惑う……が、それどころではなかった。


「あ、あの……メルさん、いませんか?」


「えっと、姉ですか? 今日は遅番で、深夜から店先に出てくる予定です……私で良ければ、用件伺いますよ」


 ニコニコと愛想良く笑顔を浮かべる可愛らしい店員。だが、それを微笑ましく思う余裕が、彼にはなかった。


「あの、えっと……ここで買ったアイテムを使うと、腕がこんな風になってしまって……」


 彼はそう言って、左手の袖をまくり、腕輪の状態を見せた。

 それを見た女性店員は、一瞬で目を見開き、両手を口元に当てて数秒間固まった。


「ちょ……ちょっと待ってください、すぐに姉を呼んできます!」


 そう言い残して、バタバタと店の奥へと駆けていった。

 その様子に、一層不安になって店先で待つライナス。

 奥の方で、さっきの若い店員が大騒ぎしている。


 しばらくして、ひどく慌てた様子の、さっきの若い店員に連れられて、部屋着で眠そうなメルが姿を表した。


「いらっしゃいませ……ライナス君、無事帰ってこられたんですね……まあ、貴方の腕なら、心配はしていませんでしたけど」


 と、眠そうながらも一応お客向けの笑顔で彼に挨拶をした。


「もう、姉さん、それどころじゃないでしょう? 見て、彼の右腕!」


 ライナスはメルの妹の言葉に、再度左手の腕輪を差し出した。


「……ごめんなさい、説明していませんでしたね……その腕輪、使用されたら私が『解呪』するまで、その状態になるの。でも、痛かったり、不快感はないと思いますけど」


「はい、痛くもかゆくもありませんけど……病院の先生に見て貰ったら、最悪、腕が腐って落ちてしまうかもしれないって言われて……」


「あ、それは大丈夫。私がそういう『呪文』を発動しない限り、そんなことにはなりません。でも、その状態だと、外すこともできないの。だから、使用料百万ウェン持ってきてもらえたら、すぐにでも解呪しますよ」 


 にっこりと笑顔……商売人の顔でそう種明かしをするメル。


「説明していなかったのもそうだけど、姉さん……どうして外部の人に、そのアイテム渡したの!?」


 妹が慌てているのは、その部分のようだ。


「……えっと、どうしてかっていわれると……まず一つ目に、彼の瞳を覗いたときに、そのアイテムを使える『潜在魔力』があると分かったこと。二つ目に、彼が誠実そうに見えたこと。そして三つ目に、それ以上の何か特別な力を感じたから……そんなところね」


「……一つ目は、まあ実際に使えたわけだから分かるけど……特別な力って……まあ、姉さんの『勘』っていわれたらどうしようもないかな……」


 メルの妹は、ライナスを見て、戸惑った顔をしている。


「あなたも、彼の瞳を覗いてみたらきっと分かるわ」


 姉の方が、そんなふうに妹に促す。

 その間、訳も分からず呆然としていたライナスだったが、妹の方が近づいてきて、


「えっと、じゃあ……すみません、少しだけ目を見せてもらっていいですか?」


 彼女は、ライナスの了承を得ると、顔をすぐ側に近づけて、じっと彼の瞳を見つめた。


 その澄んだ瞳が、自分を近距離で見つめている……しかし、前回メルにそうされた時のような、魂の奥底まで覗かれるような不思議な感覚には陥らず……ただ、少し照れて、顔が熱くなった。

 それと同時に、彼女の方も赤くなって顔を背けた。


「やだ……ご、ごめんなさい……なんか……照れちゃう……」


 両手を顔に当てて、恥ずかしがっている。


「ミク……うん、まあ、いいけどね……」


 姉のメルが呆れた表情で、ミクと呼ばれた彼女のことを見てた。


(……なんだ、この姉妹の緩い雰囲気は……)


 ライナスは若干戸惑いすら覚えた。


 しかし、少なくとも姉の方は、あの「骸骨の王」とも呼べる凶悪なモンスターをあっという間に倒してしまった、悪魔じみた力を持つ剣士なのだ。


 それが今は、最初会ったときと同じく、優しく、少し年上のお姉さん的な美人店員という印象でしかない。

 そして妹であるミクの方は、ライナスから見ても子供っぽく、さすがに姉と同じような秘密はないだろう、と考えた。


 そんな経緯があって打ち解けていくうちに、ミクの方もメルの言葉を信じたのか、ライナスのことを


「特別な才能のある、誠実で、信用のおける剣士」


 と見なしてくれるようになった。

 メルの、


「ミクは、カッコいい男の人に弱いんだから……」


 というセリフが若干気にはなったが、ミクのかわいらしさと、さっき見つめ合ったこともあって、ライナスの方も少し鼓動が高鳴るのを感じてしまっていた。

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