第18話 リリムと馬車で移動


 ギルドにほど近い宿屋で一夜を明かした僕は朝食を済ませると、リリムとの約束を果たすために待ち合わせ場所であるギルドの扉の前へ行った。そこにはまだリリムの姿はなかった。


 昨日、別れ際に『荷物は全部オイラが用意するんで、兄貴は手ぶらで大丈夫っすよ!』って言ってたからな。準備に時間がかかっているのかもしれない。そう思い、しばらくぼんやりと立っていた。


 幾人かの冒険者が横を通り過ぎていく。この時間帯だと、これからクエストを受注しに来る冒険者より、クエストを終えて戻ってくる冒険者の方が多いようだ。


 装備や体がボロボロになっている者たちの割合からそう推測する。そんな彼らの顔からは一様に重い疲労が見て取れる。だが、そこには何事かをやりとげたという充実感も混じっていた。


 無事にクエストを達成できたのだろう。これから彼らは報酬を受け取って、併設された酒場で一杯やるんだろうな。仕事を終えたあとの酒は格別だからな。


「あ、兄貴~、おはようございますっす~! お待たせしましたっす~」


 お、ようやくリリムが来たようだ。


「おはようリリム……って、どうしたんだその荷物は?」


 ずいぶんと大きいバッグを背負ってるじゃないか。体の倍もあるぞ。


「えへへ、多めに食料や回復薬なんかを詰め込んできたんすよ。探索に何日かかるか分からないっすから。それに、宝をたくさん見つけても持って帰れなきゃ意味ないっすもん」

「だからって、さすがにちょっとそれは無理しすぎじゃないか?」


 バッグが重いのだろう。リリムは足取りがおぼつかず、あっちにフラフラこっちにフラフラしていた。見ていて非常に危なっかしい。


 身の丈に合わない荷物を持っていてもロクな目にあわないぞ。これから行くところでは一瞬の油断が命取りになるんだ。自由に身動きできないと、魔物の攻撃をとっさに回避したりできないじゃないか。そこまで頭が回らなかったのか?


 ひょっとして、僕がいるから安全だとでも思ってるのか? だとしたら僕を買いかぶりすぎだし、ダンジョンをナメすぎだ。経験を積んだ人間が細心の注意を払っていたとしても、対処のしようがない予想外の事態というのは往々にして発生するものだからな。


 リリムには冒険者としての心構えや危機感が足りていないようだ。まだ新米とはいえ、少々のんきすぎじゃないか? まったく、しょうがないヤツだ。


 だが、それはひとまず置いておこう。今はリリムに冒険者のなんたるかを説いているヒマはない。僕は早くこの一件を済ませて復讐に全力を注ぎたいんだ。それに、そういうことはおいおい理解していけばいいだろう。なので……


「貸せよ。僕が背負う」

「あっ」


 僕は有無を言わさずリリムから強引にバッグを奪った。僕が持っていた方がスムーズにダンジョンを探索できるからな。


「っ……ありがとうございますっす、兄貴」


 すると、リリムはまた頬が赤らみ、ぽーっと熱のこもった視線を向けてきた。しょっちゅうこうなるよな。なんなんだろうな一体? ……いや、別に病気ではないようだから気にしなければいいか。




◆ ◇ ◆




「うぅ……ぎもぢわるいっず~」


 目的地へ向けて馬車で出発してから数時間が経ったころ。僕の隣の席に座っているリリムは顔面蒼白になり、口元を手で押さえながらうめいていた。どうやら酔ったらしい。揺れが激しいので、具合が悪くなるのもしょうがないか。しかし、ずいぶんとツラそうだな。


「そういうときは眠ればいいぞ」


 苦しむ姿を黙って見ているのも忍びないので、僕は酔ったときの対処法を教えた。


「えぷっ……で、でも、この揺れじゃ眠れそうもないっす」


 ふむ、それもそうか。


「……なら、僕の肩に頭を預けるようにして寄りかかってみたらどうだ?」

「ふえ?」

「そうすれば、多少は揺れを抑えられると思うぞ」


 頭をなにかで固定すれば少しは振動をやわらげられるだろう。そう考えて提案した。しかし、リリムは僕の肩を見つめたまま一向いっこうに寄りかかろうとしない。


 遠慮してるのか? 自分がツラいときに遠慮なんてするなよな。まったく、手のかかるヤツだ。


 僕は、いつまでも動かないリリムにしびれを切らし、その肩に手を回してグイッと引き寄せた。


「ひゃっ!?」

「ほら、これでちょっとはマシだろ? 僕のことは気にせず、ぐっすり寝ろよ」

「あふっ、ひゃ、ひゃい!」


 そこでようやくリリムが僕の肩に頭を預けてきた。ったく、世話が焼けるな。


 とか言いつつ、かまってやってる僕もどうかしてる。別に放っておけばいいだろ。こいつとの関係はもうすぐ終わるんだから。


 ……なのに、放っておけない。面倒な存在だから拒絶したいのに、それでもやっぱりなにかしてやりたくなる。う~む、なんとも複雑な心持ちだ。


「ああもう、もやもやするなぁ」


 僕はリリムに聞こえないように小声でつぶやくと、気を紛らわすために外の景色を眺めることに集中した。

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