第3話 リリムとのゴブリン討伐 3/5


「き……兄貴?」

「……ん? ああ、悪い。聞いてなかった。もう一度言ってくれ」


 リリムは「また考え事っすか」と、あきれたような声を出したが、すぐに神妙な面持ちで口を開いた。


「この落とし穴、けっこう範囲が広いんすよ。兄貴なら飛び越えられるかもしれないっすけど、オイラにはムリっす。でもオイラ、こんなところに一人ぼっちにされるなんてイヤっす。置いていかないでほしいっす」


 両手の人差し指をツンツン突き合わせながら上目づかいに見つめてくる。その姿がどこか、捨てられている子犬を思わせた。


 放っておけない、放っておいてはいけないという気持ちにさせる。


「分かった分かった。こうすれば解決だな」

「ひゃっ!?」


 僕は剣を収納し、カンテラをリリムに手渡した。両手が自由になったのでリリムをお姫様だっこする。


「穴の範囲はどれくらいだ?」

「はわ、はわわわ……」


「どうしたリリム? 答えろよ」

「はえ!? え、えっと、ご、五メートルくらいっすけど……」


「そうか。楽勝だな」

「あ、兄貴? なにを……ぴゃっ!?」


 僕はリリムを抱えたまま大きく跳躍し、鳴子の遥か向こう側へ着地した。


「ひょえ~……。あ、兄貴、やっぱり力持ちっすね。オイラを抱えたまま、こんなに遠くまで飛べるんすもん」


 僕の腕の中でリリムが感嘆かんたんの声をもらす。僕はそれに取り合わず、後ろを振り返った。


「この落とし穴、ゴブリンの体重では上を通っても問題ないように設計されているようだな。そうでなければゴブリンだってここを通れないだろう。これほど高度なものを作れるとなると、ひょっとして……」


「あ、あの、兄貴」

「……ん? どうした?」


「そ、その……そろそろ下ろしてもらっていいっすか?」

「おっと、すまん」


 だっこしたままだったのを忘れていた。さぞ居心地が悪かったことだろう。ゆるせ。


 謝ってから、そっとリリムを地面に立たせる。


「ん? お前、顔が赤くなってるな」

「っ!?」


 リリムが弾かれたように両手で顔を隠す。


「熱があるんじゃないのか? 大丈夫か?」

「だ、だだ、大丈夫っす! これはなんでもないんす! しばらくすれば治るっす! だから先に進みましょうっす!」


 なぜか早口でそうまくしたて、僕の背中を押してきた。本当に大丈夫なのか? 昨日の病気が再発したんじゃないのか? また気を失ったりしないだろうな?


 だが、いくら僕が心配したところで本人が大丈夫だと言い張るのならどうしようもない。僕は気になりながらも再び剣を出現させ、奥へと移動していくことにした。




◆ ◇ ◆ 




 どうやら、ここは古い坑道のようだ。鉱物資源をるために掘り進められたもののようで、迷路のように入り組んでいる上に出入口は無数にあるようだ。ゴブリンはこういったところを好んで巣にする。


 通路が狭いため大勢の敵に襲撃されることはないし、いざという時に逃げやすいからだろう。


 だが落とし穴を越えたあたりから、通路の壁には発光する性質を持ったコケがびっしりと生えていたので、カンテラがなくても視界は良好だ。これだと夜目の利くゴブリンは、その優位性を活かせないな。僕たちにとってはありがたいが。


「ひぐっ!? あ、兄貴……あれ」

「どうした?」


 その声に振り向くとリリムが足を止め、三つまたになった道のうちの一つをプルプルと震える指で示していた。そちらに顔を向けてみる。


「うっ……」


 思わず眉をひそめる。そこには、目を覆いたくなるようなものがあった。


「人や家畜の首が、こんなに……」


 通路を削って陳列棚ちんれつだなのようにしたスペースに、おびただしい数の生き物の頭部が飾られていた。肉が腐ってドロドロになっているものから、つい最近ここに並べられたと思われるものまで様々だ。しかし、その全てに拷問されたような痕が見受けられた。


「うぷっ、おえっ」


 その光景にリリムが嘔吐えずく。僕はいたわるように背中をさすってやった。無理もない。こんな凄惨な光景には慣れていないだろうからな。僕だって何度見ても心がめつけられる。身がよじれるほどの怒りでおかしくなりそうだ。


「……必ずカタキをとってやろう。それがこの者たちへの手向たむけになる」


 あふれそうになる憤怒ふんぬの感情を押し殺し、リリムの手を握った。リリムは返事の代わりに力強く握り返してきた。

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