第12話 魔法のレッスン
五つの仮住居が完成した。
集団生活なのでプライバシーはないが、これで野営地も同然の状態から抜け出せた。
「さあ。お次はメグミ様とセシリー様の家を作ります。王があのような掘っ立て小屋ではいけません。どのような家がいいですか?」
仮住居の前でファレンがそう聞いてきた。
確かに新しい家は欲しい。しかし。
「今はまだいいよ。夜に寝るだけだし。それよりも猫耳族にはやって欲しいことがある」
「ですね。狭い掘っ立て小屋だからこそ、メグミ様とくっついて眠れますし」
「それはある。新しい家ができても寝室は一緒にする?」
「ええ、ええ! それはもちろん! メグミ様からそう提案していただけるなんて私は幸せです!」
「お二人は本当に仲がよろしいですな。王と家臣というより、姉妹のようです」
「うふふ。私はメグミ様の従者であり、友であり、お姉ちゃんですから」
「素晴らしい関係です」
ファレンは感心した声を出して頷いた。
「それで、新しい家を建てるよりも猫耳族にやって欲しいこととはなんでしょう?」
「それはね。魔法の練習」
△
結論から言うと、猫耳族は全員、魔力を持っていた。
大人も子供も、人差し指を発光させている。
「す、すげぇ! これが魔力か!」
「あたしたち、おとぎ話の魔法師みたいに手から火を出したりできるようになるのかい!?」
猫耳族たちは興奮した様子だ。
パクラ老はそんな同胞を見て「めでたいが、全員が使えるとなると、ワシの特別感が消えてしまうのぅ」と心の底から嬉しそうに呟いた。
一足先に魔力を感じ取れるようになっていたパクラ老は、私とセシリーと一緒に猫耳族を指導した。それはそれは熱心に。
猫耳族は村を失い、仲間の命も失い、ようやくここに辿り着いた。たまたま私とセシリーがいたから助かったが、そうでなければ全滅していたかもしれない。
だからこそ、身を守る力を欲している。
彼らが強くなれば、私も得をする。私とセシリーがなにかの用事でここを留守にするときは、国を守って欲しい。それに魔法があれば建物を作る効率が上がるだろう。
「炎、出せるようになるよ。それとね氷の魔法と、身体強化の魔法も覚えてもらうから」
炎。氷。身体強化。
この世界でセシリーと魔法をいくつか試して、まずはその三つを教えようと方針を決めた。
炎は攻撃魔法の基本だ。
命中すれば燃え広がり、追加ダメージを与えられる。マッチがなくても火を起こせるから生活の役にも立つ。
うっかり火事を起こしそうになっても、氷魔法があれば消火できる。氷を溶かせば水が手に入る。
そして、どんな魔法を覚えようと敵の動きについていけなければ魔法を放つ前に殺されるので、身体強化は必須だ。
「さ、パクラ老もここからは生徒だよ。みんなに混じって」
「優越感に浸るのもここまでですか。寂しいですじゃ。しかしメグミ様はちゃんと教師役をできるのですかな?」
「む。あれから魔法理論〈初級〉を読破したので大丈夫ですー。って言うか、さっきちゃんと上手に教えてたでしょ!」
「上手に……ま、いいでしょう。本格的な魔法のレッスンもよろしくお願いしますぞ」
「任せておきなさい! こういう小道具もあるんだから」
私はアイテム欄からメガネを出してジャキーンと装着する。
「どう? これで賢そうに見えるでしょ」
「あ、メグミ様だけズルいです。私にもメガネください」
「駄目よセシリー。メガネは一つしかないの。さあ、魔王先生メグミの魔法授業スタート!」
――結論から言うと、魔法理論〈初級〉を読破した経験も、メガネも、さほど役に立たなかった。
つまずいている人がなぜつまずいているか、私には分からないのだ。
「メグミ様。どうしても魔力を火に変換するコツを掴めないのですが……」
「うーん……指先に魔力を集めるのはスムーズにできるんだよね?」
「はい。それは何度もやりましたから」
「じゃあ、その魔力を指先から放って、それでシュッと点火してパッと燃え広げる!」
「……もう少し具体的に」
「えー、十分、具体的じゃない」
「そ、そうですね……頑張ってみます……」
「うむ。精進しなさい」
私は彼の肩を叩いて激励した。
ところがその猫耳族は、そのままセシリーのところに行ってしまった。
……やっぱり私の説明、駄目だった?
「しくしく……セシリー。このメガネはあなたに託すことにするよ……」
「あら、そうですか? では遠慮せず」
メガネをかけたセシリーはとても大人っぽかった。
これが知的な美女というやつか。
タイトスカートなんか履いたら、完全に女教師だ。なんだか、えっち!
「炎の魔法で苦戦している人が多いようなので、一度全員、私の説明を聞いてください」
そう言ってセシリーは手を叩いて、みんなの視線を集める。
「はい、いいですか? この中に、火を見たことがない人はいませんね? 生活する上で火は必要なものですが、同時に危険なものでもあります。燃えさかる炎……その熱さを思い浮かべてください。魔法はイメージが大切です」
セシリーの言葉に従い、猫耳族は目を閉じる。
うーむ、そうか。そうやって伝えればいいのか。シュッパッでは駄目なのか。勉強になるなぁ。さすがセシリー先生だ。
せっかくなので私も目を閉じ、猫耳族たちと一緒にイメージしてみよう。何事も基礎は大切だ。
「イメージできましたか? では次は、メグミ様にお手本を見せてもらいましょう。お願いしてもよろしいでしょうか?」
「はーい、セシリーせんせー」
私は元気よく右手を上げて返事した。
その姿勢のまま魔力を手のひらに、ゆっくりと集めていく。これは手本だから、みんなに分かりやすいよう魔力の流れを光で表現した。
「あ、あれがメグミ様の魔力……」
「自分のを感じ取れるようになったからこそ分かる……凄ぇや……」
猫耳族たちは私を見て、目を丸くしている。
むふふ、これはなかなか優越感が満たされるね。
「はい、こんな感じ」
私の手のひらから放出した魔力を火に変換。勢いよく吹き出したそれは、炎の柱となって数十メートルという高さになった。
「うおぉぉっ!」という驚きの声が聞こえてくる。
「さすがメグミ様です。しかしこれは、メグミ様の魔力が膨大だからできること。みなさんが魔法の炎を遠くまで飛ばそうとしたら、この方法では駄目です。もっと火を集中させないと、すぐに拡散してしまいます。というわけでメグミ様。ファイヤー・アローのお手本をお願いします」
「おっけー」
ファイヤー・アローは、エルダー・ゴッド・ウォーリアで最初に習得する炎魔法だ。
私とセシリーはこの世界で色々な魔法を試してみて、実際ファイヤー・アローが炎魔法の中では簡単だと分かった。
だから、猫耳族たちに教える炎魔法はファイヤー・アローにしようと、前から決めていた。
炎の柱を一本の線に凝縮する。
何十メートルも伸びていた長さを、私の身長以下に縮める。
「これがファイヤー・アローです。メグミ様、あの木に向かって発射してください」
「うりゃ、ファイヤー・アロー!」
私が腕を振り下ろすと、炎の矢は猛スピードで飛んでいく。狙い通り、幹の真ん中に命中。炎が広がって木の全体を包み込んだ。
「森が火事になる!」
誰かの叫び声が響く。
だが、その心配はいらない。
「アイス・アロー」
私は即座に次の魔法を放つ。燃える木を氷で閉ざし、一瞬で鎮火させた。
「はい、みなさん。ちゃんと見ていましたか? ふふ、心配しなくても、目を離せなかったという感じですね。ご覧の通り、炎と氷の魔法を両方覚えておくと、失敗したとき消火できるので便利です。炎が強すぎて消せないときは、仲間と協力して消しましょう。威力を調整すれば、氷を溶かして水にしたり、お湯を沸かしたりと大変便利です」
セシリーは解説しながら、メガネをクイクイと動かす。ますます女教師っぽい。格好いい。
「なんて便利なんだ……魔法さえあれば、この森まで逃げてくる間、少なくとも飲み水には困らなかったのか……」
ファレンは唖然とした様子で呟いた。
「とはいえ、魔法に頼り切っていると、いざというとき魔力切れで戦えないなんてことになりかねないから、油断しないようにね」
私もメガネが似合う知的な女になりたいので、ファレンに一言注意してみた。
するとセシリーが頭を撫でてくれた。
「メグミ様、偉いですね。魔法のお手本を見せただけじゃなくて、補足説明までできるなんて」
「わーい、セシリー先生に褒められた」
なでなでされるのが気持ちよくて、私はつい子供みたいに喜んでしまった。
喜んでからハッとする。これでは知的な女教師には程遠い。むしろ小学生に逆戻りだ。
とはいえ仕方ないではないか。私は小学校に最後まで通えなかった。中学には一度も行かなかった。だから十五歳になっても、まだ小学生の気分になるときがある。こうやって先生になでなでされると、ますます小学校が懐かしくなってしまうのだ。
「ああ……メグミ様とセシリー様が仲良すぎて尊い……」
「ほほほ。孫がいたらあんな感じなのかのぅ」
エリシアとパクラ老が、私たちを微笑ましく見る。
なんか恥ずかしいな……。
それから猫耳族たちは、もの凄い速さで魔法を上達させていった。
修行三日目には、なんと全員が威力の差こそあれ、ファイヤー・アローとアイス・アローを使えるようになっていた。
ほかとの比較はできないが、魔力を感じることさえできない状況で、それどころか魔法の実在を疑っているところからスタートしたにしては快挙だと思う。
その快挙を成し遂げたのは、私とセシリーの指導がよかったというより――。
猫耳族の執念によるところが大きい。
「うおおおおおっ、強くなるんじゃい!」
「ゴブリン滅殺! ゴブリン滅殺!」
彼らは力がないために村を失った。
その怨念がバネとなり、今ここに凄まじい力を持った戦闘集団が誕生したのである。
……百人全員が攻撃魔法を使えるとか、エルダー・ゴッド・ウォーリアにもそんな村はなかったぞ。
ヤベェ場所だな、ここ。
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