九尾の末裔なので最強を目指します【第三部】

斑猫

第七幕 妖怪たちのサマーデイズ

三人寄れば怪談話

 丙狐ひのえきつね(仮名)という野狐は、非常にせっかちな狐だった。そのせっかち度合いは常軌を逸しており、食事の時さえ噛むのが惜しいからと半ば丸呑みで済ますという程である。

 もちろん同僚である他の狐からは「食べる楽しみを投げ出している」だの「そんなんじゃあ消化に悪いからすぐに病気になる」だのと言われていたが、全くもって意に介さなかった。丙狐はせっかちである上に割合頑固な一面も持ち合わせていたのだ。

 そんなある日、丙狐は仔鼠を六、七匹丸呑みにしてランチを済ませた。仔鼠と言っても動きのままならないピンクマウスではなく、毛も生え揃いぴょんぴょんと跳ねるホッパーマウスである。同僚である狐らは眉を顰めつつも特に何も言わなかった。丙狐のランチはいささか悪趣味であったが、妖狐として逸脱している訳でもないからだ。自分たちとてマウスを使った料理を食する事はある。それに何より妖狐は時として裏切り者の粛清や共喰いにさえ手を染める事もある。若い妖狐たちは不気味だと思いつつも、まぁそんなものかと思うほかなかったのだ。


 マウスたちを丸呑みにして数日も経たぬうちに丙狐は体調を崩した。食べても食べても満腹にならないという症状が始めだった。食べる量は無論増えたのだが、食べた物を消化して栄養にしているような気配が無かったのだ。それでいて腹の中では何かが留まり続けているような不快感に昼と言わず夜と言わず襲われた。

 しばらくするうちに強い腹痛を感じるようになった。食中毒や下痢の苦しみなど比較にならない。何しろ内臓が切り裂かれるような痛みだったのだから。

 尋常ならざる腹痛に苛まれるようになった数日後、丙狐は職場で倒れ、還らぬ狐となった。不審死という事もあり鑑識に掛けられた丙狐の胎を食い破って飛び出したのは、何十匹にも膨れ上がったマウス共だった。

 丸呑みにしたホッパーマウスは、丙狐の身体の中で生き延び、あまつさえ増殖していたのである――



「ひえー、そんな話されちゃあしばらくマウス料理が食べられなくなるじゃないか」


 アパートの一室。友達になった文明狐の話を聞いていた源吾郎は情けない声を上げた。休みの日という事もあり、源吾郎の部屋に朝から珠彦と文明が遊びに来ていたのだ。まだ午前中と言えども八月の日差しは強く、外で遊ぶという選択肢は彼らには無かった。室内で遊ぶような道具も無かったので、怪談話をするというゲーム(?)を昼日中から行っていたのだ。何故怪談話なのか? 日本在住の面々は怖い話は夏に行うものだという考えがあったためだ。

 余談だが文明たちが集まっている源吾郎の部屋は別宅の方、つまり源吾郎が元々暮らしていた方のアパートである。珠彦たちは源吾郎が今は研究センターの居住区に暮らしている事を知っている。しかし上司の同僚や上司の上司が暮らしている所にやってくるのは気まずかろうと思い、源吾郎はこちらの部屋で遊ぶ事を提案したのだ。


「あはは、島崎君って相変わらず怖がりっすね」

「まぁ、俺の怖話トークスキルも結構なものだったからかもな」

「俺も俺で怖がりだと思うよ……しかし怖い話は怖いしな」


 珠彦や文明にそう言われ、源吾郎はやや悔しそうにぼやいた。妖怪らしい野望を持つ源吾郎であるが、怖い話は未だに苦手だったりする。ついでに言えばグロ耐性も低かったりする。サスペンスドラマでの事件シーンとか、アクション系統で血が飛ぶのはまだイケる。しかしやたらめったらと人死にが出るような欧米のパニックホラーのグロ度合いはどうにも馴染めなかった。じわじわと恐怖がにじみ出てくるようなジャパニーズホラーや、末の兄が愛読していたクトゥルー神話に連なるコズミックホラーも源吾郎にしてみれば鬼門である。

 我ながら情けない話だが、妖怪の中にも怖い話を恐れる者がいても当然だろう、と源吾郎は半ば開き直ったりもしていた。人間は区別を怠りがちだが、妖怪と怨霊や悪霊は別物なのだ。


 さて話を戻そう。このゲームには一応ルールらしきものがあった。めいめいに思いつく限りの怖い話をして、一番怖い思いをさせた話し手が勝者になるというシンプルなものである。百物語みたいに蝋燭を灯したりはしない。百物語が自分たち以上に厄介な怪異を招くかもしれないと、三人とも固く信じていたからだ。

 話し手は誰がどのタイミングで行うかも自由。怖いと思ったらお金に見立てた札を話し手の許に置くという実に緩いルールだった。文明や源吾郎は面白がってチビ狐を顕現させ、札を運ばせたりして遊んでいる。

 勝っても「一番怖い話を行ったやつ」という称号が一時的に与えられるだけである。特に賞金とかがある訳でもない。それでも皆、それぞれの怖い話を楽しみつつ(源吾郎は怖がってばかりだが)勝者になるのを狙っていた。源吾郎は若かったが、珠彦も文明も若かった。明確な名誉がある訳でなくても、勝ち負けにこだわりたい年頃なのだ。男子ならば尚更だ。


「あ、でもさ――」


 チビ狐を撫でて遊んでいた珠彦が、思い出したように源吾郎の方を見やった。


「島崎君の怖い話ってなんかパンチが薄いっすね。やっぱり、怖い話が苦手だから?」

「おう、それは俺も思ったわ」


 源吾郎の怖い話がさほど怖くない。それは話し手が怖い話を苦手としているのだからまぁ当然の話かもしれない。源吾郎自身はオカルトライターの姉から聞き出した話とか、かつて怖々と読むのに挑戦した話をアレンジして語っていたのだが、どうやら珠彦たちには通じなかったらしい。

 だがここで、「俺は怖い話が苦手だからしゃあない」で終わりはしなかった。源吾郎の心中で闘志が燃え上がったのだ。最強になって世界征服を目論む男である。そもそもからして源吾郎はかなり負けず嫌いな性格だった。その性格がここでも顔をのぞかせたのである。

 それに実を言うと、とっておきの怖い話を源吾郎は一つ抱えていた。


「おしっ。そんなに俺の怖い話がショボいって言うのなら、とっておきの怖い話を披露しちゃおうかな。二人とも、聞き終わったら怖いって言う事請け合いだぜ」

「マジっすか」

「そいつぁ面白そうだな」


 とっておきという言葉を聞いて、若くて無邪気な妖狐二人は目を輝かせている。源吾郎はニヤリと笑って言葉を続けた。


「これは実際にあった話なんだ。ていうか俺が実際に体験した話なんだけどな。ほらさ、ツブッターってあるだろう。思った事とかを言葉に乗せたり、写真とか絵を貼り付けたりできるSNSだけど。野柴も豊田もやってなかったっけ?

 もちろん俺もやっててさ、アカウントは二つ持ってるんだよ。一つは実名登録のメインアカウントで、もう一つは裏アカウントさ。確かデストラクション・フォックスとかっていうアカウント名だったかな。今はあんまり使ってないけど」


 裏アカウント名を源吾郎がよどみない調子で言うや否や、珠彦たちは吹き出した。源吾郎がムッとして二人を睨むと、笑い顔のまま彼らは手を振ったり頭を揺らしたりしている。


「怖い話だって聞いてて構えてたら、まさか中二病が炸裂するなんて……」

「それじゃあ怖い話じゃなくて面白い話っすよー」

「まぁ待て」


 源吾郎はほのかな悔しさを感じたが、手で二人を制した。


「怖い話はここからだよ。今はその裏アカウントはあんまり使ってなかったんだけどさ、若い頃は結構そっちで発信してたんだよ。野望の事とか、野望の事とかさ。

 でもやっぱ恥ずかしいから身内とかにはアカウントの事は何も言ってなかったんだぜ。特に宗一郎兄様なんかはえげつない位堅物だからさ……そんなアカウントを作って密かに野望を発信してるって知ったらヤバいしさ」

「そもそもアカウント名からしてヤバいから、それ以上のヤバさは無いと思うんすけどね」


 珠彦のやけに冷静なツッコミを源吾郎は敢えてスルーしてやった。


「しかしある日気付いてしまったんだ……裏アカウントのフォロワーに、いつの間にか身内がいた事にな……苅藻の叔父上はまだ解るんだよ。双葉姉様も……オカルトライターだし。だがナチュラルに宗一郎兄様のアカウントまでフォロワーに連なっていた時は心臓が止まるかと思ったぜ。裏アカウントの事は誰にも知らせてなかったのに、そんな事になってたんだぜ」


 こっわ……珠彦と文明の声が重なる。二人が心底怖がっているのはその表情から見ても明らかだ。

 源吾郎は追撃でその裏アカウントには現在紅藤や萩尾丸もフォローしているという後日談を付け加え、二人を更に震え上がらせたのだった。

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