彼女が綺麗と認めるまでは…。

鈴ノ木 鈴ノ子

序章

序章


真冬の深夜、私は先ほど私を食べた。


白いコートを着て、私と瓜二つの顔をして、同じ姿をしていた。その存在はひどく虚で、どことなく輪郭がぼやけていた。私が手をかけたとき、『ようやく終わりなのね』と寂しそうに呟いて、私の身体の一部となった。


「私もいずれ、そうなるわ」


住宅街の薄暗い路地で、寿命が切れて点滅する街路灯の光に照らされながら、私は赤いコート風に靡かせると、光の切れ目の闇へと姿を隠した。


私はヒトが怪異と呼ぶものでできた存在だ。

本の中で、テレビの中で、新聞の中で、この妙に薄暗くて、妙に薄明るい、そんな歪な人の街の噂から生まれた。だが、人の記憶は儚い、それは泡沫の夢のように、いとも簡単に忘れることができてしまう。

噂はやがて鎮まり、私という存在も、各地にいた私という存在も、あるべき姿を失って消えていった。

その中の1人の私は、私という姿を守る為に、各地の私を食べて存在を失わぬようにして生き残っていた。でも、もう、それも終わりだ。最後の私を認識し、探し出し、食べてしまった。


もう、この世に私は、私しかいなくなってしまったのだった。


そんなときだ。彼に出会ったのは。

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