第28話 時橋 朝日

 私の名前は時橋 朝日(ときはし あさひ)。

大手企業で課長として働いている深夜の妻で専業主婦をしている。

私には3人の子供がいる。

長女の昼奈は明るくて誰とでもフレンドリーに接するムードメーカー的存在。

次女の夕華は頭が良くてスポーツ万能な優等生だけど、人見知りが激しくて少し気難しい。

そして長男の夜光……この子とは血が繋がっていない。

夜光は夫の友人からの紹介で我が家にきた孤児。

引き取りを決めたのは私……環境に同情した部分もあるけれど、男の子がほしいという欲求が強かった。

夫も私も年齢的に3人目を作るのは少し厳しかったし……夜光は特段目立った所はないけれど、大人しくて行儀のよい子だから、私達はこの子を受け入れた。

私達5人は家族として仲良く暮らしてきた……いつまでも子の幸せが続くと信じていた。


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 とある夏の日……年月を経て子供たちは高校生に成長していた。

年頃になった昼奈にはリョウ君というイケメンで素敵な彼氏ができ……夕華も部活を通して少しずつ友達が増えていった。

夜光は変わらず昼奈にべったりだったけれど、義姉弟同士で仲良くやっていると思っていた。

夫もここ最近、心境の変化でもあったのか……幸せそうに笑うことが増えているように見えた。


 だけどそんな矢先……夜光が同級生の女の子を強姦しようとしたという信じられない事件が起きた。

初めは何かの間違いだと思っていたけれど……夜光を取り押さえた男子が何人もいて、みんな夜光が女の子を襲ったと証言している。

おまけに下半身を露わにした夜光のなんともみっともない姿を捉えた証拠写真まである。

もう夜光の罪は疑いようがない事実だ。


「本当に……申し訳ありませんでした!!」


 私は夫と夜光を連れて学校に赴き、被害者である天童さんとそのご両親に誠心誠意、謝罪した。

血のつながりがないとはいえ、夜光は戸籍上私達の息子だ。

私は親として謝罪する義務がある。

それは加害者である夜光も同じなはず……だが夜光は罪を悔いるとどころかこの期に及んで自分はやっていないと言い訳ばかり述べる始末……。

何度も謝罪するように促すも……夜光はリョウ君たちにはめられたと見苦しい言い訳ばかり口にする。

なんて往生際の悪い……年端も行かない女の子の心に深い傷を負わせておいて……。


「いい加減にしなさい!!」


 最終的に私と夫が夜光の頭を抑え込み、無理やり謝罪を述べさせる形に留まってしまった。

被害者の方々には本当にお詫びのしようがないわ。

最悪、夜光が少年院に連れていかれる覚悟もしていたけど……夜光が退学処分を受けることで被害者である天童さんは夜光を許してくれた。

1歩間違ったら取り返しのつかない状況に陥ったかもしれないと言うのに……本当に心の広い優しい子なのね。

それに引き換え……夜光は自分の過ちを認めようともせず、言い訳ばかり……。

大人しくて行儀のよい子だと思っていたけれど……とんだ不良息子ね。

いえこんな子、息子でもなんでもないわ。

そもそも血も繋がっていない赤の他人なんだし……こんな大きな事件を起こすような子はウチの子じゃないわ!!


「女の子を襲うような男は家族じゃありません! 2度と私達の前に現れないで!!」


 私達は夜光を我が家から追い出す決意を固めた。

夫が夜光を強引に外へと連れ出し、私は夜光と親子の縁を切った。


「……お姉ちゃん……助けて……」


 意地の悪いことに……夜光は涙ながらに昼奈に助けを求めてきた。

でも昼奈は彼の手を払い……平手打ちを夜光の頬に当てた。


「家族の名前に泥を塗ったあんたなんて、弟じゃない! お姉ちゃんなんて呼ばないでよ!

! 気持ち悪い!!」


 昼奈が怒りに狂って人に暴言を吐き、暴力までふるった姿を……私は初めて見た。

昼奈は普段……のほほんとしているけれど、誰よりも正義感が強い子……。

身内が……それも可愛がっていた義弟が私たち家族の信頼を裏切り、犯罪に手を染めたんだ……昼奈が起こるのも当然だ。


「……あぁぁぁぁ!!!」


 狂ったような叫び声を上げながら、夜光はその場から去っていった。

無一文で追い出したけど……あいつには情けを掛ける価値もない。

どこかで野垂れ死ねばいいわ。


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 後日、合宿から帰ってきた夕華にも夜光のことを伝えた。


「なんで……どうして……」


 普段から夜光を疎ましく思っていた夕華なら感心もしないと思っていたけど……今まで見たこともないくらい狼狽えていた。

一体どうしたって言うの?


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 夜光を追い出して数ヶ月が経ったある日……。

マネージャーとしてサッカー部の合宿に参加していた昼奈が帰ってきて早々……部屋に閉じこもってしまった。


「昼奈!……昼奈! どうしたっていうの!? ねぇ!……ドアを開けて!」


「昼奈! どうしたんだ!・」


 夫とどれだけドア越しに呼び掛けても……昼奈は事情を話すどころかドアすら開けてくれなかった。

突然喚き散らしたり……狂ったように暴れ出したり……姿を見なくてもあの子の精神が不安定になっていることは明白だった。


「昼奈……夕飯、部屋の前に置いておくね」


 あれ以降……昼奈は学校にも行かず、完全に部屋の中に引きこもってしまった。

夫と相談し……しばらく様子を見ることにした。

時間が経てばあの子の頭が冷えて、事情を話してくれるかもしれない。

でももし……引きこもりが長引けば、何かしらの対策を講じるつもりだ。

今の私にできることは、せいぜいあの子が餓死しないように食べ物や飲み物を運ぶくらい。

母親なのに……娘に何もしてやれない自分が情けなく思う。


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 昼奈が引きこもってから何日か過ぎた日の夕方……さらなる悲劇が私に襲いかかった。


「……なにこれ?」


 私は家の前にある郵便受けを開いた。

そこにはいつも通り、夕刊と2~3通の郵便物が入っていたんだけど……それ以外に2枚の写真が入っていた。

写真を手に取ってみると……そこには夫の深夜が若い女の子とキスとしている姿が写し出されていた。


「なっなによこれ!?」


 もう1枚には、夫と同じ女の子がまるで恋人同士のように手を繋いでラブホテルに入っていく……紛れもない不倫の光景があった。

もちろんそれだけで夫を完全に疑った訳じゃない。

テクノロジーが発達している今の時代であれば、これくらいの加工なんて簡単にできる。

そもそもどこの誰が取った写真かもわからないし、裸のままの写真ということは……直接郵便受けに入れたってこと……。

近所の誰かが夫をハメようとしたいたずらとも考えられる。

とにかく悩んでいても仕方ないので、私は夫に直接問いただすことにした。


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「これはどういうこと!?」


「そっそれは・・・」


 写真を見た瞬間、夫の顔色は明確に青白くなった。

夫はメンタルが弱い小心者……動揺は普通の人より顔に出るわ。


「すっすまん……最近仕事が忙しくて……ほらっ、パパ活ってあるだろ?」


 私に嘘をついても無駄だと観念した夫の口から出てきたのは、身勝手な不倫の動機と子供じみた言い訳だった。

どれもこれも聞くに値しない……。


「恥を知りなさい!!」


バシンッ!!


 娘と同い年の子と不貞を犯し……関係を続けるために家族のお金にまで手を出していた夫に怒りを抑えられず、気が付いたら私は……夫を平手で殴った。

私はこんな男のために毎日家庭を支えてきたの?……馬鹿みたいじゃない。


「金を稼ぐことしか能がないくせに!! あんたなんか一生、私達のATMとして生きて行けばよかったのよ!!」


 これまで夫婦として……親として過ごしてきた思い出を忘れ、私たちは互いに罵り合いを始めた。

もう自分で自分が何を言っているのかすらも途中からわからなくなっていた。

気が付くと夫は家を出ていき……私は暗く沈んだ空気に支配されたリビングの真ん中でカカシのように突っ立っていた。


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 後日……私は改めて弁護士を雇い、夫に慰謝料と離婚を突き付けた。


「お前と縁を切られるなら、慰謝料なんて安いものだ!」


 弁護士事務所に赴いた夫は反省するどころか開き直る始末……。

私の離婚要求も迷うことなくあっさり受け入れた。

これまで過ごしてきた私達の時間は……一体なんだったの?

何もかもバカバカしくなった私は、元夫の会社に不倫の件をリークしてやった。

その結果……元夫は懲戒免職となって、会社を去ることになった。

ざまぁみろと思ったのはほんの一瞬だけ……一時の復讐を終えれば私の心はまた空っぽになってしまった。

私は家を売り払い、娘たちと遠くの町へと引っ越した。

まぶしく輝いていた思い出を残し、私たちは新しい町で人生をリスタートするんだ。

夕華は私達家族を支えるために、高校卒業後……大手企業に就職した。

引きこもっていた昼奈も……私と深夜の離婚を機に自立してくれた。

娘たちが立派に自立していく中……私は裏切られたショックから立ち直れず、昼奈と入れ替わる様な形で家に引きこもってしまった。

自分が情けなくて仕方なかった……過去を引きずる自分が女々しいと思った。


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 離婚から何ヶ月か経ったある日……私達家族にさらなる悲劇が襲い掛かった。


「昼奈が……死んだ?」


 警察から掛かってきた1本の電話……それは、昼奈が車に轢かれて死んだという耳を疑う内容だった。


「すっすぐに行きます!!」


 私は家を飛び出して昼奈がいるという病院へと向かった。

道中何度も昼奈の携帯に電話やメールで連絡を入れるも……反応はなかった。

何かの間違いだ……他人の空似だ……と私は昼奈の顔をこの目で見るまで、決して彼女の死を受け入れなかった。


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「ひる……な?……」


 病院に到着し、病院のスタッフに案内されるがまま……私は昼奈の病室へと足を踏み入れた。

そこにはベッドに能面のような顔で横たわる昼奈の姿があった。

別人ではないかというわずかな望みを掛けて、顔を確認するも……それは間違いなく昼奈の顔だった。

昼奈の顔は車に轢かれたとは思えないほど普段通りに整っていた。

まるで魔女の呪いで眠っている童話のお姫様のようだった。


「昼奈?……昼奈? 起きなさい!」


 大声で呼び掛けても……激しく揺さぶっても……昼奈は目を覚ましてくれなかった。


「いやっ! いやぁぁぁぁ!! 昼奈ぁぁぁ!! お願い!目を覚ましてぇぇぇ!!」


「お母さん! 落ち着いて!!」


 昼奈の死を受け入れることができず、私は狂ったかのようにその場で喚き散らした。

信じられるわけがない……私がお腹を痛めて生んだ愛する娘が……太陽のような微笑みで周りを明るくしてくれていたあの子が……親の私より先に死ぬ?

こんなの夢だ……悪い夢に決まってる。


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 それからしばらくして、夕華も昼奈の病室に駆けつけてきたらしい。

錯乱状態の私は病院スタッフ達の手で隣の病室へと移されていた。

夕華の泣き声は病院の壁とすり抜けて私の耳へと届いていた。

普段あまり涙を流さない夕華が、人目もはばからず大声で泣いている。

やっぱり……昼奈は死んだんだ……私の昼奈は……もう、微笑んでくれないんだ。

心身ともに疲れ切った私には……涙すら流すことができなかった。


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 深夜の裏切り……昼奈の死……度重なる不幸に、私の心は疲れてしまった、

もう楽になりたい……そんな思いから私は……リストカットという選択肢を選んだ。

生きてつらい思いをするくらいなら、死んで楽になりたい……そう思った私は……死に逃げようとした。


「お母さん!!」


 だけど……夕華に見つかり、私は病院へと運ばれて一命をとりとめた。


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「夕華……」


「お母さん!!」


 病室で目を覚ました私を、目に涙を貯めた夕華が見下ろしていた。

私の体を覆う布団には、泣きじゃくる夕華の涙で濡れたと思しき跡もあった。

夕華には申し訳ない思いで一杯だ……でも、心身ともに疲れ切っていた私には、この子の涙をぬぐってあげることすらできなかった。

私は母親失格だ……。


「お母さん……もう死のうなんて思わないで……お願いだから……」


私の手を夕華の温かな手が包み込む……。

冷え切った心までぬくもりに満ちていくみたい……。


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 私はその後……夕華の手配で大きな病院へ入院することになった。

夕華はあれから何度かお見舞いがてら、私の様子を見に来てくれている。

いろんな治療やカウンセリングを受ける毎日に嫌気がさす。

1日が過ぎていくにつれて……抑えていた悲しみや空しさがじわじわと胸を締め付けてくる……そのたびに生きていくのがまたつらくなる。

何度も死に逃げようとした私をこの世につなぎとめてくれたのは夕華の存在だった。


「お母さん……頑張ってね。 私も精一杯頑張るから……いつまでも元気でいてね」


 病室を出る際に決まって夕華がこの言葉を私に送ってくれた。

この頃夕華に昼奈の面影を感じる……。

全く性格が違う姉妹だと思っていたけど、家族を想う根本的な所は同じなのね。


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 夕華のためにもう1度自分の人生と向き合ってみよう……なんて前向きな思考へと少しずつ変わろうとしていた……本当にそう思っていた……なのに……。


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「は?……今……なんて……」


 ある日……啓示を名乗る男が私のいる病室を訪ねてきた。


「大変お気の毒ですが……時橋夕華さんは……お亡くなりになりました」


「夕華が……亡くなった?……なっ何をバカなことを……ふざけないで!!」


 私はその言葉が理解できず、相手が警察だということを忘れ……激しい言葉を投げつけてしまった。


「お気持ちはお察しします……ですが、亡くなったのは事実です」


「嘘嘘嘘……だって夕華はほんのこの間、ここへ来たんですよ!?

お土産にって……私が好きだったチーズケーキを持ってきてくれて、一緒に食べたんですよ?

そんなあの子が死んだなんて……あるわけがないでしょう!!」


「落ち着いてください。 順を追ってお話しします」


 刑事が語った夕華の死の詳細……。

あの子は昨日……住んでいたマンションで同居していた男ともみ合いになり……包丁で胸を刺されて死んだという。

発端となったのは男の浮気。

そしてその男と言うのが……なんと、あの夜光だった。

聞けばあいつは夕華が自分に好意を向けていたことを利用し……あの子の金で遊びまわっていたという。

家事も全て夕華に押し付け……夜光は完全な寄生虫として好き勝手していたらしい。

ハハハ……そんな馬鹿な……。

夕華が夜光に好意を抱いていた?

元とはいえ……血が繋がっていないとはいえ……あの2人は兄妹なのよ?

たいだい夕華のような素晴らしい娘が……何をどう間違ったらあんな何もないゴミみたいな男を好きになれるのよ!!

いえ……それ以上に、どうして夕華が死なないといけないの!?

あんなに優しい娘がどうして……どうして……。


「刑事さん! どうか夜光を……あの男を死刑にしてください!!」


 娘を失った悲しみ以上に、娘を奪った悪魔を地獄に送りたいと言う憎しみが私の心を支配した。

刑事さんのコートを掴んで懇願するも……申し訳なさそうな顔で刑事が私を見下ろしてくる。


「お気持ちはお察ししますが……彼にさほど重い罰が下ることはないと思います」


「どっどうしてですか!?」


「その場に居合わせた第3者と現場検証から……最初に包丁を持って襲い掛かったのは夕華さんであることが判明しました。

それも傷口からして……明確に強い殺意を抱いていました」


「浮気されたのですから……当たり前じゃないですか!!」


 私も夫に裏切られた女……私がその気になっていれば、あの場で夕華と同じことをしたかもしれない。


「感情的に見ればそうなんですが……法的に見れば夕華さんが完全な被害者とは言えないんです。

理由はともかく……丸腰の相手を刃物で刺してしまった訳ですから……」


「なっなによそれ!?」


「争いというのはいつの時代でも先に手を出した人間が悪いんです。

受け入れがたいとは思いますが……」


 夕華が殺されたのに……夜光は死刑にならないの?

そんな馬鹿な話があるわけがない!!



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 後日……私は体にムチを打って、夜光の裁判が行われる裁判所に足を運んだ。

その場で私が聞いたのは……これまで耳にしたことがなかった事実。

夜光は私達家族を逆恨みし、サッカー部の男子たちをそそのかして昼奈を辱め……さらにその様子を動画に収めてネットに流し、さらには深夜の浮気写真をウチの郵便受けに入れ、結果的に一家離散に追い込んだんだ。

あいつのせいで……あいつのせいで……私の家族はバラバラになったんだ!!

昼奈をネットのさらし者にし、さらには夕華の命まで奪ったあの悪魔を……私はこの手で殺したいと強く願った。


※※※



「そんな……」


 だが、私の願いも空しく……夜光には懲役5年が言い渡された。

夕華の件は正当防衛が認められて無罪……その他の罪状からこの結果になった。

私は当然受け入れられなかった……。

夕華を殺しておいて……昼奈を追い詰めておいて……そんな簡単なことであいつは許されるの?

2人の命は……そんなに軽いものだったの?

冗談じゃない……冗談じゃない!!


「人殺しぃぃぃ!!」


 私は気が付いたら傍聴席を飛び出し、被告席にいた夜光の元へと駆け出していた。

法律があいつを許すと言うのなら……私がこの手であの悪魔に鉄槌を下してやる!!


「やめなさい!!」


「離せぇぇぇ!!」


 そんな思いも空しく……私は係官の手で取り押さえられてしまった。

当然と言えば当然だ……何の力もない私が騒いだところで何も変わりはしない。

そんなことはわかっている……わかっているけれど……でも……こんな結末……あんまりじゃない!!


「……」


 一瞬、夜光と目が合った……あいつは憐れむような眼で取り押さえられている私を見下ろしていた。

フフフ……さぞ無様でしょうね。

お前から見た私は……。

悲し気な表情で反省を装っているつもりでしょうけど……内心は私達を嘲笑っているに決まってる!

夕華のことも……昼奈のことも……そんな風に見下していたんでしょうね……。

ホント……この世は不平等ばかり……。

罪のない若い命が奪われ……大罪を犯したクズが大した罰も受けずにのうのうと生きていく……。

冗談じゃない!

だったら昼奈と夕華の人生は……一体何だったの!?


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 判決が下された跡も私は諦めきれず……弁護士に連絡を取った。

夜光は死刑にすべき男だ!

あいつに生きる資格はない!

だけど……弁護士の口から出たのはたった一言……。


「諦めましょう」


 たったこれだけで……私を納得させようとした。

弁護士が言うには……夜光の裁判ではすでに証拠も証言も出尽くし、事実が揺るぐことはほぼ100%ないという。

事実が動かないと言うことは……それに基づいた判決も覆ることはないと言うこと……。

私はそれから何人もの弁護士の元へ足を運んだが……返答はみんな同じだった。

誰も私の味方になってくれない……。


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 そして……無理をさせすぎたためか……裁判から4日経ったある日……私は体調を大きく崩して入院を余儀なくされた。

退院は目途が立たず、もう……娘たちのために戦うことすらできない。

じゃあ私は一体……何のために生きているの?

何を目的にしてこれから生きていかないといけないの?

もうわからない……生きている意味がわからない。

このままずっと独りぼっちで生きていくくらいならいっそ……。


「もう……疲れた……」


 私は遺書を書いた。

夜光と言う悪魔を引き取ってしまった後悔……娘を奪った悪魔への恨みつらみ……娘たちを守ってあげることができなかった懺悔……家族を心から愛していたという嘆き……私の心に満ち溢れていた想いの全てを数枚の紙に記した。


『家族は必ず、私が守る!』


「……」


 遺書を書き進めている中……ふとテレビで流れているドラマが目に入った。

なんでも夫に殺された女主人公が過去に戻り、子供達を守るために夫を闇に葬ろうと奮闘するとか……。

ほんの少し前の私なら、そんな都合の良い展開があるわけがないだろうと鼻で笑っていただろう……。

でも今の私なら、この主人公がものすごくうらやましく思える。

私だって過去に戻れるものなら戻りたいわ……。

そうしたら、あの悪魔を葬り去って……また家族みんなで幸せに暮らしていくのに……。


「……」


 遺書を書き終えた私は、シーツ等をまとめる際に使われるヒモをカーテンレールに引っ掛け、輪を作った。

あとはこのヒモに首を掛けるだけで終わる……。


「昼奈……夕華……今いくからね」


 私は未練のなくなったこの世に別れを告げ……愛する娘たちの待つあの世へと旅立った。

今度こそ……家族みんなで幸せに暮らそうね……。


【ひとまず書きたいことは書いたので、もう1度幕を下ろします。

たった2話だけの追加分でしたが、読んでくださってありがとうございました。】

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初恋の義姉が俺をいじめている男と付き合い、俺は冤罪で家と学校から追い出される。 もう俺には何もわからない。 panpan @027

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