第19.3話 不調 -Yuiko Side-

「じゃ、智久君の回復を願って乾杯!」

「かんぱーい」

戸松の寝室を辞し、メインルームにて酒が入った缶を二人してぶつけ合う。

「いやー、トモがあそこまで体調崩すなんてホントびっくりしたよ」

紗枝が稀覯のものを目にしたか如く呟く。

「まぁ、智久君、KYUTE周りの仕事始めてからずっと忙しそうだったもんね」

「それにほら、ゆいっちも知ってのとおり、メンバーに浅からぬ縁がある子がいるし、いろいろと溜まっているのもあったんじゃない?」

紗枝がどれほど戸松と香坂の関係性を認識しているのか知らず、これからどう探りを入れようか策謀していた北山は、紗枝が初手から核心へ踏み込んだことに面食らう。

「お、いきなりそこ突っ込んじゃいますか。っていうか、紗枝ちゃんもやっぱり智久君としずくちゃんのこと知ってたんだね」

「まぁ、付き合い初めの頃のトモの浮かれっぷりは凄まじかったからね。気になってコッテリ絞って吐かせたのよ。二人の間では姉が王様……国策には逆らうなってね」

「おぉ怖い怖い」

実際のところ紗枝が親バカならぬ弟バカであることを知る北山は、好奇心より心配が主となってちょっかいを出したのだろうと思い描く。

「まぁ、実際会ってみるとしずくちゃんってすごくいい子だったし、関わっていくうちに私も随分と思い入れが深くなっちゃってさ。トモ抜きで二人して渋谷や新宿に繰り出したりとかしてね。すごく楽しかったなぁ」

チューハイの缶を握り締めつつ、感慨深げに紗枝が呟く。

「へぇ、紗枝ちゃんがそこまで入れ込むなんて珍しいね。よっぽどしずくちゃんのこと気に入ってたんだね」

「まぁね。あの頃の私って友達もそこそこいたけど、それってぶっちゃけ、誰とでもそれなりにうまく仲良くできるような付き合い方をしてきた産物でしかなかったし。何だかんだ一緒に過ごしていて一番楽しかったのはしずくちゃんだった気がするなぁ。彼氏の姉っていう立場とか関係なしに、すごくいい関係を築けていた気がするんだけどね」

ため息交じりに紗枝がこぼす。”けどね”に続く言葉が何なのか、現況を知る北山には立ち入るべくもない。

「そういえばこの前出た曲のクレジット見たんだけど、しずくちゃん作詞で協力ゆいっちだったね。どう?しずくちゃんのメジャー初大仕事に関わった立場としては」

北山の機微を察したのか、紗枝が別方向に水を向ける。

「いやぁ、粗削りだけどなかなかどうして見どころあるよね。これから経験積んでいけば売れっ子作詞家になれるんじゃないかな。アイドルって立場じゃなければ作詞作曲家夫婦なんて道もあったかもね」

「……それは何とも面白い冗談ね。しずくちゃんがKYUTEにいなければトモと再会することはなかっただろうし、果たしてあの子が作詞をするようになったきっかけってどこにあったのか……。神様ってのは随分と悪趣味な悪戯をするものね」

紗枝の寂しそうな笑顔に北山は何とも居たたまれない心持となり、自身の軽はずみな発言を悔やむ。

「ま、今となってはこの状況を受け入れつつ、トモの行動の結果を見守るしかないっていうのが実情よね。勿論、私ができる協力は惜しまないつもりだけど、結局はトモが責任を負わなければならない話だもんね」

紗枝がため息を吐く。

「……そういう言い方をするってことは、しずくちゃんとの向き合い方にまだ決着はついてないのね。まぁ、あの子相手じゃそう簡単にケリをつけられるワケないか。ちょっと私の言葉も重荷になっちゃってるのかな」

「ちょっと待って。トモになんて言ったの?何となく想像はつくけど一応教えて。私がトモから聞いたのはゆいっちに昔のことがバレたってだけだから」

「ご想像の通りよ。智久君の意思を確認したうえで、リスクを勘案するなら適切な距離を考えなさいってアドバイスをしただけ」

北山の回答に、紗枝は苦笑いを返す。

「そうね、それは至極もっともな助言よね。ごめんね、そんな役回りを押し付けちゃって」

「ちょっと差し出がましかった気もするけどね。前途有望な作曲家の未来が潰れるかもしれないっていうのを見過ごせなかったの……っていうのは建前で、智久君の行く末を他人事と割り切るには遅いほど深く関わっちゃったってだけ」

「おーおー、トモもまだまだ捨てたもんじゃないね。ゆいっちに足を向けて寝られないね、トモは。とりあえず、トモがしずくちゃんに見放されて、その上でゆいっちがいつか結婚相手を欲するなんてことがあれば、その時は貰ってやってね……なんてね」

自分の冗談も大概センスがないとは自覚しつつ、紗枝の軽口の趣味の悪さに辟易する。

一方で、二人の鄙陋さが噛み合ってここまで親しくなれたのかもしれないと思うと、なんとも言い難い心持となった。

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