第15話 露見(前半)

「お、買い出しお疲れさん。家にあった材料でつまみの足し準備しておいてたよ」

戸松が近所のコンビニでの調達業務を終え自宅に戻ると、我が物顔で自宅の冷蔵庫を物色していた北山がしたり顔を見せる。

「一体全体何しているんですか。……あれ、香坂さんは?」

「テーブル回りの準備をしてもらっているよ。いやぁ、今日はちょっといじめ過ぎちゃったかな?」

「惟子さんにしては珍しく、ずいぶんと気合入れて指導していましたね。前回はあっさりとOK出していたのに」

「まぁ、前回はとにかく時間の制約がきつかったから、最低限のクオリティでOKを出さざるを得なかったし、しずくちゃんにも期待していなかったしね。ただ、今日一緒に作業してみると、しずくちゃんには伸びしろがあるなって思ってさ。私からに限らず、あの子がこんな風に作詞の指導を受けられる機会なんて、もうそんなに多くないじゃん。叩き込めることはたたきこんでおきたいなって。尤も、ビシバシやりすぎて折れちゃってもいけないし、匙加減が難しいわね」

北山の表情がいつになく優しいものになる。

「今日の様子だと大丈夫そうですけどね。惟子さんの思いは伝わっているとは思いますよ」

「だとうれしいかな。ま、とりあえず智久君もあの子のことフォローしてあげてね」

「はいはい、了解しました。ところで、その優しさを少しは俺に向けてくれてもいいんですよ」

「そんな……、こんなにも私はトモに愛を捧げているのに、どうして分かってくれないのだろう……」

「いや、ホントすみませんでした。その呼び方は勘弁してください」

軽口をたたいた途端、思わぬカウンターパンチを浴びせてくる北山に、戸松は一生勝てる気がしないと痛感する。

「んじゃ、酒もつまみも揃ったし、しずくちゃんのところに行きますか」

意気揚々と歩みを進める北山に、戸松はただただついていくことしかできなかった。


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「はいはーい、今日はお疲れ様。乾杯の前に、まずはお偉い音楽プロデューサー様からご挨拶を頂戴したいと思います」

「こんな飲み会で挨拶もへったくれもないですよ……。とりあえず、作詞お疲れ様でした。なかなか消耗が激しい作業だったかと思いますが、無事仕上がってよかったです」

3人でグラスを傾け、子気味好い音を鳴り響かせる。

「さて、さっきまでガチガチに仕事で火花散らしていたわけだし、この場は仕事の話は抜きで無礼講ってことでよろしくね。さてさて、しずくちゃんは今大学生って言っていたけど、どこの大学に通ってるの?」

ビールをグイっと呷った途端、北山が香坂へ絡み始める。

「東樫塚女子大です」

「へー、あそこに通ってるんだ。こんな感じで飲み会とかやったりするの?」

「全然しないですね。KYUTEの活動で忙しくて、サークルやバイトには縁がなない上に、学校も授業を受けに行くだけの状態で」

「まぁ、大売出し中のアイドルだしねぇ。女子大だとそこまで学内で声は掛けられない?」

「んー、たまにかけられますね。今学期は週4で通っているんですけど、1週間のうちに2~3回ぐらいって感じですね」

「そうなんだ。んー、花の女子大生活にアイドル活動かー。自分とはあまりにもかけ離れていて悲しくなってくるわー」

北山が冗談めかして自嘲する。

「いえいえ、惟子さんこそお綺麗な上に作詞のプロですし、羨む人多そうじゃないですか。恋人とかいらっしゃらないんですか?」

北山の言葉を真に受けた香坂が慌ててフォローの言葉を口にする。

「お、それを聞いてきますかー。ま、せっかくだし教えて進ぜよう。2年ぐらい前まではいたんだけど、こっぴどく振られちゃってね。それ以来ずっとさみしくお一人様ですよ。ってか、しずくちゃんはどうなの?今はともかく、以前付き合っていた人とかいないの?」

自分への問いは簡潔な回答でサラッと流し、同じ質問を打ち返す。

「っ……。昔一人だけ、少しの間ですけど付き合っていたことがあります……。って、現役アイドルがそんなこと暴露しちゃダメですよね」

完全に話題の矛先を誤った方向に向けてしまったことにに気づいた香坂は、一瞬言葉を詰まらせ、さらには動揺からうっかり口を滑らせる。

「えっ、そうなんだ!ねぇねぇ詳しく聞かせてよ。相手はどんな子だったの?もし中学の時だったら、智久君も知っている人かな」

故意犯で言っているのか、北山が的確に二人の急所を抉る。

「いえ、いたって普通の人でしたよ。とりたてて面白い出来事もなかったので、ご期待に添えられずすみません」

「いいのいいの。私も突っ込んで質問しちゃったわね」

回答をはぐらかす香坂を見て、北山が追及をストップする。

「いえいえ、恋愛の方向に話を持って行ったのは私ですし」

若干ヒヤッとしたものの、その後は穏やかな雰囲気で四方山話を積み上げていき、同時に酒の缶も積みあがっていく。


「すみません、ちょっとお手洗いに」

盛り上がっていた話がちょうど一区切りついたタイミングで、香坂が中座する。

戸松と北山の二人きりになった部屋には一瞬の静寂が訪れる。

北山が戸松をじっと見つめるため、戸松は落ち着きなさげに軽く身じろぎをする。

「どうしたんですか、惟子さん」

「んー、どうしようか迷っていたんだけど、やっぱりこれは言うべきなのかな」

逡巡の末、フーッと息を深く吐き、北山が口火を切った。

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