第14.3話 2ndシングル後編

兎にも角にもすんなりとテーマが決まり、作詞作業は快調な滑り出しを見せた……かのように思われたが、

「いや、何でそこでそういう方向に行っちゃうかな。単にキーワードを羅列するだけじゃなくてストーリーを組み立てることもちゃんと意識してよ」

「いえ、ここは掛け合いが一番激しいパートなので、気持ち良く聞かせることに注力すべきです。ほかのパートではしっかり構成組み立てていますし、ここでフローの気持ちよさを壊してまでストーリーに偏重すべきではないと思います」

北山と香坂との間で、怒気を孕んだ舌戦が繰り広げられる。

「大体、惟子さんは理屈だとか整合性だとか、第三者からの視線を意識しすぎなんですよ。例えば恋愛に関するテーマの歌詞を書いたときに、それが外様での視点だったら共感を得られると思いますか?」

「いや、大勢の人に訴えかけるなら、主観詰め込みすぎはダメでしょ。あまりにも主観的な内容はツボに入る人には刺さるけど、その他の大多数には響かないのが実情なの。言い方は悪いけど、世の中の人ってあなたが想像しているよりも頭が悪くて、薄っぺらい歌詞に感動する人が大半なの。メジャーデビューして知名度拡大を図るのであれば、例え薄っぺらくても大衆受けする内容にしなくちゃダメ」

当初は歌詞の構成について議論していたはずが、作詞論にまで話題が逸れていき、結局決着がついたころには、表題曲の生楽器差し替え用の楽譜やタブ譜も仕上がってしまった。

「お疲れ様です。ずいぶんと激論を交わしていたみたいですけど、無事に終わったみたいですね」

二人の論争は極めて熾烈であったものの、戸松の方は時折音楽プロデューサーとしての立ち位置からの意見を求められる程度であり、メロディに一部修正は加えつつも、最終的にはほぼ二人で完成形へと持ち込むに至った。

香坂にも作詞家としての矜持が芽生えたのかもしれない、と嬉しさがこみ上げる。

(しずくの本業はアイドルだし、今となっては単なる仕事での関わり方しかできないけど、それでもやっぱり、作曲家と作詞家として共に一つの作品を作り出せることに、通常では得難い喜びを感じてしまうんだよな、悔しいけど)

決して口にできない感情は行き場を失い、棘となって戸松の胸に突き刺さる。

「いやー、いろいろキツいことも言っちゃったけど、何とか表題曲は仕上げることができたね。結果としてすごくいい歌詞ができたと思うよ。ホントお疲れ様」

北山が香坂に対し、先ほどまでとは打って変わって優しい口調で労いの言葉を掛ける。

「あー、すごく疲れました。正直、こうやって自分が携わるまではアイドルソングの歌詞なんておっさんが片手間に作っていい程度のものだって認識していました。でも、本当はジャンルとか関係なしに、どこまでクオリティを求めるかは作り手の意識次第ってことがよく分かりました。惟子さんには大切なことを教わった気がします」

香坂がぐったりした様子で返答する。

「本当に二人ともお疲れさまです。とりあえず、まだ〆切までは余裕ありますし、カップリングの方はまた後日にして、今日はこの辺で終わりにしておきましょう」

「そうね、私も年甲斐もなく若い子とバチバチ火花散らしちゃったし、体力がごっそり削られちゃった。あ、そうだ。せっかくだしこのまま3人で懇親会しようよ。作詞作業が遅くまでかかっちゃったって言えば、田中さんもタクシーの領収書認めてくれるでしょ」

「いや、それは分かりませんけど。それにしても、あれだけやり合った後に飲み会しようとするバイタリティがあるあたり、惟子さんもまだまだ若いですよ」

「ホントそうですよ。本職のクリエイターさんには実力だけでなくエネルギーでも勝てる気がしません。あー、私も今日はいろいろ発散したい気分なんでこのまま飲み会やりましょう!」

かくして、女性二人の発言の勢いに押され、なし崩し的に宅飲みを催行することと相成った。




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