第8話 打ち上げ

「お疲れ様―!いろいろあったけど、なんとか最初の大きな山は乗り越えられた。みんな本当にありがとう。ライブも曲も評判は上々だったし、幸先のいい滑り出しということで、今日はパーッと飲みましょ!乾杯!」

ライブ終了後は打ち上げを関係者で行うこととなり、統括プロデューサーたる田中が乾杯の音頭をとる。

その表情はだいぶ晴れやかで、ここしばらく見せていた疲れた様子とのコントラストが際立っている。


乾杯後の落ち着いたタイミングを見計らい、戸松は他スタッフへの挨拶回りに動き出す。

関係者間の初顔合わせ以降、繁忙により他スタッフと会う機会がなかったことから、この打ち上げは彼ら彼女らと交流を深める格好のチャンスであった。

「いやぁ、戸松さんとじっくりお話しする機会がようやくできました。改めてこれからよろしくお願いします。さすが戸松さん、いい曲書きますね。私もノリノリで振付を作っちゃいましたよ」

「こちらこそよろしくお願いいたします。あの短い期間で、簡単でありつつも見栄えのする振りを完成させるとは、ただただ敬服するばかりです」

振付師、衣装係、メイク係……と次々に話しかけていくうちに、こんなにも多くの人が携わるプロジェクトに参画していたのかと改めて痛感する。

自分がどんな曲を作るかによって、演出の方向性が大きく左右される事実に身震いするとともに、気を引き締める。


スタッフたちと一頻り交流したのちは、KYUTEの面々のもとへと向かう。

「皆さん、今日はお疲れ様でした。ライブすごく良かったです。練習時間が極めて少なかった中、申し分ないクオリティで歌ってくださってありがとうございました」

「こちらこそいろいろとお世話になりました。戸松さんのお力もあって、曲もライブもお客さんの反応は上々でした。これからもよろしくお願いしますね」

メンバーを代表し、新垣が謝辞を述べる。

「とっまつさーん。やっぱり戸松さんの曲は歌っていてすごく気持ちいいです!次はどんな曲にするんですか?」

挨拶を終え、かしこまった空気が緩んだ途端、種田がまくしたてる。

「そ、そうですね。今回の曲がド定番なアイドルポップだったから、次は趣向を変えたいかなとは思いますね。個人的にはEDMやドラムンベースの系統が面白そうかな、と。皆さんはどんなのをやってみたいですか」

種田の勢いにひるみつつ、他メンバーにも水を向ける。

「私としては、今回みたいなアイドルらしいポップスをもうしばらく歌った方がいいと思います。冒険をするには少し早いような気がします。あと、メジャーで戦っていくのですから、何が歌いたいかよりも何を歌えば売れるのかを重視すべき、というのが私の意見です」

新垣がお堅い持論を展開する。

「えー、その考え方はつまんないよ!私は戸松さんのEDM系の曲やってみたいけどなー」

種田が口を膨らませる。

「私は特にこだわりはないわ。しずくはどう?」

須川がおっとりと笑う。

「私は……そうね……。” アネモネの花は暁に消えゆく”みたいな曲がいいかも。私、戸松さんの作るメロディだけじゃなくて、詞も好きなんですよ」

香坂が戸松をちらりと見やりながら発言する。

「そ、それはとても光栄ですね……。ただ、もともと私は作詞畑の人間ではないですし、あの曲はコンペ限りで仮に作った詞だったんです。なので、日の目を見たのは偶然で、本意ではなかったんですよ」

作詞の才能がないことを説明の軸に据えつつ、意図して過去の思い出を歌詞へ昇華したわけではないことを暗に示す。

「そうなんですねー、残念です。あ、そうだ。せめて共作詞なんてやってみません?私と戸松さんがタッグを組んだら、なんかいいモノが書けそうな予感がするんですよ」

笑みを顔に張り付けながら畳みかける香坂に戸松はたじろぐ。

「まぁ、今後の話はまた追々しましょう。今日はせっかくのメジャーデビューのイベント成功の場なんですから、今日の感想とかもっと聞かせてください」

その場しのぎの話題転換は奏功したものの、香坂からの視線の重みをしばらく感じ続けることとなった。

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