第7話 デビュー

北山との飲み会以降、あれやこれやと戸松がKYUTE案件以外の仕事を熟すうち、楽曲のマスターアップも終了した。

また、運がいいのか悪いのか、大型商業施設の広場を抑えることができたとのことで、発売当日にはお披露目ライブを行うことと相成った。


「お偉方もなぁ、ただでさえCDの準備でアップアップだったのに、発売イベントまでやれと言い出すとは……。今回はなるべく簡素な振付で済ますことにはしたけど、彼女たちには負担をかけちゃってるなあ」

田中が溢すとおり、プロモーションや演出、振付関係のスタッフは忙しなくあちこちを駆けずり回っている。

KYUTEの面々にとっても、時間がない中で聞きなれていない曲の振付やフォーメーションをマスターすることは容易ではなく、受難の日々が続くばかりである。


「はぁはぁ……。きっつーい。あぁ、お菓子食べたい……」

彼女らの練習の場に軽く顔を出したところ、まず耳に入ってきたのは須川のぼやき。

彼女だけでなく、メンバー全員の表情は苦悶に満ちている。

呼吸が乱れるほどの運動量では、平時の穏やかな口調を維持する余裕もなさそうである。

「はいはい、そんなこと言っている余裕があるなら、少しでも振り付けを頭に叩き込みなさい。須川さん、他の子の動きを見てからモーションに入っているせいで、かなり遅れ気味ですよ」

振付師からの容赦ない指摘に須川の顔が曇る。

それでも、ひたすら続くレッスンに彼女と他メンバーが懸命に食らいついてく。


戸松が見学したのはレッスンの一部分でしかなかったが、地獄のような特訓が何日にもわたって続き、発売ライブの日にはそれなりの完成度に仕上がった。

「いやぁ、指導する立場の人間が言ったらアレだけど、よくあの子たち、こんなスパルタについてきたなぁって」

とは振付師の弁。


発売日当日、KYUTEの面々は疲れを化粧で覆い隠し、商業施設の広場に設置された仮設ステージに姿を現す。

「みなさーん、今日はKYUTEのライブにお越しいただき、ありがとうございまーす」

新垣の声がマイク越しに木霊する。

元々インディーズでも人気を博していたこともあり、広場には多くのファンが詰め寄せていた。

4人はそれぞれ自分のキャラを保ちつつ、観客へ精いっぱい愛想を振りまきながらトークを膨らませていく。

彼女らのアイドルとしての姿を、戸松はこれまで映像でしか知らなかったため、実際に生で見ると彼女らがずっと遠くの存在に感ぜられる。

「さて、お待たせしました。いよいよライブパートです。歌うのはもちろん、私たちのメジャーデビュー曲です。それでは聞いてください、”Startin’ our KYUTEst Story”」

トークが一段落すると、新垣がライブパートへの移行を示唆する。

スピーカーから優しいピアノの旋律が流れ始め、それに合わせて4人の肢体がしなやかに動き出す。

先ず他のメンバーより1歩前に出てひと際洗練された動きをするのは種田である。

普段の佇まいが上品という概念からメンバー内で一番かけ離れている種田が、一番優雅に踊っているのは、さすがの運動能力というべきか。

やはり彼女もKYUTEにはなくてはならない存在であるのかと改めて戸松は実感する。

併せて、急ごしらえな振付にも拘らず、見栄えするよう作りこんだ振付師にも心の中で賛美を送る。

イントロが終了しAメロに入ると、先ず新垣と須川の2人がデュオで歌いだす。

新垣のよく通る歌声が紡ぎだすメインメロディに対し、須川の安定した3度下のハモリが得も言われぬ甘美さを演出する。

「へぇ、初手の振り付けでダンスに注目させて、Aメロに入った途端、歌唱力で殴りつける。いいね、デビュー曲にふさわしいインパクトじゃん」

戸松の隣で一緒に観覧している北山が感心のため息をつく。

「初手ハモリでのインパクトは狙っていましたけど、こんな相乗効果が出たのは計算外ですね」

そう戸松がつぶやくうちにAメロ後半に入り、今度は全員でのユニゾンとなる。

ギターのカッティングやドラムの手数も増えて重厚なサウンドへと変化し、観客のノリも増していく。

動画サイトへの宣伝動画のアップロードがぎりぎりとなってしまった中、ファンにとっても耳慣れない曲で盛り上がれるのか若干心配なところであったが、杞憂であったことに戸松も安堵する。

Bメロに入ると、一転ソロパート回しへ移行する。

バッキングも穏やかなものへと変わり、観客もPPPHというBパート特有の合いの手を打つ。

最初に歌い始めた香坂はアルト音域をきれいに響かせ、Aパートからの変化を強調する。

次に歌う新垣は、凛とした佇まいとその歌唱力で観客の視線をくぎ付けにする。

半面、種田のパートに移ると、その元気な歌声がサビに向けての盛り上がりを示唆する。

最後に歌唱リレーのバトンを受け取った須川は、突出した歌唱力でサビ直前ブレイクでのロングトーンを歌い切り、観客を沸かせる。

「うん、いいね。やっぱり智久君の曲はsus4からの解決がないとね。ルート音程のロングトーンをそこに当てるのはスタンダードだけどやっぱりぐっと来ちゃうね」

傍にいた田中の論評に、北山も大きく頷く。

サビは4人がユニゾンするキャッチーな主旋律と、ストリングスによるカウンターメロディが絡み合うアイドルソングの王道な作りであり、ゴーストノート多めの4つ打ちドラムやベースの激しい動きがテンポの良さを演出する。

期待を裏切らない構成に観客も気分が高まっていき、合いの手を大きくしていく。

「こういうtheアイドルソングって傍から聴くと結構食傷ぎみですけど、自分が制作する立場にいると、やっぱり安牌だなって感じますよね。こういうパターンであれば、時短でもそれなりにキャッチーなアレンジができましたし。とはいっても、次は思いっきりジャンルを変えて、どんな曲でもいい感じに歌えるアイドルというのも示していきたいですよね」

戸松の構想に田中も神妙な顔つきになる。

その後、2番、落ちサビともメンバーはしっかりと己が役目をしっかりと果たし、ライブは大盛り上がりの内に終了した。


笑顔を振りまきながらステージを去る4人は眩しすぎて、戸松にはやはり遠い世界の住人に感ぜられる。

なんとなしに、香坂と目が合ったような気もしたが、それは自意識が過剰なだけだと自分に懸命に言い聞かせた。

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