第4話 誓い

 あれだけ呑んでいたにも関わらず、翌朝の挙式には元気そうな姿を見せた。あられもない姿はあくまで裏の顔。陽の当たる人間は、陽の当たる場所では輝いているから、そういう風に言える。


 僕が十年来抱えてきた、綺麗なイメージそのままだった。


 「どう?」

 「まあ……綺麗」

 「コラ、“まあ”って何だ!ハッキリしない感想を言って」

 「いいのいいの、パパ」


 父は娘の晴れ姿を見て感極まっている。敢えて言うなら父の涙は娘の美貌によるものではなく、今まで育ててきた自分に対する苦労から流れ出ているのだろう。


 「ほら早く、カメラ出しなさい」

 「はいっ」


 そうか、今日の僕はただの使用人だった。妹と話せる時間なんかそうそう期待しない方がいいよな。


 「…………。」


 醒めない夢が、まだ僕と妹が近しい存在だと言い聞かせている。


 ◇


 家族写真を撮った後は“お相手さん”とのツーショット。バージンロードを歩く前に、僅かな時間を縫ってシャッターを切る。


 一度写真は見たことが有ったけれど“お相手さん”もイケメンだった。大学時代にはラグビー部で主将を務めていたという。文句なしの最上級物件。夢のような世界に居る人だ。


 「そう言えば、ヒヨリって“お相手さん”のどこが好き?」

 「オバさんがしそうな質問だね」


 からかったつもりで言ったわけじゃない。あくまで僕の本心が聞きたがったこと。


 「ん……誠実なところ」

 「アハハッ、ひーちゃんそんなの普段言わないくせに」


 “お相手さん”は妹を“ひーちゃん”と呼ぶらしい。大した度胸だ。


 「“お相手さん”は?」

 「俺は、何と言うか……全部」

 「全然信用ならないじゃん!!ねえ〜!!」

 「だって突然言ってくれって、そりゃ……!!」


 パシャリ。惚気合戦が始まったところで、密かな怒りを込めてフラッシュを焚く。


 「はい、ご馳走様です」

 「あ〜!!ズルい!!」


 良い写真を撮る時は、自然体の姿を映すように心掛けている。それがある意味僕の中でのモットーであって、少しだけ意地汚いところ。


 「なんだよ、めちゃくちゃ良い顔してる」


 ハレの姿のこんな表情を、ずっと“お相手さん”は眺められるって、そりゃ大した幸せ者だ。


 撮り溜めた写真を後で見てみると、控室で緊張した面持ちとか、初めて挙式でお互いの晴れ姿を見て感極まったりとか。お互いが誓い合うように、チャペルで額を近付けあったりとか……この写真が、僕の中ではベストショットだった。澄んだ表情と、「柄じゃないよね」って笑い合う、その次のフレームと。


 どれもこれも、写真の中で妹が見せた笑顔は、“お相手さん”へのものだった。


 ――純真な愛情が向かう先は、他の誰でもなく、真っ白なタキシードを纏う男性。


 「ざっと、こんな感じ」

 「あ!すごい綺麗、これも好き!」

 「じゃあ、現像しとく」

 「……ありがとうございます」

 「いいえ、これ位しかお役には立てませんが」


 僕が“お相手さん”に見せ続けたのは空笑いだった。雰囲気を壊さない為の愛想笑いに近しい何か。「お前には負けないからな」なんて、そんな大それた感情を裏で抱えているわけでもない。

 気持ちの大半は、諦めに近しい何かだった。


 ◇


 「ヒヨリ」

 「うん?」


 一通り撮り終わって向かった控室には、ヒールを脱いでくつろぐ妹がいる。


 「良い“お相手さん”だよな」

 「良い人だよ、ほんと」

 「さっきは変な質問したな」

 「変だったよ」


 否定されないってことは、本当に迷惑だったのかも知れない。


 「ごめん、なんか」


 言葉を繋げようとしたけれど、頭の中で絡まって、上手く表現できない。


 「いいのに。写真ありがとう」


 「……ヒヨリ」


 いや、きっと言おうと思っていることは、言ってしまってはいけないから。


 「?」


 純白のドレス。

 肌にかかるベール。

 真っ白なバラのブーケ。

 微かに滲むマスカラの跡。

 

 花嫁になったヒヨリを見ると、僕は思いの丈を堪えられなくなりそうだった。


 だからもう言ってしまうなら、情けない顔を見られたくないから……静かに背を向けて、ドアノブに手を掛ける。


 次に息を吐いた時に最初に出た言葉が、僕の本心だと信じよう。




 「約束なんて、忘れちゃっていいから……大好きな人と幸せになってくれ」


 「……うんっ」




 ドアを閉めて、全てが終わったことを悟る。


 時間が経つにつれて、醒めない夢は少しずつ幻想だと分かっていく。


 僕はハメられたんだ。“いい妹”像を見せられるだけ見せつけられて、それがあの夜の役目であって、ヒヨリはもう“お相手さん”に心を許しているんだ、と。


 「……馬鹿め」


 良い具合に騙されたはずなのに、嫌な気持ちはしない。完璧な人間の為せるワザなら、僕もまたヤラれてしまったのだと。ヤラれたら最後、虜にされた以上は仕方がない。陽の当たる人たちは人を選ばないで、分け隔てなく話しかけてくれるから敵わない。


 「流石だな、ヒヨリは」


 チャペルに向かう廊下の片隅で、肘をついて笑っている僕がいる。


 白旗、降参だ。


 ◇


 「結婚」――いつしか僕らは大人になって、憧れは僻みに変わっていく。


 結婚することが生きる上で重要な価値だということは、勝手な社会の決まり事なはずだ。価値観は時代と共に変わっていくし、「独身貴族」だって今では社会の主流になりつつある。人から求められる必要もなく、束縛されることもなく自由に自分本位で生きて、自分で稼いだお金は自分のために使える。何とまあ、実利的な生き方だろう。


 「はい、誓います」


 そうやって言い聞かせて生きていくことは出来る。だけど目の前にしている妹の笑顔は、並べた屁理屈を打ち払うかのように、屈託もなく真心が溢れている。


 立派な世界に生きて、立派に人を愛して……そうやって生きる人の笑顔が輝いていたら、それに敵うものはないように感じてしまう。理論じゃどう足掻いても敵わない人間の本能的な何かのせい。


 人を愛し人に愛され、陽の当たる世界に生きた人間を、僕は「輝いている」と思ってしまう。僕はささやかな感情を込めて紙吹雪を空にバラ撒く。


 「おめでとう」「おめでとう」、重なる言葉たちが二人を彩っていく。彩っていくキャストの一人に僕が居たなら、それはそれで十分なのかも知れない。


 だけど、少しだけワガママが言えるとしたら。

 今ならきっと、出来るかも知れない。

 ヒヨリに言おうと思っていたことを、歓声と青空の中に放り投げてみた。



 「来世になったら、キスでもさせてくれんのかな……」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Confetti Cleyera / くれーら @Cleyeraaaa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ