山中の廃病院

覧都

第1話

はーなんで月曜日はこんなにしんどいのだろう。

一週間で一番しんどい。

だが午後四時五十分、あと十分で終わりだ。


あれは、会社に勤めだして四年目の、八月九日のことだった。


「コウ頼みがあるのだけど」


声を掛けてきたのは、ユーマとノコである。

ノコは女では無く、髪型がキノコみたいだから、最初キノコと呼ばれていた。

それがいつしか、略されてノコと呼ばれている。

ユーマはでかい体育会系の男で、ノコは線の細い神経質そうな男である。


二人は入社が同じ年の仲間で、時々飯を食ったりする仲ではある。


「頼みを聞くか、聞かないかは、内容で決める」


「相変わらずだな」

「実は昨日、ノコが携帯を忘れてきてしまって、それを取りに行くのを、ついてきてほしいんだ」


「悪い予感しかしねーがどこなんだ」


「昨日行った、G県の廃病院」


「はー-、馬鹿なのか行くわけがねーだろ」


「この場所、霊がいたんだ」


「霊なんているわけねーだろ」


「なー、そう思うだろ、絶対にいる」

「証明できるんだ」


ユーマのテンションがめちゃめちゃ高い。

おかげで、まわりの視線が痛い。

断れば、またしつこいので、気は進まないが行くことにした。


「わかったよ」

「行けばいいんだろ」





行かなければよかった。

この手のことはいつも後悔である。

現地には、高速を使って二時間もかかった。

この段階で後悔している。


「一時間どころか二時間じゃねーか」


「まーまー」

「みろよ、すげーだろ」


川沿いの細い道を山の中へ、ずんずん進んできたが、ここは、山が切り開かれ広い範囲に施設が幾つも建設されている。

規模がとにかく大きい。


「なんなんだここは」


「結核の療養所らしいぜ」

「つぶれて長いし、地図にも載ってねー」

「いいだろー」


「ばかじゃねーのか」

「ここは、おめーやべーの極みだぞ」


もはや、おれの体は凍りそうになっている。

鳥肌どころの騒ぎではない。

しかも、まだ駐車場だ。


「霊は、いないんじゃねーのか」


ユーマがニヤニヤしている。

世の中には、こんな鈍感な奴もいる。

ノコは両腕を交差させ寒そうにしている。

だよなー、それが普通だ。


「いないさ、現実的じゃねー」


「ならいくぞ」


ユーマの案内で建物の中に入った。

とにかく静かだ、物音ひとつしない。

だがガラスが割れ、落書きも多い、結構荒らされている。

こういう場所は、意外と寒気はない。

さっきの駐車場の方が寒かった。


あれだけ、何も感じなかったユーマが、慎重に歩いている。

かえって、見た目が気持ち悪いのでユーマは気味が悪いのだろう。

おれは断言できる、ここにはなにもいない。

しかし、人は面白い、怖いところに入ると、皆忍者のように静かにあるきだす。

背を丸め誰かに気付かれないように歩く。


一つ目の建物の中を突っ切り、二つ目の建物を抜けた。

そして三つ目の建物。

鉄筋三階建て、これは奥にある為か綺麗である。

いまでも使われているかの様な外観である。


「おーこれだ、これだ」


この建物はやばい。

全身に寒気が走った。

ノコも寒さを感じているようだ。


「しっ! 静かにしろ」


「なんだ、ビビっているのか」


「ユーマおまえは何も感じないのか」

「ここは異常だ」

「携帯を見つけたら直ぐに帰るぞ」


おれがいつになく真剣なのでユーマも真剣になった。


キーーィイ


ドアを開けると嫌な音がした。

やはりだ、建物の中は落書きがない。

建物の中は老朽化が進んでいたが荒らされてはいない。

あまりにもやばいところは、人は近づけない、近づいても悪さが出来ないのだ。

天井がところどころ落ちていて、床は落下物で散らかっているが、それ以外は、きれいなものである。


「昨日、何人で来たんだ」


「六人」


「何人が見た」


「俺以外全員」


「ぶっ」


ユーマの返事に吹き出してしまった。


「ユーマ自分が見てねーのに証明ってどの口がいうんだ」

「まあいいや、ここは危険だ静かにいくぞ」


「わ、わかった」


この建物は静かで、寒い、八月でこの体感温度は異常だ。


パッキ、パッキ


足元で瓦礫を踏んで時々音がする。


はー-、はー-


ノコの呼吸音がすごいことになっている。


建物の入り口には受付があり、のぞき込むと名簿があった。

こんなものまで置き去りになっているのは変である。

なにか、あったのだろうか。


さっきまで太陽の薄明かりがあったが、この建物に入ってから、暗くてよく見えないので、懐中電灯のスイッチを入れた。


「うわっ」


ユーマとノコが悲鳴を上げた。

急に明かりがついたので驚いたようだ。

二人が俺をにらみつけてきた。


「わりー、わりー暗かったからよ」


二人も懐中電灯のスイッチをいれた。


二人は俺の前を歩き階段を上り始めた。


パキッ、パキッ

足元で鳴る瓦礫を踏む音がやけに大きく聞こえる。


三階まで階段を登り切った。

階段の奥は病室の様だ、いくつか部屋の入り口がある。

不気味である、それだけではなく、さらに寒さを強く感じる。


ユーマがぶるっと体を震わした。

こんな鈍感な奴まで寒気を感じたようだ。


階段から病室へは一枚扉があり、アルミサッシのドアで、上半分はガラスで中の様子がよく見える。


キイイイーー一ッ


嫌な音がしたがすんなり開いた。


ユーマとノコが前を歩いているが、その足取りは重い。

ゆっくり音を出さないように歩いている。


はーはー、はー-あ、はー-あ、はーはー


二人の呼吸音が激しくなっていく。

二人の緊張が伝わってくる。

一番奥の部屋が近づいてきた。


おれは本当にここにノコの携帯があるのか知りたくて、ノコの携帯に電話をかけてみた。


ジリリリリーン、ジリリリリーン、ジリリリリーン


うわあーーあっ

うおっ


ユーマとノコが大声で叫び尻餅をついた。

その声に驚きおれまで声をだしてしまった。

ノコの奴よりにもよって、昔の黒電話の音を着信音にしてやがったのだ。


「ば、ばっきゃろー」


ユーマがノコの頭を涙目で叩いている。

そして俺を見た。


「すげーなーここ、電波届くんだ」


「届くんだ、じゃ、ねーんだよ」

「さっきから、なんなんだよ」


一番余裕だったユーマが何かの気配を感じるのか、ビビリまくっている。

ノコが携帯を取りに入ったが、俺と、ユーマは動けないでいた。


さっきの叫び声の後、この場の空気の雰囲気が一変したのだ。

やばい場所で、大声はやはり禁物だ。


ノコが戻ると三人は早足になり、階段にむかった。

サッシのドアまであと少しのところで。


ガッタン


うおっ


後ろで物音がした。


「ニャーー」


黒猫が飛び出してきた。


「猫だ! こっちにおいで」


ノコは猫好きなのか、しゃがんで猫を手招きした。

猫はこっちを向いたが近づこうとはせず奥へトコトコ歩いて行った。

三人の緊張が解けた。


猫が歩く様を、三人でしばらく、見つめた。


四つめの入り口の無い部屋の前に来た猫が、その部屋に急に吸い込まれた。

まるで見えない手につかまれて引っ張り込まれるようにシュッと。


ユーマとノコがこっちを向いてきた。

その目は見開かれ、白目の充血が酷く、二人の顔が恐ろしかった。


俺たちは、そのまま逃げ帰ればよかったが、愚かにも猫が吸い込まれた部屋にふらふら近づいてしまった。

まるで誘導されるように。


その部屋の中を、懐中電灯で照らす。


うわああーーあーあー


今度は三人が後ろに吹き飛び尻餅をついた。


部屋の中央で、黒猫が口から泡を吹き、尻尾、手足をピーンとまるで紐で引っ張られるようにして痙攣していた。

その目は、見開かれ、前に飛び出していた。


「ななな、な、なんなんだ」

「なんなんだよー」


俺たちは逃げようと階段の方を向いた。


ぎゃあああーーああーあー


そこに一人の少し太めの優しそうなおばさんが立っていた。

地味な黄土色のシャツ、その色を黒に近づけたようなスカートを履いた無表情のおばさんがいた。


「ああ、あのー猫が、猫が」


ノコが訳の分からないことをつぶやきながら、部屋の中を指さした。

俺たちもノコの指さした方を見た。

そして、おばさんの方をみたら、もうおばさんは消えていた。


うわああーーああー


俺たちは階段へ走り出した。

何かがいたらいたで恐ろしいが、いたはずのものが、消えるのも恐ろしい。


階段に出るためのドアにたどり着き、ドアを開けようとした。

だが開かない。あせってガチャガチャやっているが、焦っているため余計に開かない。


「ぎゃああーーーああーーああ」


猫の部屋から悲鳴が聞こえた。

だが、その声は猫ではなく、まるで女の悲鳴だった。


俺たちは全員部屋の方を見たが、誰一人行こうとはしなかった。

もう一度ドアを開けようとした。


ぎゃああーーーああーーああ


ガラスに張り付くようにおばさんがいた。

俺たちは1メートル位後ろに飛んだ。

もう、叫びすぎで肺がおかしくなっていた。

ユーマもノコも俺も呼吸音がキューキューに変わっている。


ガクガク震えながら扉を見ると、おばさんはもういなかった。


震える手で扉を開けると、今度はすんなり開いた。


「ななな、なん、なん、何なんだーー」


俺たちは最初立つことも出来ず、四つん這いで、とにかく逃げ出した。

必死で、なりふり構わず俺は走った。


ここは、来るときは感じなかったが超広い、全然駐車場に帰り着かない。





ようやく駐車場についた俺は、呼吸が全く整わない。

いまだに、キュウーー、キュウーーといっている。

ここはここで、寒気がすごい。

あたりは真っ暗で、一人で待つのは、心細い。


ユーマが待つこと数分後に帰って来た。


「コウ、おめーはえーなー」

「追いつけんかったぜ」


「おい、ノコは?」


「あーあいつ猫が心配とか言って、猫を助けにいったぜ」


「一人で行かせたのか」


「あー、先に行ってくれって言われたからな」


俺たちは、もうあの病棟には行く気にはなれなかった。


俺たちは、駐車場でノコを呆然とまっていたが、全然帰ってこない。

数時間がたったころ。

仕方なく警察に連絡した。


警察は、少しあたりが明るくなってから、やってきた。

着くなり、俺たちに少し質問をすると捜索してくれた。


数時間探してくれた。

だが、見つからなかった。


「まあ、そのまま歩いて帰ったのでしょう」

「あなた達も帰りなさい」

「何か分かれば連絡します」


「わかりました」


俺たちは、そんなはずはないと思いながらも、廃病院を後にした。


その足で会社に出勤した。

昼休みに、ユーマと飯を食っていると、ノコからメールが来た。

ユーマにも同時に着信があった。


「あいつ何やってんだ」


俺たちは、メールを開いた。


そこには二文字


暗い


とだけ送られてきた。


このメールは、今も数ヶ月に一回送られてくる。

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山中の廃病院 覧都 @runmiyako

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