現在③

「ああ、るりちゃんですね」


 藤岡るり子の写真を見せたとき、プラスチックのカーラーを頭につけたままの女はそう言った。

 女は四十歳くらいだろうか、化粧をしていないので傷んで見え、髪はぱさついていた。こういう職業の女に特有の、だらけたような空気をまとっていた。

 馬渡は質問する。


「この女性が、こちらの店で働いていたのはいつ頃でしょうか?」


 馬渡は横浜の風俗店に来ていた。匿名の男性からーーおそらくはるり子の客だった男から証言があったためだ。ニュースで出た女を見たことがあると。


「一年くらい前かな。うちには二、三カ月くらいいたけど」

「るり、と名乗っていましたか?」

「尾形るりって聞いたよ。偽名かもしれないけどね」


 雇い主に本名を言わないのは、この業界では普通のようだ。


「どんな人だったか、覚えていますか?」

「そりゃあ、ねえ」


 女は好奇心丸出しで馬渡を見やる。容疑者の名前と顔写真はすでに公開されているので、捜査について聞きたいのだろう。


「るりちゃんはとっても綺麗だったもの、印象に残りますよ。美人なのに謙虚で、一生懸命働いていたし」

「勤務態度は良好だったと」

「良好も良好よ、どんなオプションも快く引き受けるから、お客も満足してたわ。お店でトップだった時期もあったし。

よくいる美人だと、自分は偉いと勘違いして、客を選り好みしたり無愛想に接客したりするけど、あの子はそういうこともなかった。本当、よく働いてたわ。お金に困ってたみたいだから」


 馬渡はすかさず尋ねる。


「稼いだ金を何に使ったかなど、聞いたことは?」


 女は「うーん…」と首をかしげる。言いにくい、というよりは答えを知らない様子だ。


「それが、私やお店の子もよく分からなくて。お店に来るときの服装や鞄はいつも同じで、見るからに安物だったし、正直、毛玉のついたコートとか平気で着てくるくらいだったんですよ。借金はないし、実家に仕送りもしていないって言ってたし。お店の子たちは、悪い男に貢いでいるんだろうって」

「その男性を、誰かご存じですか?」


 女は興味がなさそうに首を振る。


「誰も見たことないって言ってた。わたしも知らない」

「そうですか……」


 またしても男の陰か、と馬渡は口のなかで呟いた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る