第19話

 他人の告白エピソードというやつは、どうして死ぬほど楽しいのだろうか。


 ユウトは机に置いてあったお茶を一口飲んで、ショウマに話の続きをうながした。


「あの頃は俺も若かったからさ〜、アニメみたいな告白をしたくて、その子を校舎裏に呼び出したんだよね〜」


 ショウマが恥ずかしそうにしているのが、電話越しでも伝わってくる。

 それで? それで? とユウトは返した。


「本当は誰にも見られたくなかったよ。でも、どういうわけかクラスメイトに知れ渡っていて、公開告白みたいになっちゃった。もちろん逃げたかった。それでも死ぬ気で踏ん張ったさ」


 緊張しまくりのショウマ少年を想像して、ユウトはほほ笑む。


「相手の子は、そんなに人気者だったのか?」

「もちろん。学年で1番の人気者だったよ。たとえ義理だろうが、その子からバレンタインチョコをもらいたくて、男子たちはこびを売りまくるんだ。恥ずかしいことに、俺もその中の1人だった。そうしたら本当にくれた。みんなには内緒といって」

「それってショウマ1人にくれたのか?」

「だと嬉しいな」


 変化は突然だった。


 くだんの女子が転校するかも、みたいな噂が流れたらしい。

 タイムリミットが迫っていると知り、迷っている場合じゃなくなったショウマは、大慌てで告白プランを練った。


「俺以外にもたくさんの男子がフラれたよ。初めからフラれると分かっていても、ショックなものはショックだから、お風呂場で泣いたね。その夜は本当に落ち込んじゃってさ。息子が学校でイジメられたんじゃないかって、うちの両親が心配して、学校に電話をかけようとしたくらい」

「その子からは、何て返されたんだよ」

「聞きたい?」

「話したいだろう?」

「まさか⁉︎」


 言葉とは裏腹にショウマは笑っている。


「告白してくれてありがとう。水谷くんの気持ちは嬉しいって。ほら、そのくらいの年齢って、女子の方が精神的に大人じゃん。それもあったから、大人だな〜、て感心しちゃって」

「当時のセリフ、一言一句まで覚えているのか」

「当然だよ。初めての告白なんだし」


 よっぽど恥ずかしいのか、ショウマは髪の毛をクシャクシャしている。


「あと格好いいなと思ったのが……」

「まだ続きがあるのか?」

「むしろ、本番はここから」


 私は女優を目指している。

 だから男の子とは付き合えない。

 という彼女のセリフ。


「まさか、ショウマが俳優を目指した理由って……」

「初恋の相手の存在もあるね。もちろん、100%じゃないけれども。うちのマネージャーは、俺を歌手の活動に専念させたかったらしい。でも、俳優のオーディション受けますって突っぱねた。なんか、そっちの方が、格好いいし」

「なんだよ。それで受かるとか天才かよ」

「若さの特権かも」


 ショウマって、意外に頑固なのかもしれない。

 かくいうユウトだって、おかしな部分が頑固で、昔はよく両親を困らせたものだ。


「告白して良かったって、今でも思ったりする?」

「うん、良かった! できればOKの方が良かった!」


 小学生みたいな返事が飛んできて、ユウトは目を丸くする。


「フラれたのにか? まだ未練があるのか?」

「まあね。それは柔道の大会と一緒だよ。最後は負けちゃうけれども、あそこでミスしなければ……て、定期的に悔やんじゃうのと一緒。やっぱり、真剣だったから。未練がないといったら嘘になる」

「そっか。俺はスポーツをやってこなかったから。そういうものなんだな」


 無言が10秒くらい続いた。

 少しも気まずくないのは、相手が双子のせいだろう。


「でも、ショウマが告白した相手、女優を目指しているんだろう。東京とかで再会するんじゃないのか?」

「う〜ん……それね……世の中はけっこう広いから」


 ショウマは言葉をボカしたけれども、彼女の女優デビューが前途多難であることは、うっすらと伝わってきた。


「そっか」


 運命って、手厳しいな。

 追いかけていたショウマがトップに立っちゃうなんて。


 ユウトが話を続けようとしたら、鼻をすする音が電話口から流れてくる。


「なんだよ。昔を思い出して泣いているのか?」

「いや……泣いてはいないけれども……心にぽっかり空いた穴って、何年経っても空洞なんだなって」

「だったら、くだんの彼女を見つけて、告白したらいいじゃないか。ショウマなら不可能じゃないだろう。芸能人同士だって、隠れて付き合ったりする時代なのだから」

「それはダメだ。侮辱になる。いや、俺が逆の立場なら、死にたくなる」

「そんなものか?」

「うん、きっと」


 ショウマは待つ気らしい。

 かつて惚れた相手が第一線までい上がってくるのを。

 その上で再告白する。


 ドラマみたいな恋だな。

 笑いそうになったが、純情なショウマだからこそ、演技で人を惹きつけられるのかもしれない。


「俺も応援するからさ。その子の名前、教えてくれよ」

「いや……しかし……本当に恥ずかしいのだけれども……」


 ショウマは渋ったけれども、


「水臭いぞ。お兄ちゃんにも半分背負わせろ」


 とゴリ押しのように迫った。


「仕方ないな。一度しかいわないよ」


 トップアイドルの水谷ショウマが惚れているという、日本でもっとも幸福な女性の名を知ったユウトは、びっくりしてスマホを落としてしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る