第18話

 休日、おしゃれなカフェまでやってきた。

 リンネが紹介してくれたお店で、いかにも大人向けの内装だから、1人じゃ絶対に来ないのだけれども、気分転換したい気持ちの方が強かった。


 カフェは2階建てになっている。

 中央のところが吹き抜けで、ドーム型の天井はガラス張りだから、宇宙船に乗っているような気分を味わえるのだ。


 とある有名アーティストが、ここでプロモーションビデオを撮影した。

 都心から日帰りできる距離だったことも手伝って、人気に火がついたのがブレイクのきっかけ。


 お店は営業スタートと共に大盛況。

 ユウトはおひとりさま席でカフェ・マキアートをゆっくり味わった。


 周りのお客さんは、ほとんどが大学生か若い社会人だ。

 自分だけ大人の仲間入りしたような気がして、ちょっと誇らしかった。


 帰ったらリンネに感想を伝えよう。

 そして2人で足を運ぼう。


 あの子は垢抜けているから、おしゃれな空間がきっと似合う。


 買ってきたばかりの新書を読んでいたユウトの耳は、覚えのある声をキャッチした。


「カフェラテのホット、トールサイズを1つ」


 この声、マミだ。

 ユウトは顔を本で隠して、こっそりレジの様子をうかがった。


 テイクアウトするらしい。

 マミもこのお店を利用するなんて意外だし、以前までなら、よっ! 奇遇だな! と声をかけるのだが……。


 なんか、気まずい。

 ユウトは意味もなくページをめくったり戻ったりした。


 ドリンクの提供を待つあいだ、マミは商品メニューのボードを眺めている。

 顔立ちが大人っぽいから、大学1年生に見えなくもない。


 というか、あいつ……。

 コンタクトの日とかあるんだ。


 学校のマミより何倍も美人に見える。

 もちろん、ワンピース姿が似合っているのもあるが、野暮ったいメガネを外している影響の方が大きかった。


「カフェラテ、ホット、トールサイズでお待ちのお客さま」

「ありがとうございます」


 店員さんにちゃんと、ありがとう、を伝える。

 性格の美しさに、正直ドキッとした。


 なんだよ。

 メガネを外した方がかわいいって自覚があるのかよ。


 ユウトの前だと絶対にコンタクトをつけないくせに。

 休日くらいはオシャレしたい、という人並みの願望はあるらしい。


 マミのこと、忘れたいはずなのに、正直な心臓はチクチクと痛んだ。


 ……。

 …………。


 その夜、思いがけない人物から電話があった。


「やっほ〜。お兄ちゃん、元気にしている?」


 ユウトは読みかけの小説を放り出して、ベッドの上に胡座あぐらを組む。


「おう、元気だよ。ショウマは?」

「俺も元気って返したいけれども……」


 ショウマの背後がガヤガヤとうるさい。


「さっき、ドラマの撮影がクランクアップを迎えて、いま打ち上げ会場にいる」

「電話して平気なのか? 偉い人がたくさんいるんじゃ……」


 ショウマは、へ〜き、へ〜き、と屈託なく笑った。


「俺ってお酒飲めないし。とにかく疲れちゃったし」

「それこそ家に帰って寝ないとダメだろう」

「家族と電話で話す。これが俺の回復方法だから」


 さらっと人たらし発言ができる。

 これもショウマが人気の秘訣だろう。


「それで? お兄ちゃんは彼女できた?」

「ああ……その件か……」

「お母さん、話していたよ。最近、ユウトが格好よくなったって。でも、本人に何を訊いてもはぐらかされるって、少し落ち込んでいた」


 ユウトは電話口で苦笑する。


「まあ、いちおう、できたかな。付き合い始めたばかりだから、手探りって感じなんだけれども」

「うそっ! マジで! 良かったじゃん!」


 びっくりするくらいの大声が返ってくる。


「それって前から好きだった子でしょ。いいな〜。羨ましいな〜」

「ああ……うん……そんな感じ」


 ショウマがしつこいくらい羨ましいを連呼するから、


「そういうショウマだって、芸能界入るまではモテただろう?」


 と突っ込んでしまう。


「いやいや、そんなことないよ!」


 すぐに否定されて、返事の言葉を失った。


「全然モテなかったよ。柔道やっていたせいかな。ほら、髪は坊主頭だったし。顔には吹き出物があったし」

「でも、街でスカウトされたんだろう?」

「そうそう。最初は冗談かと思った」


 坊主頭のショウマを見て声をかけたスカウトマンは、よっぽどの慧眼けいがんの持ち主というわけか。


「だから俺って、告白した経験はあるけれども、告白された経験はないんだよね。まあ、フラれたから、今日の俺があるわけですが……」

「マジで⁉︎ ショウマってフラれたことあるの⁉︎」


 現在の人気っぷりを考えたら、水谷ショウマをそでにした女がいるなんて、100人中100人が信じないだろう。


 いったい、どんな女なのだ。

 逃した魚は大きい、とはこういう現象を指すのではないか。


「これは本邦初公開っていうか、お兄ちゃんだから話すけれども……ちょっと待って、さすがに個室まで移動するから」

「おう、いくらでも待つ」


 ユウトはベッドに寝転がり、天井に向かって脚をバタバタさせた。




《作者コメント:2022/01/16》

明日の更新はお休みします。

次回は1月18日を予定しています。

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